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2017.04.06 (Thu)

『挽回不可』郷土の遅れ

『北は夕暮れ、南は夜明け』とは、県政で久しく呟かれた言葉である。
夕暮れがあるなら真昼間があった筈で、夜明け前は真っ暗闇だったのだろうか?
どういう状態から夕暮れと夜明けに転じたのかは、誰も教えてくれない。

確かに昭和50年代前半まで、油津の鰹鮪、飫肥杉弁甲材で日南地方は活況を呈していた。
新婚旅行客で湧いた日南海岸は、どこの観光地もバスが連なり、ホテルも超満員。
ういろうや御乳飴が飛ぶように売れ、ドライブインも大儲け。

都城の県西部、旭化成の県北部、そしてパルプ材依存の山間部などが苦しさに喘ぐ時代。
苦しさから脱却するために、多くの殖産興業に汗し、社会資本増強に努力した。
が、活況に沸いていた南那珂は時流に満足し、将来の展望を見誤る。

そして、昭和55年を境に南北の立場が逆転、南那珂だけが『陸の孤島』に甘んじている。
フェニックスロードを走る観光バスもいないし、かっての観光地には人っ子一人いない。
子供の国やサボテン園は廃園、都井岬からホテルも消えた。

第一次産業、観光産業、王子製紙、かっての経済の柱は見る影もない。
斜陽化した地域に住む人は居ないから、毎年、3千人以上の人口が消えてゆく。
『高速道時代』らしいが、南那珂にその恩恵はなく、今後も見通せない。

吾が県議の時、日南土木事務所管内の道路改良率は県内でもトップクラスだった。
宮崎、都城の両土木事務所と共に、ベストスリーだろう。
それは、今でも変わりない順位だと思うが。

日南高岡線、都城北郷線、殿所風田線、益安平山線、元狩倉日南線、日南南郷線、仏坂大堂津線、酒谷榎原線、日南志布志線、飫肥北郷線、国道448、国道222酒谷工区。
国道220と222の建設省直轄分だけが『第2種改良』になっていない。

つまり、地域内道路網は整備されているのに、他から入り込む路線が未整備なのである。
都城とを結ぶ『牛の峠バイパス』も、日南市から願い下げた。
東九州自動車道も、手痛い仕打ちを受けて全線整備は見通せない。

月、火曜と、県森連の棚卸監査で五ヶ瀬まで足を向けた。
横断道は、もう日之影近くまで達しているし、熊本までの開通にも明るいものがある。
国道218から縦横に長大橋が架設されているから、別世界の景観だ。

吾が県議会に議席を得た時分、県北の道路事情は誠に同情に値するものであった。
国見峠で、乗っていた公用車が故障したこともある。
高千穂の西臼杵支庁に行くのに、高千穂鉄道に乗り換え、会議の最中に公用車を待つことも。

が、今もって謎なのだが、松形知事は『県北優先』の行政を露骨にやった。
川べりを縫っていた国道218を山頂部に上げ、トンネルと橋で繋いで行った。
橋は目を廻すほどの高度で、惜しげもなくトンネルを掘ってゆく。

それで足りなくて、六峰街道と名付けた峰越林道を縦断させ基幹林道とした。
おまけに400年の歴史を持つ飫肥杉林業の拠点を、林業20年の県北に移設。
30人しか住まない川向集落と、20億円投じた橋で結ぶ傾倒ブリである。

酒谷と串間を結ぶ『ふるさと林道』の開通祝賀会の時、知事が吾に『一日通行量3台ですよ!』
そんな利用価値しかないのに、貴方は造らせたんですよ! と言いたかったのだろう。
『だから何だ! ここは飫肥杉400年の地域ではないか!』と申し上げたが。

でも、もう勝負はついた。
縦貫する東九州道と、横断道路を目前にした県北の勢いは止まらない。
逆に当地は、何時になれば高速道時代が到来するのか?判然としない。
ましてや、日南~串間間なんて、吾が走ることもない。

そういえば、県議会ОBの春秋会会報が来ていた。
都城市区選出だった内村女史は、『いきいきロード女性の会』で頑張っているらしい。
『都城志布志道路の全線開通を目指して頑張っています!』だって。

縦横に走る高速道では足りず、もっと『高規格道』の恩恵も!という贅沢。
この『格差』の主因は何なのだろう?
原因を突き止めても、もう挽回できない事態なのだろうか?



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2017.04.02 (Sun)

『大学全入』の愚

中学校3年生の時、志望校を『日南農林高校』と書いたのは以前に述べた。
植村先生から呼ばれ、『今からは大学で学ぶ時代!農業がやりたいなら大学で学べ!』と。
それで日南高校の普通科を受験した。

団塊世代で高校も狭き門になっていて、県立に溢れた者は宮崎市の私立高校に。
一つ先輩の方々から、県立日南工業高校が開校したが、ここも溢れる。
兎に角、南那珂管内で数千人の中卒がいるのだから高校入試も危うい。

日南高校の全日制普通科は、一学年330名ほどだった。
なぜ『普通科』というのか?当時も疑問に思ったが、未だに解けないでいる。
普通科は、職業系でないから『大学進学』を前提にしていると聞いた。

聞いたが、普通科を卒業しても、全員が大学に進むわけではない。
ノンキャリアの公務員を目指すもの、大企業に就職する者もいる。
が、就職に対する学校側の指導は冷たく、親身に相談に乗ってくれない。

当時、旺文社が主催する全国学力テストなるものがあった。
志望大学名、学科を記入して受験すると、全国での位置、ランクが返ってくる。
つまり『偏差値』というやつで、その偏差値に沿って志望校を決めてゆく。

ベビーブーム世代の受験生は、それこそ空前絶後の数である。
新設大学も少ないから、永い歴史を持つ大学だけだった。
が、大学側も、文部省の要請を受けて定員オーバーで新入生を受け容れた。

大学の新設が相次いだのは、団塊世代が大学を卒業する頃からである。
吾が秘書をしていた先生は文教族で、アチコチから大学新設、学部増設の陳情が。
特に『医学部』を増設する要望が多かったのを記憶している。

吾らの学生時代、全国には国公立を含めて270程度の大学があった。
それが1991年には、私立大学だけで372大学。
設置基準が変わって20年、私立大学だけで600校以上に膨れている。

増えるに従って少子化が進んでいるから、需要と供給は不均衡だ。
半数以上の大学で定員割れが続き、事実上の『大学全入時代』である。
全入!ということは、バカでもチョンでも入れる!ということだからムダなことだ。

『border  free』というランク、偏差値が算定できない大学をFランクというらしい。
つまり、答案用紙は白紙でも、名前を記入すれば合格というわけだ。
こんなFランク大学にも、国民の血税が注ぎ込まれている。

国から私立大学に交付されている補助金は、年額3,000億円以上。
それも、運営経常経費に補助されている訳だから疑問が多い。
そして、『知能指数ゼロ』を受け容れているFランクにも流れているのだ。

大学で何を学ぶのか?
アルバイトに励み、夜通し遊びまわっていることを故郷の両親は知らない。
追試を重ねて卒業単位を取得しても、就職できる企業はない。

結局、学生時代からのアルバイトを続けるか、名も無き会社に就職するか。
故郷に帰っても仕事はないし、親の脛が細るだけである。
『最高学府』と言われる大学でも、学びの結果しか社会は認めない。

一方では、深刻な技能者不足である。
『ものづくり立国』を標榜し、世界に冠たる産業国家を築いたのは技能者である。
その技能者が不足し、深刻な人材難に喘いでいるのに、なんというミスマッチなのか?

中学校を卒業しても、将来の職業が脳裏に浮かばない。
浮かばないから『取り敢えず普通科に』という訳だ。
普通科は大学進学を前提にしているから、大学進学率アップに邁進する。

このシステムを根本から壊さなければ未来はない!
中学校を卒業したら、選択できる職業系前提のカリキュラムを編成して受け容れる。
そして、技術専門大学校などに進学できる人材育成だ。

支給型奨学金とか『子供保険』などと騒いでいるけれども、教育体系そのものを見直すべきだ。
私立大学に補助金を垂れ流すカネがあるなら、もっと生きた使い道に変えるべきだ。
Fランクが潰れようが経営者が考えることで、税金で救済する必要はない。

大学に入学する子供たちが、新たな生活に向かう季節である。
クラブ活動にも加わらず、アルバイトに精出す学生は友達も増えない。
キャンパスと住まいする部屋の往復でも、空しい時が過ぎてゆく。

その時が、人生を深く考える時間だろう。
一念発起して勉学に励み、将来の糧を確実にするか!
移ろいに流されて無為の時を過ごし、無為の人生を泳いでゆくか!


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2017.03.29 (Wed)

『カタカナ』言語

『ホウホウの体で逃げる』は、「這う這うの体で』という文字になる。
『ジッと見つめる』は、『凝と』が語源で、『イマイマしい』は『忌々しい』
『アカ抜けしている』は『灰汁抜け』だし、『ナマっている』は『鈍っている』

漢字を語源にしているのに、漢字では意味が判ることもカタカナになると語源不明。
生類憐みの令で評判の悪い徳川綱吉将軍は、学問の奨励には熱心だったという。
一般庶民まで読み書きができていたから、当時では世界一の『教育国家』だ。

ベストセラーになっている『夫の~が入らない』
高校時代に破瓜して処女を失い、他の多くの男性と性交しているのに夫ではダメ。
『夫の~』の~は性器を顕わしているのだが、表紙にはそのままの呼称で書かれている。

女性の性器を表記してでも問題視されないのだろうか?などと思ってしまう。
つまり『隠語』だと思うから、書くにしてもカタカナだろうと思い手にした。
平仮名で書いてあるから隠語に非ず!なのか?  ペニスやヴァギナはカタカナなのに。

世界一の教育国家になっても庶民は50音の平仮名で、明治の頃からカタカナなのか?
祖父は、毎日のように書物を読んでいたが、祖母の読み書きはカタカナだけだった。
悋気して家を出たとき、祖父の丹前に残された書置きはカタカナ表記であった。

衆院総選挙が初めて実施された時、宮崎県は全県1区。
南那珂郡北郷町から、「伊東岩男」という候補者が出馬し、幾度が議席を得た。
支持者たちは集票するために、『悪くてもイトだ!』と触れ回ったらしい。
中には糸くずを持たせて『イトと書け!』と。 県北北浦では最近までイトと書く人が。

吾が市議選に出馬した昭和49年頃も、『年寄りが読めないから!』とカタカナで。
選挙カーの看板もカタカナで『サカモト』である。
ポスターは『さかもと』だけにしたが、大半の候補者がカタカナ多用のポスターを。

でも、今の時代になっても平仮名を用いる国会議員がいるのは、どうだろう。
なんだか幼児を相手に一票を乞うているようで、バカにされている感も。
でも、名前の読み方が昔日と異なるから、親切心なのか?

出生届けを提出する時、姓名を表記するが、読み方は無関係である。
『裕一』を『しょうじ』と呼ぼうが、戸籍上は関係ない。
関係ないから当て字が多くて、担任からもまともに呼んで貰えない子供が多い。

最近思うのは、カタカナ用語の氾濫である。
カタカナで表記するのはパンやラジオなど、外来からの固有名詞が主だった。
が、現在は、日本語で表現できるのに、カタカナ仕様の横文字を多用している。

モチベーションなどと言うが、要は動機、目的意識、やる気ということ。
イノベーションも、景気向上にむけた技術革新、生産技術確立だろう。
横文字を使わなくても万人が理解できるのに、何故に横文字でなければならないか?

カタカナで言えば、一括りで大雑把に表現できるから的を絞らせない為なのか?
それともカタカナ言語が、話の内容をハイレベルに聞こえさせる!との企みなのか?
聞いている方は、日本人としての『表現力不足』つまり、国語力の未熟としか思わないが。

カタカナ多用と同時に不愉快なのは、『ネットで!』とか『ホームページで!』という案内。
交通事情にしても、『詳しくはホームページでお確かめください!』である。
『ホームページが見れない方は、絶対に利用しないでください!』と言っているに等しい。

確かに、スマホなどの普及で、世界のどこからでも情報に接することが可能だ。
だが、それに無縁で日常を送っている庶民も圧倒的に多い。
その人たちを疎外しながら行政が進んで行くなら、それを明らかに告げるべきだ。

告げられれば、国民の義務から解放されるし、税金も納めなくても済む。
カタカナ言語が増えれば増えるほど、埒外に置かれる人々が増えてゆく。





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2017.03.25 (Sat)

証明できぬこと

隣市での会食に夫婦連れて招かれていたから、もう一組を迎えに行く。
選挙が終わったばかりだから『お礼を!』と封筒を差し出したら御内儀の目に。
『ダメよ!うちのは、そういうのは受け取らない主義だから!』

ウソである。
これまで限りなく手渡し、受け取って貰っていた。
或る時は後部座席で握らせたり、物陰に誘い込んで手渡したり。
御内儀は『手弁当で助勢してきた』と、信じて疑っていないのだろう。

選挙に出馬を決めたとき、その後の後援会組織づくりにはカネがかかった。
人集めを頼んでも、一向に腰を上げようとしない。
が、封筒を受け取った後は一瀉千里、直ぐに日取りと場所の連絡が。

勿論、大部分は犠牲的、且つ献身的な方々が中心に在る。
が、網目が空白の処を埋めるには、それなりの費用が要るのである。
その『金銭の授受』が共通の『秘密事項』になり、絆となるのだろう。

手渡すのには、微妙なタイミングが必要だ。
夫婦そろって談笑している時は差し出せない。
奥様が茶の注ぎ足しに立たれた隙に出すと、目配りしながらサッと受け取る。

なるほど、女房に見られるのも気が咎めるものなのだろう!と思う。
だから、1対1でなければ受け取らないから、当方も差し出せない。
二人それぞれに渡そうとしても、個別でないと渡せないのである。

女房が見ていると咎められる恐れもあるが、渡す方は女房の口から洩れることを恐れる。
永遠に夫婦であり続ける保証はないし、姉妹との雑談も恐れなければならぬ。
兎に角、1対1であれば、第3者の証明がないわけだから立証が困難だ。

選挙買収のみならず、贈収賄とて同様だろう。
単なる手渡しであれば立件できないのに、領収証などを渡すから証拠を残す。
新札も、記号が控えられている可能性があるから旧紙幣を使うのだろう。
口座への振り込み、これは金融機関が捜査当局に提出するから白日の下に。

総理夫人が人払いし、100万円を手渡したという証言、眉唾だろう。
もし寄付したとしても、あの時期の寄付に何の問題があったのか?
単なる学校開設に対する寄付ならば、人払いしなくても堂々と渡していい。

政治家の『寄付行為』が禁止されているのは、選挙区民に対してのみである。
選挙区外に行って、カネをバラ撒こうが寄付しようが違法行為ではない。
いま思えば、総理が寄付を否定していたからの証言だろう。

秘書を務める者は、ファックスなど陳情が来ると自身で調べ、自身で返答する。
でも、本人が係わっていないと思われるから『伝えてあります』と加える。
それは、どの政治家の事務所もそうだろうし、本人が全てを処理するなら秘書は不要だ。

それが判っているのに『調査すること自体が口利きだ!』と民進党議員。
だったら役所への問い合わせも『口利き』議会での質問も『口利き』になる。
この森友学園の問題は、本筋から大きくそれている。

最初の段階は、『国有地が鑑定価格より下回って払い下げられている!』が発端だ。
何故か? の理由が掘り下げられぬまま、名誉校長、学風、認可、寄付と展開する。
最初をは賃貸契約でした。が、工事で掘り下げたら産廃が出てきました。

調べてみたら沼地を産廃で埋立てた場所で、基礎杭など建設費が嵩むことが判りました。
土壌入れ替え、PC杭などの費用を国交省が積算、差し引いた金額が売却代金です。
それだけのことではないのか?

一連の流れを見ていると、籠池を取り込んだ野党陣営の芝居が透けて見える。
最初は、なぜか自民党の鴻池が共産党に籠池訪問の経緯を手渡していたこと。
国会での証言も、予め野党と証人との打ち合わせがあったことは歴然だ。

つまり、『職業右翼』と『職業左翼』のデキレース。
『冤罪』は何時でも作れる!ということを実証してくれた。
そして『冤罪』であっても、一個の人格を葬り去る機能を『国権の最高機関』が有することも。

それにしても、総理夫人は人騒がせが過ぎる。
子育てもない、家事もしない気楽さがあるのかしれないが、自覚なきこと甚だしい。
講演行脚の毎日らしいが、話を聴いて役立つとも思えぬが。


09:14  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017.03.22 (Wed)

『内心』の自由

吾は小中学生の頃、『赤面症』で悩んでいた。
人から罵られたり悪口を言われると、怒りと共に顔が熱く、赤くなる。
『~さんの~が失くなった!』と聞いただけで、吾が疑われているのでは?と赤面。

教諭から指名されて返答するのにも赤面、前に出て黒板に向かっても赤面。
兎に角、内気で小心で引っ込み思案だったのである。  今もそうだが。
それが出なくなったのは、高校生になってからだ。

或る時、飫肥本町橋下に呼ばれ高校生十数人に囲まれた。
『女生徒と飫肥の街を歩いている!生意気だ!』というわけだ。
暴力で来ればそれでいい。   むしろその方がいい。

雑言を吐く者の目を、ジッと見詰めて、たじろがない。
すると、罵っている男は目を逸らし、やがて瞳が宙を舞う。
口上が上の空で、本人も何を言っているのか判らずに戸惑っている。

その時分から『赤面症』を脱した。
内気と小心さは依然とだが、初対面で大きく見えた相手が慣れると小さくなる。
『己以上』の者は、そう居ないものである。

吾は会話を交わしている時、ジッと相手の目を見つめる癖がある。
目が移ろえば、嘘か法螺話で正直に現れる。
『目は口ほどにモノを言い』ということだろう。

が、その上手を行く詐欺師がいる。
目を離さず聞いていると、相手も目を逸らさずに話してくる。
信用すべきか迷うのだが、ついつい『性善説』に従ってしまう。
その上手なのが創価学会で、布教で騙しているから詐欺はお手のものなのだ。

人の裏切りや騙しなど、60有余年の人生で数多の経験を経た。
頼み事などを聞いていても、趣旨と狙いが別の所にある!と内心が読める。
読めるけれども、信じたフリをしながら聞き終えるのも苦労なことだ。

同情する風を装っても、内心では笑っていることもあるだろう。
『好きだ!好きだ!』と繰り返しながら、他の女のことを考えている男もいる。
『ご愁傷さまです!』と涙目で挨拶し、内心では喜んでいる女性もいる。

幾らかは覗けるし、幾らかの気配は察しても、他人の内心は確定できない。
昨日、閣議決定された組織犯罪処罰法改正案は、『内心の自由』を脅かすらしい。
先般は『知られない自由』が俎上にあったが、今回は『内心の自由』
いろんな自由が造語されるのに驚く。

早速、総理官邸周辺で反対勢力の座り込みが始まった。
新聞は『市民』と書いているが、彼らの市民は『社会主義者』と同義語だから判り易い。
つまり、社会党や民進党などの支援者が反対運動しているのだ。

吾ら善良なる国民には、痛くも痒くもない法案である。
『二人以上』だから家族ぐるみで犯す事案もあるだろうが、家族は組織ではない。
ということは、反対者は『組織人?』
そうなんだ。 反政府勢力は『組織人』だし、テロ是認者もイッパイ居る。

でも、国際犯罪防止条約(TОC条約)を締結するのに法改正が必要だ!は説得力がない。
何も、そのような条約を締結することも、批准することもあるまい。
もし五輪でテロでも発生すれば、それはその時で、民進党や共産党が知恵をくれるだろう。

日本も、移民を受け容れる時代が来るし、好むと好まざるとに拘わらず多民族国家になる。
それが嫌なら、外国からの人材を必要としない『社会』を築くべきだが不可能だろう。
日本人が国内政治をリードできるのは、この世紀だけだろう。

日本人は礼節を重んじ、他に優しい人種である。
それが、宗教も変わり、生活様式も変わり、伝統と導統も変わってゆく。
そして、『内心の自由』無き全体主義、独裁主義国家に堕ちてゆく。

それを見越しているから、『市民』は反対しているのである。
テロよりも、米国や欧州などの『自由主義』が怖いのである。
その怖い『自由主義』と戦うためにテロがあり、社会主義者が存在している。

政府も、勘違いが多い。
隣国に『テロ国家』が存在するのに、国内のテロなんてどうでも良いではないか!
もっと独裁者の『内心の自由』を脅かすべきである。
17:09  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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