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2016.11.16 (Wed)

『信仰心』

米大統領選挙が佳境に入った頃、米国、いや世界のメディアはクリントン贔屓に。
容易に『組み』にくいトランプよりも、組みし易いクリントンを選んだ。
メディアは『不偏不党』と思わせるのは日本のメディア。  違うのに。

が、外国のメディアは『好き嫌い』をはっきりしてくる。
メディアが総掛かりでトランプを責めれば、判官びいきの吾はトランプの肩を。
閉塞感漂う『小国・米』に型破りが欲しいと、秘かにトランプ当選を願っていた。

が、願いが叶わなかったクリントン支持の米国民は、結果に不満のデモを行っている。
確かに米国民の個人票はクリントン支持が多かった。
が、それは選挙制度のもたらすもので、制度を変えることから始めるのが民主主義だろう。

トランプの人間性が問題視されているが、五十歩百歩で他と変わりはない。
だって、宗教でも支持が割れているではないか?
あれだけ信仰心の篤い国柄だから、聖職者はクリントンになびいた筈なのに。

信仰心といえば、韓国の朴大統領は退陣の間際に来ている。
『ひきこもり』から脱皮させてくれたのが『霊能師』だという。
彼が霊界の声を伝え、彼女にアドバイスを与えたのだろう。

アドバイス~というよりも、洗脳に近い。
意のままに操ることができたから、肉体関係もあったような噂が飛んだ。
そして、その霊媒師の娘が大統領を操り、私欲に結び付けていった。

宗教が、一国の元首を意のままに動かす。
信じる~ということは、万事を動かす源になるから『政教分離』が決められているのだろう。
でも、信仰というのは、己の心に宿す『意』を後押しするし、縋ることもできる。

今日は、霧島神宮の『山神社』祭事があった。
吾は本日、大殺界の『忌厄日』だが、晩秋の境内は紅葉も始まり清々しい。
樹齢800年の杉や檜に囲まれた、森閑とした場所に『山神』が座している。

祭事が終わって直会に移動するとき、総代に『山の神というのは、祭神は?』
咎めたてるような眼を向けて、『森羅万象すべてに神が宿っています!』と。
そして、『これは外国にはない宗教的意味合いを持っていますねぇ~!』

神道のことをさしているのだろう。
吾も、水神様、塚神様、山の神すべての存在を肯定している。
そして、経験とか学問で証明できない事象も、たくさん目にしている。

そして、来世や霊界の存在、無限大の宇宙の如く未だ解明できない不可思議な空間も肯定。
だから、霊能者の引き出す『導きの言葉』に、前途の選択を委ねてきた。
が、いつしか『違うなぁ~!』という違和感を。

それは、挫折で気付いたのか、お告げに違和感を覚えたからか?
霊媒師の口を借りて実父が説いたことに、違和感を覚えたからである。
吾の2歳の時に入り婿の座を捨てた父、49歳で逝った父。

霊界から吾を見詰め、吾の前途に危惧を抱くならば、もっと早い忠告があった。
吾が父親なら、そういう手段をとる。
とらなかったのは、見詰めることも見守ることもできないからだ。

霊界は信じなくなったが、神々の存在、見えない因果というものは納得できる。
周囲で起きた、いろんな出来事が、定められた儀式で解決できたこと。
2度体験した、山での胡乱な事件、とても説明できないのである。

信じる、信じない、ではなくて、自己への制御、用心の支えなのだろう。
支えだから、簡単には失うことは出来ない。
『説明のつかない事象』が、現に存在する以上。

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