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2016.09.15 (Thu)

系  譜

鬼籍に入った伯父が、帰省しての酒席で『田中家の血を引いてるから体毛が薄い!』と言った。
なるほど、田中の子孫もそうだし、田中家と幾重にも姻戚関係にある坂元家もそうだ。
『秀吉の朝鮮出兵の折り、朝鮮から瓦職人を連れ帰ったらしい!』とも。

つまり、『瓦焼き』である。
小松山の麓、炭焼きなどが棲みついている場所に瓦窯を建てた。
伊東家の命によるものであろう。

その職人達が近在の女子を娶り、家族を為したのが『田中家』だという。
田中の末裔は坂元家に嫁ぎ、それが『坂元』という集落の地名に由来するらしい。
遠く、朝鮮の血が混じっているのだが、日本民族も混血だ。

先住民族の熊襲と、百済などの朝鮮族、南方系の台湾人などだろう。
『混血は優性遺伝子を持つ!』と言われるが、その法則は知らない。
ただ、現在でも混血の美顔、能力などをみると『そうなのかなぁ~!』と。

小さな集落社会を構成していた時代、婚姻もその範囲内であったろう。
現在でも法的には認められている『従兄妹同士の婚姻』は普通だった。
そうなれば、血が濃くなり、劣性遺伝子が幅を利かすかもしれない。

先日の頼母子講で訪れた『月番』古澤クンの自宅。
祖母と両親の顔写真と位牌が置かれている。
『仏壇は大きすぎて持ってこれない!』と語ったが、自宅で詣でるのだろう。

長男だから、実家を継がなければならない。
が、既に市街地に家を求めており、実家に帰る意思は無い。
だから、位牌そのものに御移動を願った!という次第だ。

親族の大元を為している家だから、その末裔は墓地を訪ねるしかない。
墓地は、菩提寺に設えられた納骨堂だが、とても先祖が眠っているとは思えない。
やっぱり、墓石が建ち、幾重にも佇んで拝める場所がいい。

今では墓地も、大きな墓石の中に骨壺を収納できる仕掛けになっている。
従って、墓石を建立するときに収骨された銘が全ては刻まれていない。
建てた持ち主が、家の系譜を知らないからだろう。

昔からの墓地に行くと、江戸時代から続く家系が窺えて気を引かれる。
小さく据えられた『石』は、幼くして亡くなった子供だろう。
名も刻まれていないが、弔いは行われた証だ。

一昔前までは『土葬』だった。
吾の集落での土葬は、同級生の父親で、双子の弟が『逝け掘り』に行った。
先祖の骨を上げながら掘るから、限られた墓地に幾重にも先祖が眠る。

過去帳を作成したことがあるが、『身分』を印した時代は封印だ。
封印されていれば、自身の系譜を遡ることはできない。
後は、菩提寺の記帳に頼るしかないが、これもあてにならない。

自身の系譜を知りたくない人も居るだろう。
でも、知りたい人も居る。
知りたくても、知る手段がないということに疑問を抱く。

ルーツを辿れば、何か教訓めいた史実に突き当たるかもしれない。
系譜に、暗示する内容が含まれているかもしれない。
が、古澤クンに一男一女があるが、位牌を引き継ぐ気持ちはないだろう。

そうなると、先祖の『集約』は行き場を失う。
かといって、預ける菩提寺もなくなっているから宙に浮く。
永く続いた系譜も、近未来に語り継がれなくなるのである。

歴史に刻まれる幸せ者と、忘れ去られる者と。
現世の無常を禁じ得ない。
そういう想いを抱きながら、史実満載の『歴史小説』を読んでいる。
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