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2016.09.03 (Sat)

地方の『人材払底』

家長制度が長く続いた日本では、惣領息子が家を継ぎ、次男、三男は独立するしかなかった。
武家では、嫡子以外は部屋住みか、婿に入るのを待つか!である。
部屋住みならば、僅かな小遣いを貰って、一生を孤独に生きる。

武家社会が終わっても、家長制度は昭和の敗戦まで続いた。
農家も惣領が家を継ぎ、次男、三男は分家して僅かな田畑を分けて貰う。
田畑が無ければ日雇いに出て、家族を支えるしか途はない。

戦後になっても、惣領が継嗣で家を継ぎ、次男、三男は就職するのが普通だろう。
ということは、跡目となる惣領は郷里に残る訳だから、人材は減らない。
その人材が郷土を支え、盛り立てる役割を担った。

商屋もそうだろう。
長男以外は独立するか、のれん分けするか、他人の飯を食って修行するか!
惣領は、ひたすらに家業を盛り立て、地域社会にも貢献してゆく。

地域社会では、それぞれに指導的立場の人材を必要とする。
首長であったり、議会議員であったり、郵便局長などもそうだろう。
商議所会頭が名誉職で、無報酬で就任しているのも例に漏れない。

普通選挙が実施されるようになってから、数多の人材が推されて公選に臨んだ。
惣領だから家を継ぎ、郷土に埋もれているのだが、人材としては博学である。
大学で学び、家を継ぐために帰郷しただけで、それだけの知識は得ている。

それでは、役場で働く吏員はどうなのか?
勿論、惣領息子が家を継ぎ、余剰労働者だから吏員に就いたという者もいる。
が、大半は、担うべき家業も無い長男か次男、三男の食い扶持就職だろう。

しかし、戦後復興から高度経済成長期に移ると、農業でもメシが食えなくなってきた。
農地解放で農地は取られ、小作する労働力もなくなり、家が維持できない。
『コメ経済』が崩壊している訳だから、現金収入を確保するしかないのである。

現金収入を得るために、サラリーマンに転ずる。
家業を継ぎ、家を継ぐ必然性が薄れてきたから、惣領でも都市に職を求めた。
大学で学ぶと、そのまま都会で就職し、家庭を築く。

が、大学で学ぶほどの目標もなく、高卒で地元に留まる者は、地元に職を求める。
吾より10歳ほど先輩方は、地元就職の第一志望を『日本パルプ』に置いていたらしい。
学業優秀な人は、日南高校普通科から『日本パルプ』と聞いた。

日パにあぶれると、後は公務員しかない。
日南市誕生前後だから、市役所や役場に就職したのだろう。
当時は当たり前だった、選抜試験無しの『コネ』就職である。

首長や議会議員は、博識を得ているから政策の呑み込みも早いし、立案能力もある。
失礼ながら、知識で劣る吏員は、首長や議会議員に畏怖の念を抱いている。
抱いているだけに、首長や議員の発言力に平伏するのである。

が、時代は変遷を重ねる。
優秀な若人は都市で学び、都市に就職し、都市に暮らす。
残った人材で地域を担い、支え、そして指導者を選んでゆく。

吾が市議選に出馬したころが、その分岐点だったのかもしれない。
先輩議員には博学が多く、一家言ある人ばかりであった。
それだけに、臆面もなく意見を吐く、生意気な吾を疎んじる気配もあった。

つまり、地域社会に貢献した実績もなく、ただ『口舌の雄』として選ばれた不遜な奴。
そんな若造が、権威と品位に満ちた日南市議会に出て来るなんて!と悲憤慷慨だ。
第一、一緒に机を並べた連中でさえ支持しなかったのだから。

市議会の権威低下に反比例して、市役所吏員の立場は上昇した。
折からの『泣く子も黙る総評』に導かれた労働争議が相次ぎ、労組天国である。
国家公務員給与を100としたラスパイレス指数を上回る職員給与。

職員に散髪代まで補助する為の『職員厚生会』に、年間800万円の支出。
たまりかねて市民が提出した『給与据え置き』を求める請願を議場占拠で廃案。
議会制度や市民民主主義を否定するほど、議会の選良を見下したのである。

市議会を見下している市役所職員も、上級官庁には頭が上がらない。
県の指導、国の指導には絶対忠誠で、疑問を抱いても抗わない。
この傾向は、地域住民を含めて、全国に共通していることかもしれないが。

首長選挙になると、人材探しで霞が関や県庁に適任者を求める。
つまり、国民も住民も、『官』ならば!と信頼しているのだろうか?
他所の人材が頼もしく、そして信頼出来て、尊敬できると思っている。

思っていること甚だしいのが、市役所や役場の職員かもしれない。
やたらと外部の人材を尊重し、政策を委ねるのである。
そこには、地域行政を担う気概も意欲も自尊心も感じられない。

飲酒の席で、あからさまに議員の評価を下し、卑下して嘲笑する職員。
議会では、『慇懃無礼』に徹しているのだろうが、明らかに見下している気配。
中には、『あいつの質問原稿は俺が書いている!』と嘯く者も。

原稿を書いてやっているのは、自身への追及を避けるためと、市役所を護るため。
議員に自由な発想をして貰っては困るからである。
常に、役所の意のままに操り、自身の仕事量が増えないように腐心する一環だ。

そのプライドがあるのに、何故か『外部人材登用』が多い。
あれだけの職員に、あれだけの給与を支給し、あれだけの待遇を図っているのに、知恵は無い!
知恵と能力を発揮できなければ、肉体労働に耐える人材に替えた方がいい。

『街づくり』ひとつ思案し、名案を醸し出す人材が市役所にいない現実を寒々しく感じる。
外部に人材を求めて立案させ、多額の費用を支弁する。
このことは、市役所職員の無能を満天下に示すもので、恥ずかしい限りだ。

市長や市議会議員各位も発想できない!多くの職員も発想できない!
が、地域を知らない人達には発想できる!そういう政策を市民が求めているのだろうか?
将来、失敗に終わった時に、誰が責めを負うのだろうか?などと思ってしまう。

つまりは、『官』にない発想力を、『民』に求めようというのだろう。
ならば、市役所は『業務遂行』だけを担う訳だから、これも『民』で間に合う。
間に合うならば『正職員』は不要だから、外部委託費用はふんだんに賄える。

選挙で選ばれる人達は、政策を競って戦っている。
その政策がなければ、その人たちに任せる必要はない。
市三役も市議会も、すべてを外部委託する制度をつくれないものだろうか?

などと、冗談を交わすほどに『人材払底』を嘆かざるを得ない。
ホントは『払底』など、していないのである。
が、主要政策が『外部委託』とされる現状をみると、嘆くしかないのである。


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