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2016.08.16 (Tue)

子を思う親心

子供の頃、親の愛情というのを余り受け止めないままに育った。
野良や農耕馬の世話に明け暮れている母に代わって、祖母が双子の面倒を。
終い湯から上がって、耳の掃除とか爪切りはしてくれたが。

でも、双子と親子三人、田んぼの畦道や田小屋でくつろいでいる時は違った。
吾の膝枕で白髪を抜かせ、『将来は何になるのか?』などと聞く。
聞きながらウトウトを始めるのだが、母が疲れを癒すときだ。

実の親子なのに! とも思うが、祖父母への遠慮が大きい。
婿養子を放逐したようなものだったから、子供の育成が借財になってたか?
が、二十歳も年齢差がある妹の『親代わり』も兼ねていた。

祖父は兎に角、子供が危険な目に遭うことを極端に嫌った。
柿の木の頂上に登っていても、祖父を見かけると飛び降りた。
が、川で遊んでいる時は見逃すし、自身もゲランで鰻捕りをするから、危険を感じなかったか。

勉学については、親心以上の熱意と後押しをしていた。
だから母は、勉学について、とやかく言うこともなかったし、進学についても差し挟まない。
参観日や学校行事には参加していたが、出しゃばりPTA!ではなかった。

吾自身も、子育てや進路などについては無関心だった。
だった!というよりも、無関心を装っていた。
自身で判断し、自身で決め、自身で歩むことが己の人生だと思ったからだ。

そのような態度は、時として『冷たさ!』として、子供に映るかもしれない。
が、子供の底力を信じるからこそ、口出ししないのである。
それでは、『親子の情愛が深いのか?』と問われれば、自信はないが。

過ぐる年、夏休みに娘一家が里帰りした時だった。
朝、仏壇の水とご飯を換えようとして、孫娘の布団に足をのせた。
眠っている孫を、足で転ばし『もう起きなさい!』とやった。

見ていた娘は、『あっ!人の子を足で!』と睨む。
顔に強張りはないけれども、足蹴にされたと思うのだろう。
なるほど!と、子を慈しむ親の心を覗いた気持ちがしたものだ。

その一家が、今年も帰省、一緒に行動できるのは一日しかなく『流れるプール』に付き合った。
疲れてテントに戻ると、娘は子供の速度に合わせてプールサイドを周回している。
遠くから眺めていても安否は判るのに!と思うが、見張りを厳重にしたいらしい。

我が子を愛する親の情念、特に母親の愛情には限りがないだろう。
徳川8代将軍・吉宗公を将軍の世継ぎにする争いも有名だ。
世子を押しのけてでもも、庶子である我が子を後に据えたい武士の側室。

『血は水よりも濃い』と言われたが、当然だろう。
大岡裁きで、腕を引っ張り合ったニセと本物の母親の話。
特攻隊で死地に赴く軍人の遺書も、両親への思慕と息災が記されている。

そう考えると、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの御両親の嘆き、悔しさが判る。
我が愛する娘を突然に攫われ、国交も無い異国に暮らしていると知る。
奪われた子供を奪い返す手段がない!その、自身と国の無力さを、憎んでも余りあるだろう。

先日、宮崎市で『蓮池 薫氏』の講演を聞いた。
1978年7月31日に、新潟県の柏崎市で彼女とともに拉致された。
同じ日には、新潟県内で7人が拉致されたという。

拉致犯罪人が、ラクラクと上陸出来る日本の治安状況。
が、拉致被害者が存在するのに、救い出す手立てを講じない日本の政府。
やり場のない怒りを、多くの同胞が異国で味わったに違いない。

斯かる意味合いから言えば、日本は『主権国家』ではない。
だから、北朝鮮に住む拉致被害者も、救いを諦めて異国での生活に臨む。
中国や韓国が、好き勝手に日本領海で振舞っているのは、斯かる背景を承知しているからだ。

1989年に旧ソ連、東欧諸国など社会主義政権が崩壊。
中国も鄧小平が『改革・解放』を掲げ、韓国、北鮮が国連に同時加盟。
ここで、拉致家族は日本への帰還を確信したらしいが!

蓮池さん夫妻が帰国し、再び北鮮に戻るかどうかで、夫婦に対立があったらしい。
北鮮には子供達が残されているから、奥さんは子供への愛にこだわった。
結果は、子供達も『小泉外交』で生還できたのだが、親子の絆の強さを教えられる。

オリンピック真っ盛りだが、高校野球でも常に、親子の情愛が裏舞台として映し出される。
見えない処での苦労も知っているし、肉親の協力も大きいから、喜びも大きい。
その情愛の姿を見ていると、時は経過しても親子の絆だけは強くなっている。

が、我が子を慈しむのと同様に、他人様に対しても同様の思いがあるのか?
無差別テロや、各種の犯罪を見ていると、我が子同様の慈しみは感じられない。
つまり、『自己愛』が過剰な世の中になっているのかもしれない。

先日は、空港の金属探知機を『擦り抜け』した女がいた。
故意に抜けないと出来ない行為だから、確信犯だろう。
為に、何万人と云う人達の足が奪われた。

急ぎの仕事、危篤の瀬戸際を目指す乗客もいただろう。
大騒ぎを、陰から見ていてほくそ笑んだのだろうか。
こういう、バカな『自己愛』が多いから、バカな子供も増えてくる。
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