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2016.06.04 (Sat)

躾(しつけ)

伯父が法務省に入省して、坂元家の惣領が居なくなった。
一男二女の子供がいて、惣領が欠ければ婿を取らなければならない。
次女は幼児だから、20歳の長女が家を継ぐ。

戸主の末盛は、己の部下を婿に入れ、後継ぎとした。
が、家業の農業は素人だから、双子が2歳の時、実家に戻った。
母は家付き娘で、嫁して来たわけではない。

が、双子の養育を考えれば、相応の働きが要求される。
実の両親だから遠慮は要らないのだろうが、『子の親』としての責任を感じたのだろう。
朝早くから、農耕馬の飼い葉を刈り、朝飯を済ませると田んぼに走る。

自家発電は、母がすべてを動かしていた。
劇薬でも、農薬を散布し、水田の管理も一手である。
男が働くのと同様に、田んぼを馬で鋤き、田植えから収穫まで取り仕切る。

夕飯を済ませると、片付けを終え、終い風呂に入る。
風呂からあがって就寝前に、双子の爪を切り、耳の掃除をやる。
この時から、双子を両側に川の字になって眠る間だけが、親子の時間である。

双子が就学前だったか、木戸口の山林で火遊びをしたことがある。
下で仕事をしていたのか、祖父が匂いを嗅ぎつけ、駆けつけて来た。
慌てて火を消すとともに、双子に拳骨を見舞った。

これが、初めてで最後の拳骨だったが、その痛さは今でも記憶に残る。
母は双子を、木戸近くの樹齢100年の杉の幹に縛りつけた。
『持たぬ子には泣かぬ!と云うがホントだ!』と嘆き、涙している。

『お前の躾がなっていないからだ!』とでも、祖父から叱られたのだろう。
祖父が、『もう魂が入ったのではないか!』と云ったのか、夕食前には解かれた。
しかし、母の小言は布団に入ってからも続いていたが、衝撃が大きかったのだろう。

翌年頃だったか、集落の兄弟の火遊びで野原を焼いた事件が。
次いで、子供だけで住まいしていた近在の住家が全焼した事件も。
もし、双子の火遊びの発見が遅れていたら、小松山まで全焼していたに違いない。

居間に囲炉裏が切ってあって、横座に祖父、祖父の左手に双子、右手に祖母と母、角に叔母が。
夕食も団らんも、座る場所が決まっていた。
が、常に姿勢を注意され、食事は正座、箸の使い方まで、みっちりと仕込まれた。
風呂も、祖父、双子、叔母、祖母、母の順である。

祖父は、『大学までは出らにゃあいかん!』が口癖で、常に『勉強せんか!』である。
毎月、小学生用の雑誌を買い、双子に与えた。
双子は、欲しいものがあると正座して祖父に告げ、入用のカネを貰う。
『勉学』に必要なものは、無条件で要求を呑んだ。

来客があった時の対応、他家を訪問した時の行儀作法、厳しく指導された。
作法に外れたり、客前で悪戯すると、横目で睨まれ、後で説教が待つ。
夏休みでも、決まった刻限まで机を離れず、一日のスケジュールまで言い渡される。

田んぼで汗まみれになっていると、坂元集落から子供が駆け、遊びに出る。
帰りには、アイスキャンディーを手に、大声を出しながら賑やかに家路についている。
肉体労働と遊び、彼我の違いを秘かに嘆いた。

今では、『取っ付き難い!』と云われている吾だが、餓鬼の頃の陰鬱さが残っているのか?
でも、取っ組み合いの喧嘩は絶えず!だったけれども、性格は穏やかだと思っている。
人の悲しみは、己の悲しみであるし、涙せずとも情には厚いと思っている。

祖父母や母から、厳しい戒めは受けたけれども、冷たくされたことはない。
厳しかったと思われた祖父も、市議選初出馬の折は、入院していた医院の前に立っていた。
街頭演説して振り向くと、父方の祖母と並んで、涙を流していた。

吾が所帯を持つと直ぐに、祖父は軽い脳梗塞で入院した。
平癒したと思われたのに帰ってこなかったのは、『家督を譲った』証なのか?
祖父母共に、一度も帰らず、身罷った。

自身の子供に対して、躾がどうだったのか、余り記憶にない。
記憶にない!というよりも、最低限の躾しかやらなかった。
夕食時に、長男がふざけて妹をからかっている。

思わず、飯茶碗を投げつけた。
が、当たらなかった。
当たらなくて良かったなぁ~!と、思うと同時に、自身の気短さを知った。

カップ麺を食っている長男に、『少し食わせて!』とねだったが、頑強に拒否する。
『じゃあ、それを全部食べないと許さんぞ!』と。
平らげることなく、泣き出したから、『食える量、人に与えていい分量を考えろ!』と。

進学や進路についても、本人の志の趣く儘に!という立場をとった。
どうしても選択に困った時のみ、吾の考えを伝えたが。
本人の人生だし、本人が決意し、判断すれば、善し悪しの結果が出ても、これも本人次第。

ただ、人様に迷惑を掛けるようなことは、絶対にいけない!とは言い聞かせてきた。
当然のことだから、躾の範疇に入らないかもしれない。
が、吾が受けた躾がその程度だったから、それを踏襲しているだけだ。

北海道で、7歳の小学生が捜索された。
親が放り出した原因が、他人と他人の車に石投げして、その罰であるという。
『しつけ』のつもりで!と云う親の気持ちは理解できる。

理解できるが、親の想像以上に、子供が逞しかったということだろう。
道を辿ってゆけば行き着いたところに、演習場の蒲鉾があった。
水もあれば、夜具になるマットもある。

動かなければ、やかでは助けが来る!
遭難時のイロハであるが、意図的か否か、その通りにやった。
が、捜索隊は『俯瞰図』に拘って、非常識の部分を見落としたと、いうことだろう。

大和クンは英雄視されるかもしれない。
されて、舞い上がり、天狗になってゆくかどうか。
『迷惑を掛けたこと』を深く反省して、自我の抑制に走ってゆくか?

『しつけ』の後遺症が、どう転ぶのか?
彼の人生の、大きな分岐点だろう。
けだし、見物ではある。
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