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2016.04.23 (Sat)

高齢者の定義

学校からの帰り道、友達の家に寄り、道草を食っていた。
友達が姿を消したから、家の中を覗いて声を掛ける。
奥の薄暗い寝間に、黒い丹前のようなものを身に纏った老人が。

薄気味悪くて、外に飛び出した。
『あぁ~!祖父ちゃんね!』と事も無げに言う。
病気がちの祖父ちゃんが伏せっていて、起き上がろうとしていたのだ。

友達の祖父ちゃんだから、年のころは50代だろう。
思わず、吾の祖父母の年齢を数えてみる。
母が20歳で産んだ吾だから、やはり祖父母は50代後半なのだろう。

が、祖父は毎日のように、特別職で役所に通っている。
祖母も若々しく野良仕事に汗していたから、年寄臭さは感じない。
と、いうことは、友達が『祖父ちゃん』と呼んだのは曾祖父のことなのか?

が、近所の祖父ちゃん、祖母ちゃんをみてみると、やっぱり年をとっている。
野良仕事は出来ないから、せいぜい庭の草取りくらいのものだろうか?
それだけ、年齢を感じさせるのに個人差があったと言うべきか?

酒谷中の閉校式がすんで、同窓会が催された。
昨日、記念写真が届いたが、恩師を思わせるほどに老けた顔がある。
よく見たら、『今度、自治会長に就任した!』と、幾度も自慢していた同級生。

還暦を過ぎると、頭が禿げ上がったり、眼鏡を掛けたりで、俄かに思い出せないこともある。
『老い』に個人差があることを教えられる瞬間だ。
自身の姿は判じられないから、余り言えないが。

江戸の時代には、40歳に手が届くころには隠居し、倅に家督を譲り渡した。
50歳くらいになると、中気で倒れたりして養生に入る。
そして、還暦まで存命を通すのは滅多にないことだったろう。

その代り、一人前として認められる年齢も若い。
元服して前髪を落とし、月代を剃れば、もう一人前である。
一人前になれば出仕し、嫁を取り、一家の主となる。

嫁も、16歳くらいで嫁して来るから、子供を為すのも早いだろう。
眉を落として、お歯黒というのが武家の妻女の姿である。
織田信長が、『人生50年』と言ったのも頷けるではないか?

先日、とあるモーテル下を通りかかると、アベックの乗用車に出くわした。
運転席と助手席の二人を見遣ると、吾より高齢な男女である。
『御盛んなこと!』と思ったが、どうみても秘密の逢瀬だろう。

『逢瀬』で、いかなる所業に及ばれるのかは判らないが、羨ましくもある。
大岡越前の守忠相の母君は、忠相が『男女の睦は幾歳までか?』と問われて
火鉢の灰を、火箸で掻いたという。
『灰になるまで!』

そうかぁ~!  劣情を催すは自然の摂理なのだ!と思ってしまう。
思っても、中々、そのように進まないのも現実だろう。
が、若々しさを保つこともまた、長寿に繋がるのかもしれない!
突然死しなければ!

昨夜は、森林組合の決算慰労会が開催された。
吾の横に来たオペレーターは、『父が55で定年退職、今、嘱託で勤務している!』と。
王子製紙の子会社らしいが、定年退職して非正規雇用の方が長くなりはしないか?

吾は、昭和23年生まれだが、この生年までが年金支給開始64歳。
以降、65歳以上にならないと受給年齢に達しない。
つまり、満額の年金受給までには『働き続ける』必要があるのである。

吾が会長職を務める団体に、県のОBが慣例として勤務している。
60歳定年だから、年金受給までに5年間空いている。
空いているが、県の人事課は『4年で後進に譲るよう』、指導している。

同様の例が経済団体でもあったが、ОBが多すぎて満額支給まで認めていない。
まぁ、年金を宛てにして生活する必要のない人もあるかもしれないが。
それでも、定年と年金支給のミスマッチには疑問が残る。

これは、国の制度設計に誤りがあるからだろう。
再雇用制度を設けた!と言っても、それが生涯所得に匹敵する効果は上げていない。
一方では、団塊世代のリタイアで、ものづくり人材が払底する現実もある。

『国民皆年金』を標榜して、世界に冠たる福祉国家を描いて見せたが『画餅』だった。
早々に、年齢に見合った職場の確保と、老後安泰の年金政策を確立すべきだったのに。
今では、借金1,000兆円という無策の結果に喘いでいる。

納めた幾十倍もの年金を受け取る世代、数倍を受け取る世代、トントンの世代。
そして、収めた分を受給できない世代。
『100年安心』と、高らかに謳い上げて、10年も経ってないのに、この為体。

自民党の小泉新次郎部会長は、『高齢者の定義』を見直すと言い出した。
つまり、年金受給開始を70歳に引き上げる算段だろう。
と、なると前期高齢者は70歳から80歳、後期高齢者は80歳から90歳。

高齢者医療保険の賦課徴収は、現行のままで据え置くだろうから、若年者の負担増だ。
それでも、負担と受益の歪さに変化はない。
変化が無ければ、医療費と年金に手を加えるしかない。

どうやって、加えるか?
先ず、終末期医療を止めて、『平均余命』を短くする。
人生が短くなれば、受給する年金額も少なくて済むし、医療費も少なくなる。

定年は原則60歳だが、年金受給開始は70歳だから働く必要がある。
働けば消費意欲に繋がるから、消費税で税収増になる。
そして、働いている間は、年金、医療保険掛け金も徴収する。

『高齢者の定義』見直しは、そこに展望を置いている。
まぁ~健康で長生きできれば、如何様な世の中でもいいけれども。
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