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2016.04.07 (Thu)

郵便局

吾の生家は、人里離れた一軒家だった。
なんでも分家する時に、大きな杉林がある処を所望し、建てたらしい。
祖父の代だから、吾が3代目となる。

一軒家だが、上部には参勤交代で殿が往き来した道もある。
木戸口には、今別府集落と坂元に通じる里道が。
田んぼの野良仕事に往復したり、近隣の集落に身寄りを訪ねたり。

市道・坂元線から、急坂の里道を200メートルほど登らねばならない。
祖父も、叔母も、吾らも、毎日その道を歩いて停留所に向かった。
勿論、母は自家発電の始動停止もあり、馬の飼葉を担いで登ったり。

祖父の公職の関係で、毎日のように文書、はがきの類が郵送されてくる。
購読していた『西日本新聞』も、一日遅れで配達されていた。
郵便物だから、局の配達員が坂道を登ってくる。

自転車から降りて、急坂を登る。
それも毎日のことだから、郵便局員も汗だくで疲れてしまう。
『家族が毎日、昇り降りする道だから!』と思ったのか、郵便物が坂道の入り口に。

風で飛ばされないように、郵便物の上に石ころが載せてある。
『あぁ、金丸さんだな!』と、ちょっと老齢の局員を思い浮かべてしまう。
3人交代くらいの人員なのだが、この人が一番、辛働そうな動きをしていた。

が、天気の急変もあるから、郵便物が濡れてしまう。
当時は、ビニール袋なんて便利なモノは出現していない。
濡れた新聞は破れやすいし、ハガキはインクが滲んで読めなくなる。

度重なることに祖父が怒った。
役場の隣にある郵便局に、職務の徹底遂行を迫ったのである。
以降、金丸さんを吾の集落近くで見かけることがなくなった。

当時の郵便局は、一般局と特定局に分けられていたように記憶している。
特定は局舎を自ら建て、相応の責任を負える人が請け負っていたように思う。
母は、『分限者が経営しょっとよ!』と言っていたが。

職員は、全逓信労組に所属していて、徹底的な社会党支持。
三公社五現業という、政府傘下の組織と同様である。
郵便配達しながら社会党のビラを配っている!と指摘されたことも。

小泉総理は郵政改革を目指し、目的達成には鬼気迫るものがあった。
が、特定郵便局長会の支援を受ける代議士達に、反対の動きも。
総理は『郵政解散』を断行し、反対者には対立候補を立てた。

郵政には、郵便、保険、金融の3部門がある。
『貯蓄は郵便局』と云われていたように、隠し預金などに重宝がられたらしい。
簡保も、学資保険など、政府系でしか思いつかない保険を売り出していた。

が、金融や保険は民間企業でもやっている。
郵便事業にも宅急便が参入して、メールなども配達している。
その郵便事業が、経営の足を引っ張っていると聞いたことがある。

先日、集落の会合で郵便局のATМが話題になっていた。
1人の小母さんが、『郵便局のATМは、通帳だけでも下ろせる』と云う。
吾も通帳とカードは持っているが、通帳だけで引き出せるならカードは要らないだろう。

しかし、農協の支所にもATМは備えていないから、地区の人は郵貯銀行だろう。
昔から馴染みのある郵便局が安心できるし、配慮もしてくれる。
それに、農協さんは資材取引などでも無関係になった住民が多いし。

知らない番号から携帯が鳴る。
『誰か?』と訝って電話に出ると、『クロネコですけど~』である。
『玄関口でもいいですかぁ~』 要冷蔵のものになると『倉庫の冷蔵庫に入れておきます!』

勝手を知っていて、無人の家でも配達している。
が、郵便局は持ち帰り、持ち帰りを繰り返して、時間を問うて持ってくる。
送料分では間に合わない、労力と手間を加えているのだ。

昔は、電報で急な報せが届いていた。
『ウナ電』とか、呼んでいたように思う。
電話の無い時代だから、電報で知らせ合っていたのである。

吾は、イチイチ手紙を書いていたが、学生時代の同期生には電報で仕送りを依頼する者も。
家からの仕送りは、現金書留で届いていた。
局員が来て、受取印を押さないと渡してくれない。

その『現金書留』なるものを、数十年ぶりに使用した。
元・県庁幹部氏の御母堂が身罷られたことを、死亡広告で知った。
弔問について思案していると、同期の元・県議から電話が入り、香典代参を願った。

願ったら、会葬御礼が宅急便で送ってきた。
香典に加えて、宅急便代、香典袋代を送金しなければならない。
が、振り込みの口座を聞くのも憚られるし、近く会う予定もない。

現金書留で送ることにした。
子供が大学生の頃、生活費などはすべて振り込みにしていた。
孫へのお年玉も、好物のミカンを送るときに忍ばせておく。
従って、現金書留で現金を送った記憶は2~3度くらいのものだろうか?

書留封筒は郵便ポストにいれる訳ではないから、郵便局を訪れる。
吾のような『貧乏早起き』には、9時の開業というのは待ちきれないから夕方に。
しかし、局に入っても『待ちきれない!』思いを。

入ったら、一人の局員が客に対応していた。
何かの申請手続きなのだろう?書き方を指導していた。
ややあって、一人の女性が入局してきて親しく局員と話をしている。

一見の客に過ぎない吾への対応は、それから、ややあってのこと。
現金書留の取り扱いに慣れていないのか、何度も同じことを繰り返している。
イライラしながら見ていたが、523円の送料だった。

今時、現金書留封書なんて利用する者はいないに違いない。
違いなければ、業務から外せばいい。
が、吾は礼状をしたためて同封するが適当と判断したから利用した。

時代の変遷と共に、昔日の仕組みも消えてゆく。
消えてゆけば、新たな仕組みで参入してくる企業も出てくる。
昭和時代の仕組みに頼る時代ではないのかもしれない。

その、仕組みに携わる者とて、不案内なのだから。
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