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2016.03.04 (Fri)

仏壇漂流

中国では、景気の拡大を図るために都市人口を増やして行こうとしている。
戸籍は、都市戸籍と農村戸籍に分けられているから新しい戸籍が要る。
それで、農村に都市を築いて新しい都市戸籍を作るというのだ。

が、都市を造るには、先に働き場所を造らなければならない。
農地を農民から奪って工場用地を造成するが、企業は進出してこない。
結局は、夢を絶たれ、農業も手段を失い、貧乏人だけが増えてゆく。

都市化は、国民に夢と希望を与えるだろう。
が、一方では深刻な食糧不足と農村の荒廃、そして高齢化社会の悲劇が待っている。
日本という先例を経た国が近くにあるのに気付かない程、中国政府も追い詰められているということか?

『女性活躍社会』とか『一億総活躍社会』などの掛け声は喧しい。
が、それだけ政策の行き詰まり感が、政府に滲んでいるということだろう。
待ったなし!の高齢化は膨大な福祉予算を伴うし、景気を支える雇用も人手不足だ。

おそらく、政府が思い描いたことが無いような社会が現出しているのではないか?
過度な都市集中と、都市で増えている『要介護』老人の数。
過疎に喘ぎ、生活もままならない高齢者の暮らしという、荒れ果てた農村地域の現状。

どれもこれもが、政治がもたらした政策の『残骸』であり、霞が関の見通しの甘さだ。
常に、結果には原因が伴う。   逆説的に言えば、結果を予測し得ない政策は『無策』というものだ。
『かって、世界のどの国も経験したことが無い超高齢化社会』の実験が、我が国で始まっている。

家父長制の許では、家を継ぐ者に譲り渡すと、従来の家父長は隠居に退く。
退くときに、整理するもの、受け継いで行くもの、夫々を区分けして首座や隠居部屋に分かれる。
そして、三世代同居の、日本人の暮らしを営んできたのだ。

が、親の家に子供が移り住む時代は終わって、親は親、子供は子供の家に住む時代。
子供は遠方に就職して結婚~だから仕方がないが、残された老夫婦の生活も長くは続かない。
そして一方が亡くなった場合には、『生前整理』の必要が出てくる。
『実家の片付け』に関する書籍や雑誌が売れているらしい。

МRTラジオの『人生相談』で、モノを捨てない妻への悩み!があった。
生前整理が出来ない人達は、未練が残り躊躇するのだろうが、そのままゴミの山に化すことも。
そうなると、仏壇まで漂流することになるから、先祖も浮かばれまい。

そういえば、空き家を行政代執行で撤去する法律が制定されて、初の代執行が行われたという。
全国の空き家は、平成25年現在で820万戸。
自然減で人口は減るから、空き家は増えてゆく一方だろう。

先日、JRの電車に徘徊老人が衝突し、家族に損害賠償を求める裁判の判決があった。
賠償責任はない!という最高裁判決だが、判断の行方を案じた方も多いだろう。
なぜなら、そこらへんに数多に存在する実態だからである。

2025年、吾が後期高齢者になる年だが、60歳以上の認知症患者は5人に1人ということだ。
ということは、70歳以上になると5人に3人くらいか?
一か所に閉じ込めておくわけにも行かないから、完全に介護不足でお手上げだ。

一方では、『貧困』である。
昨年12月現在で、生活保護を受給している世帯は163万4185世帯。
人員にして、216万5585人で、本県では1万4323世帯、1万8139人らしい。

過去最高の受給者になっているが、やはり増えているのは一人暮らしの困窮老人。
吾の周囲を見てみても、少ない年金で慎ましく暮らしているお年寄りが多い。
『御上の世話にはならぬ』と健気だが、片や生活保護費を詐取している輩もいる。

つまり経済成長は、暮らしの豊かさも享受させてくれたが、その後に抱える課題も多くもたらした。
高齢者は、退屈な日々を過ごす人たちが多く、孤独感に襲われている。
寿命が延びても、認知症・徘徊では、余生の快適さも味わえない。

出来れば、青空の太陽の下、心地よく野良仕事でも汗したい。
家庭菜園が集まっていて、互いに評価し、教え合いながらコミュニケーションを持つ。
毎日でも通いたい場所だから、カネも使わないし、心も豊かで、新鮮な野菜も戴ける。

団塊世代以上の年齢に達している人達は、こういう生活を経験し、そして経験したいと思っている。
吾が育った生家は、背に杉林を負い、前面は畑と雑木林だった。
畑の突端に行くと急傾斜の採草地で、眼下には市道や坂元川、真緑の水田が見下ろせる。

甘柿が緑陰を作り、その下に佇んで、母が幾度も呟いた。
『ここからの景色が、一番好きじゃ!死んだら茲に墓を建てて!』と。
今では、杉が立ち並び、眼下の景色も見られない。

が今度、杉が伐採されて昔の風景が甦った。
元屋敷には、南高梅300本が花を付けている。
手前には、ミカン4種類、渋柿50本、銀杏などを植え付けた。

そして、今年は隣接地を買い受けて、甘柿96本を植えた。
60年前の原風景を醸し出すような試みだが、別に生業ではなし、楽しみたいだけの遊びである。
が、子孫の流れを予測するに、そろそろ『墓じまい』の頃だろう。

唯心論者を認じていた吾が、最近、神仏や来世の存在を肯定できなくなった。
だから吾の代で、仏壇も納骨堂墓所も『終い』にしようと。
これは、好むと好まざるとに拘わらず、時代が流れと歴史の趣くまま。

間違いないのは、菩提寺そのものが立ち行かなくなってゆく!ということだ。
吾が死んだら?
その時は、元屋敷に散骨して頂くよう、願っておく。
納骨堂に祀ってある、全ての遺骨を散骨することも併せて!
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