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2017.05.01 (Mon)

徒 労

高3の時、級友3人を下級生を使って殴らせた男。
吾と間違われて双子の弟が犠牲になった。
そして、下級生に指示した男は『停学処分』

級担の藤井先生は、『お前たちにも非がある!謝りに行け!』と吾に。
1人で彼の自宅に行き、2階でごろ寝していた男に『俺たちも悪かった!』
帰り際、『持ち帰って練習したら!』と、エレキギターを貸してくれた。

家業の印刷業を継いだから、ディスカウントストアーのチラシはすべて彼の手に。
義理堅い男で、食料品を求めて毎日、それこそ時を打つように買い物に来てくれた。
インクを付けた手で幼子を抱き、親子4人で姿を見せる。

その男が、先日逝った。
永の患いで、最後まで痛がったという。
『別れ』で思いを馳せるとき、同時に自身の徒労を振り返っていた。

ディスカウントストアーを始めたのは、県議選に落選し失意の下で先を見通せなかったから。
市議時代に『南那珂から代議士を!』の旗を挙げた。
男女二人を雇い、事務所を構え、後援会づくり。

『銘木』と言われた山を売り、惜し気なく金を注ぎ込んだ。
が、突発的な『衆院解散』に対応できずに、国政を断念。
県議選に照準を換えた。

が、後援会づくりにカネが嵩むのには変わりない。
材価の高い時期に助けられたが、山代金は政治に向けられる。
それで『落選』だから、途方に暮れる。

小さな『記念品屋』のつもりだった。
分厚いカタログで商いが出来るし、在庫を抱えなくても済む。
世話になった『地方紙の社長』が記念品を扱っていたから、利益率も判る。

その『つもり』だったのに、取引先の日興商品が『バッタ商品』取り扱いを勧めた。
記念品は、陶器類で仕入れ値が30%と、利益率は高い。
だけどバッタ商品は定価の1割程度だから~と唆すのである。

県内初のディスカウントストアー、それ以前は日南初の惣菜屋に弁当配達。
『食糧店が遠いので!』と、地域の要望を容れて食料品も置いた。
これが間違いのもとで、生鮮三品を扱う設備に多額の投資を強いられた。

吾は、朝の3時ころから店に出て仕事をはじめ、夜は9時ころに閉め帰る。
土日もないから、子供を遊びに連れ行く暇も無し、寂しい思いをさせた。
人手も増やしたが、忙しい時間帯と暇な時間帯があり、配分に悩む。

『店を閉めよう!』と決断した時、『それでは私に譲って!』と店長。
半年後には夜逃げされ、気付いて行った時には多くの『機材』が盗まれていた。
店長の保証人だから、そちらの債務も振り掛かり『億』を超える借財に泣く。

友と、採卵鶏の放し飼いをやり、4,700羽ほどを飼った。
卵は、1個27円で鹿児島県のスーパーグループに軽急便で送る。
月に数百万円の売り上げだったが、大変な労働である。

冬になると水が枯れ、500リットルタンクで運ぶ。
集卵作業が日に3回、そのたびに洗卵機で選別まで。
これも土日が無いから、友も辞め、任せていた母も音を上げた。

議会の出張たびに、2~3日分の給餌を行う。
鳥は夜目が効かないから、戸を開け放って軽トラ3台分を給餌。
が、母が音を上げるのと同時に止めたが、『地鶏』は吾が最初の称号だった。

常に、仕事に追われる人生を歩んできた。
朝の5時から下刈りし、県議会から帰って再び、暮れるまで山に。
『毎日、百変化じゃなぁ~!』とは、隣家の主。

朝方まで呑んでも、夜明けには仕事を始めた。
生来の『汗かき』だが、汗を流しただけのものが残っていない。
『徒労』なのである。

子供に寂しい思いをさせ、走り続けて古希を迎える。
でも、自身で選んだ道である。
『徒労』の積み重ねだが。



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