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2016.10.16 (Sun)

適度の緊張関係

今朝の宮日新聞の投稿欄に、農業の衰退を嘆く元・西都市長の投書があった。
そういえば、今日は西都・西米良選挙区県議の補欠選挙投票日である。
投書氏の元・西都市長の日野さんも、元・社会党県議会議員だった。

農業人口が減ったのは、農村人口の減少と同様に、『農業でメシが食って行けない』からだ。
幾度も言うが、第1次産業の衰退は、生産した物に第3者が値段を付ける仕組みだから。
原価を認められないのだから、儲けも認められない。

認められないなら赤字で借金ばかりになるから、その産業から離れてゆく。
ならば、所得補償などの手立てを講じればいいのに、流通ばかりが便利になってゆく。
築地市場から豊洲への移転、その費用は遡って農家や漁民が負担している。

『やっぱり農協が癌だなぁ~!』と、漸く気付いたのが小泉進次郎部会長。
農協改革に本格的にメスが入るのは間違いないが、もう30年早ければ。
今では信用、共済事業しか儲けの砦は残っていないから、農協は保たない。

保たないようになったとき、既に農家と農村は消えていた!という訳だ。
もう何十年と、自動車共済に3台分掛けているが一度も保険の世話にはなっていない。
なっていないのに毎年、保険料は上げられるから農協理事に苦言を呈した。

『マイナス金利時代で信用事業も赤字、共済まで見捨てられると農協は潰れるよ!』
『そうなんですよ!頭の痛い時代になりました。』
営農指導を捨て、利益追求を当たり前としてきた農協、その崩壊が近付いている。

県議になって初めての議会質問の時、先輩が『予め原稿を見せないといかんよ!』と。
『そんな理不尽な~!』と思いつつも、担当職員にコピーさせた。
翌日、自民党県議団の斎藤幹事長から、『坂元クン! 農政批判があるそうだが書き換えろ!』

『お断りします! 誰がそんなこと言ったんですか?』
『農政水産部が泣きついて来て「自民党議員の農政批判は前代未聞」だと言うんだよ!』
一朱の書き換えも無く、淡々と農政批判をやった。

やったが、頭に来たのは『原稿を示し』た上に、『書き換え』まで要求した執行部の姿勢である。
県議団の西川会長は、『いいではないか!代表質問ではないのだから』と吾を庇ったが。
爾来、原稿を見せることも無く、言いたいことは言わせて貰った。

地方議会は『2元代表制』だから、執行責任者も、監督機関たる議会も住民の代表だ。
が、議会は執行部の『補助機関』『下請け機関』に甘んじている。
知事や市長を支えることが本来姿なのかの如くに、曲解しているのである。

市議時代に、疑問のある予算を組み替えして予備費に廻し、修正可決したことがある。
新たな『費目』を設定して組み替えすることも考えたが、やり過ぎると執行権の侵害になる。
法的効力はないものの、決算書を『不認定』にしたのは数知れない。

全国の自治体で、執行部の提出した議題に『否』を表わしたのは数パーセントに満たない。
満たないのは、議案が了とされたということで、問題が存在しなかったということ。
なのに、後々に行政執行に誤りあり!として糾弾されるのは何故か?
審議機関の不徹底と、未熟、不勉強の証で、住民の期待に背いている。

2元代表制で選ばれているが、首長は一人、議会は多人数。
多人数だから、受け取る報酬総額は議会が圧倒的に多い。
多いのに機能を果たさなければ、縮減する方向に行くしかないのか?

週刊新潮だったか、地方議会議員の『なり手』がいないと書いていた。
欧州などは報酬が『雀の涙』で、議員専業は皆無、その代り『夜間・休日議会』の開会だと。
日本では、『年間に100日未満の拘束なのに高い』ということだろう。

が、制度の建前から言えば、人数、報酬の多寡ではないだろう。
制度に従った役割と機能を果たしているのか?が注目点である筈だ。
機能を果たしてゆくには『適度の緊張関係』が、常に要求される。

ある居酒屋で、部下を前にして『明日の人事異動』を滔々と喋り、自身の昇任を威張った。
その傍若無人な言辞を隅で耳にしたのは、後に議長に昇ったk議員。
その足で知事公舎に出向き、その昇任人事を覆した。

それが『良い!』と言う訳ではない。
それ位に、議会議員の存在が重くなければ、真の2元代表制は発揮できないということだ。
小池知事の報酬半減を認めたなら、半減しなくても都議会の存在を示す代案が欲しかった。

『劇場型政治』とメディアは囃すが、それを後押ししているのはメディア自身である。
メディアが『対立』を助長し、物語を書いてゆく。
舛添現象に見られる如く、メディアは見捨てるのも早くて、恰も責任は無いかの如くに。

トランプ氏のスキャンダル報道を視ていると、どうみても『ヤラセ』としか映らない。
数十年も前のセクハラを、原稿を見て、涙を浮かべて会見で述べる。
無念ならば、裁判の国だから『法的手段』はあった筈なのに、報酬が言わせるのだろう。

日本の国は、『議院内閣制』だから、国会議員が政府を構成する『1元代表』だ。
が、議会に居て言いたい放題、が内閣に入ると『涙目』で言い訳する女性閣僚。
鶴保なんていう大臣を眺めると、もう東大出の看板も堕ち、人間としての存在も認めたくない。

国権の最高機関を構成する国会議員にも緊張感が無いし、地方政治にも緊張感がない。
緊張が走るのは『解散総選挙』の時だけだが、噂されるように『年明け解散』が出来るのか?
2月総選挙なら、来年度予算の成立は5月連休過ぎになる。

そうなると景気の回復はおろか、政局の流動化もある。
が、公明党は6月の都議選前に総選挙を済ませたい!と。
これも、自党の伸張だけの関心で、社稷を思う気持ちも無く、緊張感が欠如している。

高齢化に巨額の財政赤字、国土は狙われ、後の世代に遺すツケだけが増えてゆく。
それでも政治は、『明日があらぁ~な!』と嘯いている。
緊張の緩んだ国の滅亡は近い!に違いない。






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