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2016.09.27 (Tue)

人口動態の変遷

織田信長は、『人生50年、化転のうちにくらぶれば~!』と、舞ったという。
現在の日本人の平均寿命は女性87,05歳、男性80,79歳らしい。
特に女性は、この18年間で5歳もの寿命を伸ばしている。

と、なると人生50年ではなくて、勤労に励まなければならない年限が50年だ。
近いうちに年金支給開始年齢が70歳に引き上げられるだろう。
二十歳で就職し、50年働いて、10年間が年金生活と老後、ということ。

まぁ、働いている間は、『認知症』の兆候はないだろうから、残り10年間の生活がどうか!だ。
年金生活に入った途端に施設に預けられ、介護を必要とする生活に変わるかも。
それとも、自然の中で明るく生きて、楽しい余生を送るか!岐れるところだ。

平均寿命は伸びても、日本の人口は減少している。
議会演説の枕詞は、『1億2,700万国民~』だったが、1億2,500万人台に落ち込んだ。
今後、毎年27万人ほどが減少してゆく。

27万人が減少してゆく!ということは、出生者数は微増だから、死亡者数が増えているのだ。
外国からの転入転出の社会増は1万4千人ほどだから、死亡者数増加に拠る社会減が大きい。
今後の人口動態は、どのように変遷してゆくのだろう?

介護を受けたり、寝たきりになったりせずに自立して生活できる『健康寿命』
男性は71,19歳で、女性が74,21歳。
平均寿命よりも10歳ほど若いだけだから、年金受給と同時に『要支援』という訳だ。

吾も、自身や周囲を眺めてみて、『そうだろうなぁ~!』と得心する。
団塊世代が、そのキワに差し掛かっているわけだから『介護需要』の高まりは想定できる。
が、問題は、『その後』である。

『在宅介護』を目指して介護保険制度をつくったのに、現実は施設介護に依存している。
施設は、『介護専門職』が不足している!として外国人雇用も開始された。
が、介護需要期が去った後はどうなるか? 
施設も人も余ってくるだろう。

過疎対策を幾重にも講じて来たのに、気が付いたら集落が無くなっていた。
地方に、介護や医療を充実させた施設を造ったのに、誰も利用する人が居ない!
今より10年以上経過したら、全国津々浦々でこの現象が起きてくる。

東京、名古屋、関西の三大都市圏の人口は6,449万人で、全国の51%。
東京都は、社会増も自然増も拡大しているから、これは高齢者が都外に疎開したということ。
集団就職世代が多く住む三大都市圏全体だが、やっぱり高齢者は締め出されるのかもしれない。

吾の弟が日大1年生の折、神田に進む前に三島校舎で一年間、学ばされた。
その時、下宿していた家の住所が、静岡県駿東郡長泉町上土狩であった。
その『長泉町』が、3年間で人口が748人増え、4万2,457人となったらしい。

産業誘致で財政基盤が安定し、子供の医療費助成など福祉政策を充実させたのが要因だ。
都市部以外で3年連続して人口が増えた自治体は、子育て支援など福祉政策に取り組んでいる。
石川県能美市、和歌山県日高町は、18歳までの医療費を無料化している。

山形県東根市は15歳まで、宮崎県の木城町は小学校入学まで医療費を無料化。
三重県玉城町は、小学校が土曜日授業、高齢者の移動支援を充実し、3年連続人口増。
吾は『子育て支援策』を受け容れられずに惨敗したが、理解ある自治体では実績が上がっている。

『製造業』以外の産業では、一定の場所に拠点を定め、需給に対応するという時代は去った。
勿論、土地依存の農林業などは別だが、ソフト関連や物販などは地域を選ばない。
求められた品を、求められた場所に移動させて商いが成立する。

設計やコンサル業務などは、通信手段さえあれば十分に対応できる。
金融や証券、保険業務など、世界のどの場所でも取引が成り立つ。
そのうちに、タブレット端末で授業が行われ、登校しなくても義務教育が修了できるかも。

でも、社会性は培われないから、人間性は育たない。
育たないのは現在も同様で、スマホ相手の暮らしだから人間として必要なものが欠けて来た。
この10年間で便利になった分、人間性は退化している。

『健康寿命』までが『生産年齢』だと聞いた。
スマホ世代は、とうの昔に『健康寿命』を失い、児戯のままで育っていない。
あの世代は、『生産年齢』の段階に達するのだろうか?


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14:30  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.24 (Sat)

大地に絵を描く

昨夜のNHkでは、岩切章太郎氏の功績を偲ぶ特集を報じていた。
宮崎県観光の礎を築いた『宮崎交通』創業者の意気込みと情熱である。
皇太子殿下の御成婚、新婚旅行に湧いた当時の縁が偲べた懐かしい映像だ。

1~2 分ほどしか視なかったから、全体像は判らない。
が、全国の新婚さんの4割を宮崎観光に導いたというから魅力満載だったのだろう。
まさしく、宮崎県観光の黄金期と言える。

学生の頃、23時間かけて寝台列車で宮崎駅に。
降り立ってから、宮崎交通バスで油津へ、そして国鉄バスで自宅をめざした。
堀切峠を登り切った時に視界が開け、大海原が飛び込んでくる。

周囲の乗客が、『オウーッ!』と感嘆の声を。
吾も、『宮崎に帰ってきたなぁ~!』と感じる一瞬だ。
新婚客が、堀切峠にそびえるフェニックスの木陰で記念写真に納まる。

初日に、宮崎の青島から都井岬まで観光して一泊。
翌日には、えびの高原から霧島の温泉地に入り、林田温泉で一泊。
そして、桜島方面に足を伸ばすのが『三島ルート』と呼ばれていた。

霧島や桜島の現状は判らないが、日南海岸の観光ルートは今、賑わいは無い。
ないどころか、観光地として国民に認識されているのかどうかも怪しい。
新婚旅行ブームで旅した、昭和10年代生まれの人達だけが思い出に留めるか?

青島のホテル群は取り壊し、都井岬にも宿泊施設はない。
堀切峠は、『旧道』となったし、鵜戸神宮もバイパス、サボテン公園は廃園だ。
幸島から名谷を経由する展望も、交通止めで遮断されている。

1962年の『皇太子ご成婚』の後、沖縄返還が実施された。
南国情緒を満喫できた日南海岸は、沖縄にとって代わられ、そしてグアムにも。
より、南国を味わえる観光地に、新婚客の目が向けられたのである。

727が宮崎空港に降り立ち、タクシーで都井岬に向かう一時期もあった。
が、タクシーが案内したドライブインで、目の飛び出るような価格の昼食。
林立するドライブインと、『手数料にタダ飯』のドライバーが評価を下げた。

岩切章太郎さんの功績は、理解者の黒木知事との共同歩調である。
黒木知事は『全県公園化』を掲げ、沿道の修景に力を注いだ。
そして、南国情緒を醸し出し、四季折々の草花で埋めたのだが。

沈みゆく宮崎県観光に焦ったのか、リゾート法の一次指定を受けると新たな観光を模索。
佐藤棟良氏が『フェニックス観光』を手掛けて拡大基調だったのに、乗った。
嫌がる氏を焚きつけて、一ッ葉のリゾート開発に転じたのである。

『白砂青松』の一ッ葉海岸に開発の手が入った。
高層ホテルに人工波を備えたオーシャンドーム、そしてサミット開催可能な国際会議場。
折しも、『バブル』全盛期だから湯水のように資金を投入した。

佐藤さんばかりに任せては!と、県も公共のマリーナ、ビーチを造成する。
松の伐採に携わった作業員が、松形知事のことを『松切り知事』と呼んだものだ。
県が作った道路に海岸整備、今あの一帯が死んだようになっている。

大淀川から注ぐ土砂が、宮崎港の防波堤に阻まれてタンポリに集積する。
潮の流れが阻害されて、一ッ葉海岸は浸食され、流された砂が人工ビーチに。
タンポリとビーチ、マリーナの浚渫に多額の公費を注ぐことに。

フェニックスリゾートの経営に赤信号が灯り、県は『リゾート基金』で救済を図った。
公費で、迫られている返済金に充て、運転資金まで賄おうという。
反対した吾を、『小戸荘』割烹に招き説得したが翻意しなかった。

県行政トップとナンバー3が、有力政治家を訪ねて土下座。
ある機関への融資を依頼したのを、当時、耳にした。
それほどまでに腐心したリゾート地は、買い叩かれて人手に渡ったのである。

思えば、リゾート構想にニューシルバー構想など、当時の県庁企画調整部は多くの夢を語っていた。
県内至る所にゴルフ場が出来て、お年寄りが老後を過ごせる福祉施設が集まる。
富裕層が、別荘地で仕事ができ、余暇にはヨットやゴルフで~という訳だ。

『大地に絵を描く』前に、机上のプランが練られ、吾らに提示された。
『県庁という場所は、絵を描くところなんだなぁ~!』と感心したものである。
が、真近に迫った『過疎・高齢化』への対処は描かれなかったのだろう。

宮崎県観光のシンボル・日南海岸が、高千穂峡にとって替わられた。
旅の趣きというものは、時代、時代によって異なるだろう。
結局は、『あるが儘に』の方が勝ち残るのかもしれない。

絵を描いて、人工的に醸し出すものと、自然の営みに任せるもの。
その『調和』に和むもの、惹かれるものがあるのかもしれない。

04:39  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.21 (Wed)

盛 り 土

30歳くらいの時、建設業の(株)舟見組に入った。
既に、日南市議会議員だったが、社長に請われて役員に就いた。
社長、専務といて、取締役常務である。

社長の御尊父が、なぜか北陸の出身で日南市で開業。
社長は2代目だったが、文学青年風で土木技術には疎い。
疎いのは吾も同様だが、専務は叩き上げの現場肌で、技術への理屈が多い。

多いが、従来の施工方法に拘泥しているから、新たに建設省受注が来て、吾に。
技術的なことよりも、『政治的対応』に重きを置くと考えられたのか?
初めて建設省から受注した工事の『現場代理人』として届けられた。

最初の工事で、専務が尻込みするから下請けに出された。
が、その下請けは、吾の選挙でも動いた、かっての博徒である。
『手配師』のような過去があるが、現場管理には疑問符が!

予想通りの展開で、雨が降れば油津の割烹でドンチャン騒ぎ。
付き合わないと機嫌が悪いし、呑んでは社長を罵倒する。
前線から退いていたF氏に依頼して、測量、丁張を出して貰い、現場に着手した。

国道220号線の『いるか岬』下に、擁壁を築き、法枠工で這い上がる。
転石の多い潮入りを床掘し、岩盤を掘りだす。
岩着で、擁壁を築き上げるという工法だ。

岩を斫って型枠を組み、コンクリートのベースを造り上げる。
ベースは、中央部分に凸状の突起をつくり、その上にコンクリートを打ち込む。
3回ほど繰り返すと天端に達し、擁壁の裏側を埋めてゆく。

埋め土は、ダンプで運んできた土を国道から落とし、30センチづつマカダムローラーで転圧。
転圧を繰り返さなければ、時間の経過とともに凹んでゆくからだ。
天端から上も、法面を叩きながら土盛し、法枠を据えてゆく。

川の岸辺に、キンチクなどの竹が自生している。
昔、洪水から水田を護るために杭を打ち、千鳥に竹で編んでいった。
その節々から出た枝が竹になり、繁茂して堤を築いたのだ。

これを『竹柵』と云う。
土砂崩れの場所も、杭を打ち,柵を繰り返してゆけば盛り土が強くなる。
その時の杭は、従来からの土壌に打ち込む必要がある。

が、転圧を繰り返しても水が浸透すると、それ以上に締まってくる。
『雨降って地固まる』の例えの通りである。
だから、横浜でも発生したように、盛り土の上の建物は崩落する危険性を孕んでいる。

出来れば『採り地』と言われる、従来の土地を削って建築するのが理想。
が、どうしてもの時、盛り土を頑丈なものにするには、杭を打って隙間を埋めればいい。
が、水分が毛細現象で上昇して来るから、できれば砂杭が良いとされる。

でも、一番の方法はコンクリートを据える方法だろう。
家の基礎工でも、砂利、捨てコン、ブロック、そして根太木となっている。
フラットに据えたコンクリートの上に、建築物をつくる方法が安全だと思う。

豊洲への築地市場移転で、盛り土がされていないことが問題視されている。
コンクリートの上に、市場の建物が建てられていることに不満のようである。
地下水に問題があるならば、地下水と遮断できるコンクリート層があるのが安全だ。

土を抜いて、その分だけ砂利を敷き詰め、その上にコンクリート空間を築く。
そして、その上に市場の建物ならば、水を遮断し、何時でも水を抜きとれることになる。
だって、普通の高層ビルとて、地下5階くらいで利用されているではないか。

ましてや、平屋の建物が建てられ利用されるのに、なにが問題なのだろう?
テレビは騒ぐけれども、水溜りに沈む白色の泥は、誰が見てもコンクリート灰汁だろう。
石灰水だから『強アルカリ性』 これも当然だ。

盛り土よりもコンクリート空間の方が好ましい!と報道を見ていたら、今日の『週刊新潮』
吾と、同様の見立てだった。
経緯はイザ知らず、ただコンクリート層の方が盛り土より安全!と思った次第。

記憶に間違いなければ、豊洲は元々が『埋立地』だろう。
吾が学生時分は、東京湾のアチコチで埋め立てが行われ、ゴミ捨て場も『夢の島』と言われた。
なんだかんだと言っても、高層ビルが立ち並ぶ場所は、江戸時代の漁場である。

そもそもが軟弱な地層に人工島を築き、江戸の面積を増やしてきた。
大震災があれば液状化著しいと思うが、それは豊洲の比ではないだろう。
尤も、吾らの食卓とは無縁なのだが。
16:23  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.19 (Mon)

治  政

上杉光弘先生の功績は、『農村の持つ多面的機能』の評価方法確立である。
上流域で、水田が貯水機能を有し、山林が保水能力を発揮する。
農村の荒廃が進めば、斯かる機能が失われ、下流域にも影響が及ぶ。

だから、その『多面的機能』を数字化して、交付金に反映させろ!という訳だ。
現実的には、自治体が管理する河川、山林面積、農地面積などは交付税算定基礎になっている。
上杉先生は、その国土保全部分の数値拡大に主眼を置いた。

本来、政治と云うものは『まつりごと(政)』を治めることである。
誰の為に治めるのか?
『治められる側』のことに配慮し、『治められる側』のことを考えて政を行うのである。

治められる側から税金を徴収し、治められる側の為に使って行く。
使ってゆくときには、どうすれば治められる側のことが忖度できるかに配慮する。
政治に携わる人たちの配慮が、それを満足させているのか否かが問われるだろう。

自治体の財政が厳しい現状にある。
地方交付税は算定基準に従って交付されているけれども、それが自治体の主力財源である。
が、吾は依存財源ではなしに、本来からの自主財源だと思っている。

国が、地方任せでは無理だろう!と言って国税を徴収する。
その徴税分を、自治体の状況に応じて配分している。
特別交付税はいざ知らず、普通交付税は当たり前に受け取っていい財源だ。

が、使い方に『治められる側』に配慮が足りない点は否めない。
治める側が『得』を得て、治められる側に冷たい姿は見られないか?
土日、祭日休みの『治める側』と、休みなく汗を流す『治められる側』

給与や賞与に恵まれている『治める側』に、サービス残業に耐える『治められる側』
各種の行事に日曜出勤でも手当てが貰える『治める側』に、ボランティア出動の『治められる側』
勿論、良吏は数多だが、『治める側』の待遇は格別だ。
治める側の優越が歴然としているのである。

先憂後楽という言葉があるが、治める側は常に『楽、楽、楽』
治められる側は、常に『憂、憂、憂』である。
先楽後楽と先憂後憂と云うべきなのだろう。

昨日は、配偶者控除についての議論が交わされていた。
『103万円の壁』と言われている主婦への課税が論議されている。
その壁を除かないと、女性の就労が進まない!という意見。
対して、主婦が家庭にあるからこそ、子育てに従事出来て少子化解消に役立っているという指摘。

双方ともに、尤もな意見である。
折衷案として、『夫婦の所得を合算し、半分に分ければ課税所得が下がる』というのも。
『税が政策を誘導する!』と吾は言い続けてきた。

が、配偶者控除の再検討は、政策とは無縁だ。
狙いは『労働力確保』という視点が主眼になっている。
過去、介護保険を導入すれば、主婦が在宅で介護できる!と言った。
が、在宅は増えずに、施設の介護人材が不足しているミスマッチ。

専業主婦が居れば子供が増える?
そんな単純なことではないだろう。 子育てには、言い表せない程の心労が伴うのである。
ということを考えると、治める側の浅知恵や見通しの甘さ、哲学の無さが透けて見える。

選挙された代表は、『治められる側』への視点を欠いてはならない。
税を集め、事業を執行する『治める側』を常に監視し、指導する。
治められる側が、時には『治める側』に利得の配慮を求める時もある。

それでも、治められる側として判断し、行動する必要がある。
それには、『長期的展望』を政策の中心に据えるべきだ。
長期的展望の源は、『先見性』だろう。

政策の行き詰まり、行き当たりバッタリの政策は、『先見性』に欠けているからだ。
時には、治められる側からの反発もあるかもしれない『先見性』だが。
時機到来すれば、納得される政策だ。

勿論、その時には『政策由来』は、忘却の彼方だが。


11:17  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.18 (Sun)

旭日大綬章

8等まであった勲章から、等級が外されるようになって久しい。
しかし、瑞宝とか旭日は残されているから、僅かに優劣は判る。
基本的には70歳以上に授与される。

旭日大綬章といえば、政治家としては冥利に尽きる最高勲位だろう。
昨日は、上杉光弘さんの受賞祝賀会が催された。
県下から500余名が参集したが、会費納入者は、その3倍以上か。

国会議員の祝辞も、歯切れのいい議員と悪い議員。
過去の恩讐を引きづっているみたいで、語り口に関心が。
上杉打倒で当選した議員、なにが言いたいのか?中身が掴めなかったから、本人も語った内容が判っていないかも。

28歳で県議会議員に当選して2期、そして国政への転出である。
参院議員2期目で自治大臣を経験!だから出世は速い。
それに国対と官房副長官で、政界の実力者としてのし上がった。

自民党県連定期総会の折、エレベーターが満杯で階段を5階まで。
上杉さんの体重が最高位の頃だから、息を切らしながら登っている。
『裕ちゃん!俺は毎日、ホルモンを500g食わないと落ち着かんとよ!』

国対や官房では、毎夜の接待が仕事のうちである。
野党の国対委員に呑ませ、ん百万円を懐に入れてやる。
領収証の要らない官房機密費を握っているから、それが原資だ。

体重を増やして『動脈剥離』の大病。
なぜか、年金未納を自ら明かして墓穴を掘った。
人生の暗転は、どこから始まるか予想がつかないが、好事魔多し!だろう。

勉強家である。
学歴は輝かしいものはなくても、生きた哲学がある。
黒木知事の秘蔵子と言われただけに、支える人脈は太かった。

が、実力を蓄えると、利用し、悪用する企ての者も群がってくる。
本人が、『お人好し』で面倒見が良いから、見て見ぬふりになる。
為に、好むと好まざるとに拘わらず、敵ができるという構図だ。

『元気で、今後も吾らに御指導賜りたい!』
昨日の来賓諸兄の挨拶である。
だったら、代わって国会に送れば良いではないか!とも思うが外交辞令なのだろう。

吾のテーブルに来て、『俺の後は、裕ちゃんに決めちょったとよ!』と、いつもの決め台詞。
『でも、俺が蹴躓いて叶わなかった!』
幾度となく聞かされたが、『政策から言っても!』と形容されるのが嬉しい。

でも、表舞台から去ると、世間は過去の実績も歩みも忘れてしまう。
『叙勲』に預かるのは、『もうこの分野から手を引けよ!』と言っているのに等しい。
そして、『あっ!そういえば そういう人が居たよなぁ~!』と、偶なる思い出となる。

先般の会合で、小澤高鍋町長に出会った。
『センシェイはいいですなぁ~! 好きな山がやれて!』
続けて、『ワシも辞めて、山でもやろうかなぁ~!』と。

なんと本気で、任期満了辞職で後進に譲るらしい。
吾と同い年だから、まだまだやれる筈なのに。
吾より年嵩の行った人が、新人として政治の世界を目指している実例も多数だ。

吾も、還暦の60歳で政界から身を引いた。
引いた!というよりも『引かされた!』と云うべきか、引導を渡された。
渡されたのは、飽き飽きしてきたからである。

段階は違えども、上杉さんも吾も20代で政界だった。
『もういいだろう!』という訳である。
評価されない人生を振り返ると、大損した気分になる。

その『気分』を癒す為に『勲章』をくれるのだろうか?
吾は以前から、内示を受けても『お断り』申し上げる所存。
『癒し』は、大自然から戴こう。


11:33  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.15 (Thu)

系  譜

鬼籍に入った伯父が、帰省しての酒席で『田中家の血を引いてるから体毛が薄い!』と言った。
なるほど、田中の子孫もそうだし、田中家と幾重にも姻戚関係にある坂元家もそうだ。
『秀吉の朝鮮出兵の折り、朝鮮から瓦職人を連れ帰ったらしい!』とも。

つまり、『瓦焼き』である。
小松山の麓、炭焼きなどが棲みついている場所に瓦窯を建てた。
伊東家の命によるものであろう。

その職人達が近在の女子を娶り、家族を為したのが『田中家』だという。
田中の末裔は坂元家に嫁ぎ、それが『坂元』という集落の地名に由来するらしい。
遠く、朝鮮の血が混じっているのだが、日本民族も混血だ。

先住民族の熊襲と、百済などの朝鮮族、南方系の台湾人などだろう。
『混血は優性遺伝子を持つ!』と言われるが、その法則は知らない。
ただ、現在でも混血の美顔、能力などをみると『そうなのかなぁ~!』と。

小さな集落社会を構成していた時代、婚姻もその範囲内であったろう。
現在でも法的には認められている『従兄妹同士の婚姻』は普通だった。
そうなれば、血が濃くなり、劣性遺伝子が幅を利かすかもしれない。

先日の頼母子講で訪れた『月番』古澤クンの自宅。
祖母と両親の顔写真と位牌が置かれている。
『仏壇は大きすぎて持ってこれない!』と語ったが、自宅で詣でるのだろう。

長男だから、実家を継がなければならない。
が、既に市街地に家を求めており、実家に帰る意思は無い。
だから、位牌そのものに御移動を願った!という次第だ。

親族の大元を為している家だから、その末裔は墓地を訪ねるしかない。
墓地は、菩提寺に設えられた納骨堂だが、とても先祖が眠っているとは思えない。
やっぱり、墓石が建ち、幾重にも佇んで拝める場所がいい。

今では墓地も、大きな墓石の中に骨壺を収納できる仕掛けになっている。
従って、墓石を建立するときに収骨された銘が全ては刻まれていない。
建てた持ち主が、家の系譜を知らないからだろう。

昔からの墓地に行くと、江戸時代から続く家系が窺えて気を引かれる。
小さく据えられた『石』は、幼くして亡くなった子供だろう。
名も刻まれていないが、弔いは行われた証だ。

一昔前までは『土葬』だった。
吾の集落での土葬は、同級生の父親で、双子の弟が『逝け掘り』に行った。
先祖の骨を上げながら掘るから、限られた墓地に幾重にも先祖が眠る。

過去帳を作成したことがあるが、『身分』を印した時代は封印だ。
封印されていれば、自身の系譜を遡ることはできない。
後は、菩提寺の記帳に頼るしかないが、これもあてにならない。

自身の系譜を知りたくない人も居るだろう。
でも、知りたい人も居る。
知りたくても、知る手段がないということに疑問を抱く。

ルーツを辿れば、何か教訓めいた史実に突き当たるかもしれない。
系譜に、暗示する内容が含まれているかもしれない。
が、古澤クンに一男一女があるが、位牌を引き継ぐ気持ちはないだろう。

そうなると、先祖の『集約』は行き場を失う。
かといって、預ける菩提寺もなくなっているから宙に浮く。
永く続いた系譜も、近未来に語り継がれなくなるのである。

歴史に刻まれる幸せ者と、忘れ去られる者と。
現世の無常を禁じ得ない。
そういう想いを抱きながら、史実満載の『歴史小説』を読んでいる。
12:16  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.13 (Tue)

笑わせる『政治屋』さん達

鉄道省のバスで登下校していた。
この季節になると頻繁に台風が襲来し、登下校が心配になる。
今の様に、即『休校』という手段は取られない時代だった。

校長をはじめ、全職員が校区内に居住するのが当たり前の時代。
緊急時でも対応が早く、通信手段の無い時代乍ら連絡は密だった。
国道222号線、秋山という場所が、大雨で崩落する恐れが。

都城方面から、乗客満載で3台のバスが下りてくる。
吾が乗降する停留所と学校の、丁度中間あたりが「秋山」である。
地区住民が長いこと『崩え平』と呼んでいた場所である。

案の定!というべきか、崩土が道を覆い、勢い余った土砂が酒谷川に落ちている。
山水が勢いよく斜面を下り、そして地肌を伴って崩落するのは、吾でも理解できた。
道路工夫さんが、歩けるように平坦な場所をつくる。

それに沿って歩いて崩土を横切るのだが、長靴を履いててもズブリと嵌まる。
長靴も脱いで、ズボン裾をからげ乍ら歩く。
横切った先には、油津方面から来たバスが待ち受け、運んでゆく。

通学路も、道を横断する山からの水。
砂利を押し流しながら下ってゆくから、ズックでは歩けない。
途中で長靴に水が入り、仕方なくブカブカと音を立てて歩いてゆく。

小学校6年生の時、運動会の練習でシューズを履いて集まった。
走る時にはシューズを脱いで裸足になるのだが、最初は『運動場整備』を課せられてシューズだ。
金丸くんが、長靴を履いて並んでいる。

担任の高橋先生が、何を咎めたのか大声で金丸くんを呼んだ。
『お前!誰が長靴を履いてこい!と言ったか?』である。
金丸くんは小声で、『間違ごうたぁ~!』と言った。

吾は、ズックを濡らして長靴を履いてきたか!
それとも、急いで家を出て、何気なく長靴を履いたのだろう!と受け取ったが。
以来、金丸くんの綽名は『間違ごうた』になった。

間違いなのか否かは判らないが、災害現場に革靴で現れた政務官がいた。
冗談のようにニュースで流れたのに、永田町で批判が上がると本格的ニュースに。
あんなのが永田町に巣食っているなんて、選挙区民の面を見てみたい。

確か復興庁の政務官とか言っていたが、ならば内閣の要だろう。
災害視察の団長を務めていたらしいが、冗談にも程がある。
本人はもとより、秘書も同行役人も気付かないとは『危機管理』とは無縁の役所だ。

吾らも現地視察には『視察服』とか『防災服』の着用が決められていた。
履物は場所によりけりだろうが、水害現場に行くなら長靴着用は必須条件だ。
その、必須条件が理解できない『代弁者?』を戴く不幸、情けない限りだ。

革靴でもいい!
水が流れてても、靴を濡らして渡れば意気込みも伝わる。
それを、役人におんぶされて渡るなんざ、唾を吐き掛けたくなる醜悪だ。

選挙区民よ! 絶対に2度と永田町に送るな! 
送れば、郷土の恥だし、県民の恥だ。
そして、最低の常識くらいは備えた代表を送って欲しい!

そのニュースの後で、富山市議会議員の『政務調査費・横領』である。
偽の領収証をつくり、税金を詐取して議員辞職。
どうして、その程度の市議会議員しか出てこないのだろうか?

『あるものは使った方がいい!』という感覚で政調費をみている。
調査が必要だから、政調費を要求する!というのと真逆だ。
真逆は、議員たちが常識と真逆に位置しているということだろう。

そもそも、『一人当たり~~円』という算定が間違っている。
市民の為に真理を極める必要があれば、その成果に対価を支払えばいい。
あの有り余る悪知恵を、市民の福祉向上に使えば!と思うだに、これまた情けない。

明日、投票が行われるらしい民進党とかいう政党の『代表選』
当確の蓮舫氏に『二重国籍疑惑』があったが、事実だと認めた。
無国籍ではないから国会議員を務められたのだろうが、いい加減さが付きまとう。

第一、自身の生い立ちから現在までを、見詰め続けている吾には考えられぬこと。
混血は珍しくもないし世界の主流だが、国籍を重ね持つことには疑問符が付く。
ひょっとすると『内閣総理大臣』に就任するかもしれない『公党』の党首。

中国共産党の云う『一つの中国論』で言えば、中国籍が総理大臣になるかも。
そうなれば、日本の国益も失いかねない大事な『国籍問題』なのである。
スティツマン(政治家)滅びて、ポリシャン(政治屋)の時代か?
13:51  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.11 (Sun)

除草剤

自宅の北東方向に、西倉木材が伐採した跡地が広がっていた。
3年以上経っても集材が終わらず、最下部に架線を張って引き上げている。
伐採跡地が12,4ヘクタールの面積。
もう、20年も前のことだ。

『300万円でどうか?』と云うから購入した。
今なら貰い手もないだろうけど、折しも『上高2号』という檜の植栽場所が欲しかった。
早くに伐採した跡には『ナエ竹』やススキが繁茂している。

まず、林道を2,500メートル、縦横に貫き、敷砂利を入れる。
そして、繁茂している竹などを『除草剤』で枯らしてゆく。
軽トラに1トンのタンクを載せ、ジェット噴霧で飛ばしてゆく。

ホースを引っ張って、背丈以上もある草々にムラなく掛けてゆく。
風が吹くと、噴霧は吾の頭上に降り、躰を濡らしてゆく。
これが、吾の『発がん性体質』の源だと思っている。

植林した年の夏、バッテリーでチロチロと液体を出す機械で除草剤の原液を。
『ラウンドアップ』製造元の発売する機械だが、容器に入れられた薬品が高い。
友達が改良した容器をくれたから、安価な除草剤を入れた。

2年目には、頂部に少しの枝を残すのみで、剪定鋏で枝打ちを。
そうすれば、除草剤が幹を濡らしても影響ないから、背負い式噴霧器で撒くことができる。
片道で3列は施せるから便利で速い。

木陰も無い炎天下で作業を行う。
散布は後ろ歩きでやらないと、自身が濡れてゆく。
傾斜を後ろ向きに歩くのだが、幾度となく穴に落ちたりした。

真冬に、市役所の職員から電話が入った。
『市民から電話があったけど、山に除草剤を撒かれましたかぁ~?』
『なんだ!除草剤を撒いてはいけないのか? 省力化だろう!』

電話したのは判っている。  吾より3年先輩だ。
市職員には、『現地に行って確かめれば?』と。
真冬に『除草剤』を散布する者はいないだろう。

枝打ちした枝が枯れ、葉っぱが赤くなっているのが、国道の遠目に見える。
でも、市職員には教えずに現地で確認するよう伝えた。
そして、農林省が認可した除草剤を使って良い場所と悪い場所を示すように!とも。

『枯れ枝でした! 除草剤を使うと河川の魚が死ぬ!という電話でしたので!』
『そういう猛毒の薬品を市販しているのが問題だ! 対策をとりなさい!』
その後は、なしのつぶてで終わっている。

が、市役所に電話した川越さん! 山荘に籠っていたが周辺の道路脇には除草剤が。
『アユ釣り』を趣味にしている姉婿の富岡さんも、自宅周辺を除草剤で枯らしている。
まぁ、エホバを信じる手合いだから、普通ではないだろうけど。

除草剤を使うと、草は枯れても苔類が繁茂してくる。
友達は、『数百倍に薄めると、逆に富栄養化が進むよ!』と教えてくれた。
吾は林道脇に、30倍を散布している。

葉面から吸収して、根っこを枯らす。
根っこが枯れると土壌が緩くなり、法面では崩落の原因にもなりかねない。
畑地に散布する人がいるが、地中のバクテリアにも被害が及ぶだろう。

農村部の市道は、住民が総出で草刈りを行う年中行事がある。
が、過疎化と高齢化で、作業に出れる人が少なく『道路愛護』作業が滞る。
最近では除草剤を散布し、草刈り作業に替える集落が多くなった。

ところが、同様の取り組みを行政も始めた。
一昨年頃から、国道220号線で国土交通省が始めている。
側溝や街渠の隙間などが中心だ。

樹高の低い木々があると、木々を枯らす恐れがあるから草刈機で除草する。
が、ガードレールや歩道敷などは除草剤の方が効果が大きい。
市道の『楠原~平野線』時任町周辺は住民の手による散布だろう。

立ち枯れ効果は、恐らく植物ホルモンの効能によるものなのだろう。
葉面吸収する!ということは、皮膚吸収もあり得るものと考えるべきだ。
そうなると、まったく『人畜無害』であることは考えにくい。

立木にドリルで穴をあけ、除草剤の原液を垂らし込めば枯れる!と聞いた。
ふざけた悪用は困る。
11:49  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.08 (Thu)

『安保理声明』のムダ

此の世に生を受けているものすべてが、争いをする。
なぜ、争うのか?
己の生存を果たす為だろう。

海中の小さなミクロの存在から、地球上に生物が誕生したと聞いた。
それらが進化して、恐竜や大きな植物が繁茂していた時代に。
大きすぎて適応能力が落ち、現在の姿になったのだろうか?

同じ種族が栄えすぎると、食うものに困って飢餓が発生する。
飢餓は、種族の滅亡につながるから、同種族でも優秀なのを残そうとする。
残るためには戦いに勝たねばならないから、生き残った遺伝子は優良な遺伝子だ。

植物が花を咲かせて種を付け、それが幾倍もの芽を出させる。
繁茂した植物を小動物や鳥が食し、その小動物を捕える動物がいる。
『食物連鎖』で、地球上の動植物が生き残り、『種』の発展を期す。

『種』の発展を期しても、溢れるようになれば同士討ちになる。
骨肉相食む戦いに勝利しなければ、己の家族は生き残れない。
闘って、相手を倒すのだが、これが種族の『間引き』というものだろう。

『間引き』をするために戦いがあり、闘争本能を備えている。
『闘争』というのは、他の動植物に対するものではなしに、同種族に対するものだ。
『間引き』がなければ、全体が倒れてしまうのである。

此の世に存在する『糧』
その『糧』に見合う適正数しか生き残れない。
故に、『間引き』が自然の摂理として存在するのではないか?

くだらないことだが、以前から、その自然の摂理を信じてきた。
歴史を見てみても、ある一定の時期に戦争が勃発し、人口調節している。
また、世界的な疫病が蔓延し、多くの犠牲者を出しているのも同様だろう。

結核が不治の病とされてきたが、完治する良薬が出てくると、『癌』がとって代わる。
以前からあった病気だ!と言われるけれども、現在の比ではない。
時代の変遷で、食するもの、住環境が変わっているからだろう。

アフリカなどの途上国をみると理解できる。
貧困なのに子沢山、飢えに苦しみながらも再び出産する。
いくら食糧援助しても、子沢山がすすむだけだろう。

ならば、産児制限を意識するような教育が必要になる。
文化的素養が加われば、世界の暮らし、余暇の過ごし方なども理解できるだろう。
ということは、すべての前提に『教育』があるということだ。

飢餓に喘いでいて、加えて教育も不足しているのはアフリカだけではない。
隣国の北朝鮮も、同様である。
が、こちらには、手を差し伸べようとする人達が居ないから始末が悪い。

世間知らずのワンマン体制。
周囲が殺せばいいものを、自身も贅沢を享受しているから、現状に満足している。
騙されて、踊らされている国民の裏には、飢えた民がひしめいているのに。

甘えた餓鬼が、核のおもちゃを組み立てて遊んでいる。
上手く飛んでゆくと、ハシャギまくって強がりを言う。
おもちゃが飛んでいるのに驚く世界、慌てふためくから尚更、調子に乗る。

バカな餓鬼は、世界が『またかぁ~!』と驚かなくなると、もっと驚かせようと思う。
今まで、『排他的経済水域』までしか飛ばせなかったミサイルを、領海まで飛ばす。
それでも驚かなかったら、領土まで飛ばそうとするだろう。

対して国連は、『報道機関向けの安保理決議』というのを出した。
『報道機関向け』というのは、どういう意味なのだろう。
何もしない!という訳には行かぬから、形だけでも批判声明を出しておけ!なのだろう。

思えば常任理事国も、内憂、外憂を抱えている国ばかりである。
米国は、大統領の任期満了が迫り、その上に世界的指導力も失ってしまった。
以前のような、『突出した指導力』に大きな陰りが生じているのだ。

ロシアは、ウクライナ侵攻をはじめ、世界からの信用を失墜している。
加えて、五輪でのドーピングがバレて、国威発揚どころか失地回復に懸命だ。
フランスも移民問題、エネルギー問題で頭が痛い。

英国はEU離脱後の対策に追われ、アジアの危機には無頓着だ。
中国も、ASEANやアフリカ各国を騙すのに懸命で、やんちゃ坊主の面倒は見きれない。
韓国と米国、そして日本の脅威は、中国にとって喜ぶべきことなのである。

常任理事国がこの有様だから、北朝鮮の無謀には付き合いきれない。
が、何もしないわけには行かないから、形だけの批判声明を出す。
こんな国連に、世界の安全を維持できる能力があるのだろうか?

南シナ海や東シナ海の秩序は、対立する国同士の戦いでしか決着できないだろう。
北朝鮮がミサイルを着弾させれば即刻、反撃して殲滅するくらいの手立てが必要だ。
今後、未来永劫にわたって、国連が『世界平和』に貢献するは皆無だろう。

やっぱり、自存自立しか残されていないのである。
いちいち、安保理に申し入れる『ムダ』は止めよう。


12:02  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.05 (Mon)

『貧困』の定義

中学生の時に、祖父の財布から金を盗み、買い食いに充てた。
釣銭を抽斗に隠していたのを母に見つかり、嘆き悲しまれる。
『みんなの様に食べたいなら、店に言っておくから!』と。

停留所の店で、『母ちゃんから金を預かっちょるよ!欲しいものを食べて!』
言われて、『そうですか!』とはならない。
多くの生徒が降り立つ中で、大声が疎ましく聞こえた。

殆どの中学生が、坂元集落への帰り道、アイスを口にしたり、飴玉をしゃぶったり。
当方は、ひたすらに自宅を目指し、道を違えて帰ることも。
時には、一つ手前の停留所で降り立つこともあった。

夏休み、自転車を駆けて映画に行く生徒。
夕方には賑やかに、そして楽しそうに家路を辿る。
吾らは早朝から汗だくで、刈られた稲束を運び、全身の痒さに閉口している。

3年生の時、母が『夏休みに手伝ったら自転車を買ってやる!』と。
母との約束だから果たせるものと信じ、懸命に汗して働いた。
が、供出米の代金が入る頃に、『祖父ちゃんに、よお言わん!』と。

言えば、『危ないじゃろう!バスで通学できるじゃないか!』と言われるとの予測。
それは判り切ったことで、そこを母が押し切って購入するものと踏んでいた。
約束の破綻だが、事前に祖父の了解を得ていなかった母を責めた。

その『怒り』は、実父に向けられる。
祖父の不倫がもとで祖母との諍いがあり、親子三人は飫肥の市営住宅に越した。
その時、吾は、東京で工務店の下請けをやっている父に手紙を書く。

先日、中学卒業時の記念文集を見せて貰った。
自身で鉄筆を握り綴った文章は、教師を批判したものだったが、驚くほどの文章力だ。
名文ではないが、激越で言葉遣いに圧倒される文章だ。

同様の筆遣いで、父に手紙を書いたのだろう。
後で周囲に、『あれだけ厳しい手紙を貰うとは思わなかった!』と漏らしたらしい。
吾ら親子の貧困は、父親としての責めを果たさない、貴方の責任だ!と罵ったのは記憶にある。

そして、自転車の購入を迫ったのである。
未だ戸籍上は実父としての位置にあるが、内縁の妻との間に一男一女があった。
認知はしていても、一男一女は非嫡出子である。

が、吾は戸籍上も父と母の長男。
双子の弟は次男で、養育の義務を実父は負っている。
それらを羅列し、父を責め、金銭を要求した過去の『罪』を今でも覚えている。

婿養子に入った父が、家業に耐えきれずに家を出た。
長い木戸を下りながら、振り返り振り返り、実家に帰ったという。
帰るに当たって『裕一を欲しい!』と。

親戚は、そのことを知っているから、吾に会うたびに口にした。
そのことは、吾を『除け者』にしているようで、非常に不愉快である。
その『不愉快』が、父への反発心として激越な手紙になったのだろう。

中三の時、就職指導の植村先生から呼ばれた。
『君は、高校進学を農林高校農科と書いたそうだが、何故か?』と問う。
『えぇ~! 農業をやりたいからです!』

『バカを云うな! 今から先は大学を出なければいかん!日南高校に換えろ!』である。
政治の世界に進みたい願望は持っていたが、大学で学ぼうとは思わない。
が、吾の希望は無視されて、日南高校を受験させられた。

祖父は、『分限者』と言われ、数多くの役職に就いてたかもしれない。
が、吾には、友達のような生活が裕福に見えた。
がんじがらめで融通の利かない窮屈な生活、家族みんなが祖父に脅える生活。

豊かさも、有難味も感じない、心に『貧困』が灯る暮らしだった。
近在の女生徒は裕福な生活で、困窮を知らない我儘を通した。
が、私立女子高にも落ち、県立も不合格で、定時制に留まった。

姉弟も推薦で大学進学を果たしたが、中途退学し卒業していない。
大学時代にも、懸命に働いて学業に勤しむ学生、多くの仕送りで雀荘に入りびたりの学生を見た。
様々だったが、学業優秀で出世できたかどうかは疑問だ。

ドラ息子で、幾年をも留年して卒業し、家業を継いで名誉職にありつく者もいる。
貧しい中から努力して、社会的地位を築いた者もいる。

いろんな職場を見てきたが、学歴がものをいうのは公務員くらいか?
後は、大卒でも高卒でも、能力に大差はない。
むしろ高卒の方が、4年早く実社会を経験しているだけ使い道がある。

今朝の宮日には、『相対的貧困』と『絶対的貧困』を扱っていた。
吾もNHkの番組を視たが、映像で『貧困』に違和感を覚えた一人だ。
部屋の背景には、多くの飾りがあり、豊かさと贅沢を感じさせられたからである。

社会で普通とされる生活が出来ないのを『相対的貧困』というらしい。
『相対的』と云うからには、対象とされる事象がある筈だ。
その『事象』の説明がなければ、『相対的』か否かも判らない。

6人に1人が『相対的貧困』らしい。
つまり、6人に1人がスマホも持たず、ポケモンGOもやれない!というわけか?
大学に進学するのが『裕福』で、進学できないのは『貧困』というのもおかしい。

『どうしても学びたい!』と願う生徒の前途が、全く閉ざされているなら別だが。
中には、吾の様に『親の離別』で、人並みが味わえない子供もいるかもしれない。
シングルマザーで、親の責任を果たさない人もいるかもしれない。

が、多様な人生の選択が許されているとすれば、限られた範囲での選択は可能だ。
なにか、『貧困』が「売り」の言葉に聞こえてならない。
吾の人生は、『相対的貧困』だった。
17:28  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.04 (Sun)

『中心』って?

『費用弁償の旅費は、どのような算定基準なのか?』
議会事務局の職員に質したとき
『住まいする市や町の庁舎から、県庁までの距離です!』と云う。

つまり、市役所よりも県庁に近い所に住む人、遠くに住む人とは同じ扱い。
吾は、市役所から奥地・20キロに住まいするから『不平等感』が強い。

先日、中学の同級生・矢野クンから電話が入った。
『オリンピックの年だから同窓会をやる。打ち合わせを油津のおでん屋で!』
と言いながら、吾の声を訝った。

『何を言っているのか、聞き取れないよ!』
先日、県立病院待合室で会話したことを忘れている。
認知症が少し、入っているのかもしれない。

『声帯の修理をしている!と言ったじゃないか!』
『そうだったかなぁ~!』
『会話が理解できないかもしれないから、俺はやめとくよ!』

そして、『なんで油津なのか?』
『イヤ、橋口君が油津に泊るらしいから!』
矢野は吾田に住まいし、後の二人は酒谷に住んでいる。

いうなれば、日南市の端から端である。
飫肥でやれば、みんなが同じ距離なのに!などと思う。

日南市の中心ていうのは、どこだろう?
国道222号線でいえば、市役所のある地域だろうか?
北郷、南郷からいっても、その辺りが中心と言えるか。

鵜戸地区と宮崎市の境、『いるか岬』から市役所。
酒谷地区と都城市の境、『上熊隧道』から市役所。
これも、同じくらいの距離かもしれない。

斯かる意味合いから言えば、市役所は『中心』に位置すると言えなくもない。
市内、どこからも同じ距離で、要する時間も同じ。
だから、大型商業施設が集積しているのだろう。
   つまりは、『中心市街地』である。

台風12号が、九州の西岸を北上している。
速度が遅いから、風雨の影響が長く続いて鬱陶しい。
が、気象庁の予測通りの予報円を辿って北上だから、観測技術の進歩に敬意だ。

進路の予測は、予報円の中心点を結んだ『線』である。
つまり中心点は、円の芯だから、円周のどこからも等距離だ。
等距離ということは、半径も『同じ距離』と言えるだろう。

今日の昼のニュース、NHkのリポーターが海岸で中継していた。
『日南市の中心地、油津の海岸では~~』と云うのである。
油津の海が、『日南市の中心地』と聞くのは初めてである。

そういえば、油津の商店街を再興するのに『中心市街地活性化事業』なるものを。
飫肥や中央地区の商店街は対象とされていないから、中心地ではないのだろう。
が、油津が中心だと、北の『いるか岬』、南の『夫婦浦』まで。

東は、遠く日向灘で、西の酒谷は『圏外』に当たる。
コンパスを使って円を描けば、市域に入らない所が多くなる。
円周率や円の面積を求める数式は習ったが、肝心の『中心の置き方』は習ってない。

求めるものが何なのか?
これによって、『中心』は異なるのだろう。
行政用語、メディア用語は、難しすぎて理解できない。

 
14:17  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.09.03 (Sat)

地方の『人材払底』

家長制度が長く続いた日本では、惣領息子が家を継ぎ、次男、三男は独立するしかなかった。
武家では、嫡子以外は部屋住みか、婿に入るのを待つか!である。
部屋住みならば、僅かな小遣いを貰って、一生を孤独に生きる。

武家社会が終わっても、家長制度は昭和の敗戦まで続いた。
農家も惣領が家を継ぎ、次男、三男は分家して僅かな田畑を分けて貰う。
田畑が無ければ日雇いに出て、家族を支えるしか途はない。

戦後になっても、惣領が継嗣で家を継ぎ、次男、三男は就職するのが普通だろう。
ということは、跡目となる惣領は郷里に残る訳だから、人材は減らない。
その人材が郷土を支え、盛り立てる役割を担った。

商屋もそうだろう。
長男以外は独立するか、のれん分けするか、他人の飯を食って修行するか!
惣領は、ひたすらに家業を盛り立て、地域社会にも貢献してゆく。

地域社会では、それぞれに指導的立場の人材を必要とする。
首長であったり、議会議員であったり、郵便局長などもそうだろう。
商議所会頭が名誉職で、無報酬で就任しているのも例に漏れない。

普通選挙が実施されるようになってから、数多の人材が推されて公選に臨んだ。
惣領だから家を継ぎ、郷土に埋もれているのだが、人材としては博学である。
大学で学び、家を継ぐために帰郷しただけで、それだけの知識は得ている。

それでは、役場で働く吏員はどうなのか?
勿論、惣領息子が家を継ぎ、余剰労働者だから吏員に就いたという者もいる。
が、大半は、担うべき家業も無い長男か次男、三男の食い扶持就職だろう。

しかし、戦後復興から高度経済成長期に移ると、農業でもメシが食えなくなってきた。
農地解放で農地は取られ、小作する労働力もなくなり、家が維持できない。
『コメ経済』が崩壊している訳だから、現金収入を確保するしかないのである。

現金収入を得るために、サラリーマンに転ずる。
家業を継ぎ、家を継ぐ必然性が薄れてきたから、惣領でも都市に職を求めた。
大学で学ぶと、そのまま都会で就職し、家庭を築く。

が、大学で学ぶほどの目標もなく、高卒で地元に留まる者は、地元に職を求める。
吾より10歳ほど先輩方は、地元就職の第一志望を『日本パルプ』に置いていたらしい。
学業優秀な人は、日南高校普通科から『日本パルプ』と聞いた。

日パにあぶれると、後は公務員しかない。
日南市誕生前後だから、市役所や役場に就職したのだろう。
当時は当たり前だった、選抜試験無しの『コネ』就職である。

首長や議会議員は、博識を得ているから政策の呑み込みも早いし、立案能力もある。
失礼ながら、知識で劣る吏員は、首長や議会議員に畏怖の念を抱いている。
抱いているだけに、首長や議員の発言力に平伏するのである。

が、時代は変遷を重ねる。
優秀な若人は都市で学び、都市に就職し、都市に暮らす。
残った人材で地域を担い、支え、そして指導者を選んでゆく。

吾が市議選に出馬したころが、その分岐点だったのかもしれない。
先輩議員には博学が多く、一家言ある人ばかりであった。
それだけに、臆面もなく意見を吐く、生意気な吾を疎んじる気配もあった。

つまり、地域社会に貢献した実績もなく、ただ『口舌の雄』として選ばれた不遜な奴。
そんな若造が、権威と品位に満ちた日南市議会に出て来るなんて!と悲憤慷慨だ。
第一、一緒に机を並べた連中でさえ支持しなかったのだから。

市議会の権威低下に反比例して、市役所吏員の立場は上昇した。
折からの『泣く子も黙る総評』に導かれた労働争議が相次ぎ、労組天国である。
国家公務員給与を100としたラスパイレス指数を上回る職員給与。

職員に散髪代まで補助する為の『職員厚生会』に、年間800万円の支出。
たまりかねて市民が提出した『給与据え置き』を求める請願を議場占拠で廃案。
議会制度や市民民主主義を否定するほど、議会の選良を見下したのである。

市議会を見下している市役所職員も、上級官庁には頭が上がらない。
県の指導、国の指導には絶対忠誠で、疑問を抱いても抗わない。
この傾向は、地域住民を含めて、全国に共通していることかもしれないが。

首長選挙になると、人材探しで霞が関や県庁に適任者を求める。
つまり、国民も住民も、『官』ならば!と信頼しているのだろうか?
他所の人材が頼もしく、そして信頼出来て、尊敬できると思っている。

思っていること甚だしいのが、市役所や役場の職員かもしれない。
やたらと外部の人材を尊重し、政策を委ねるのである。
そこには、地域行政を担う気概も意欲も自尊心も感じられない。

飲酒の席で、あからさまに議員の評価を下し、卑下して嘲笑する職員。
議会では、『慇懃無礼』に徹しているのだろうが、明らかに見下している気配。
中には、『あいつの質問原稿は俺が書いている!』と嘯く者も。

原稿を書いてやっているのは、自身への追及を避けるためと、市役所を護るため。
議員に自由な発想をして貰っては困るからである。
常に、役所の意のままに操り、自身の仕事量が増えないように腐心する一環だ。

そのプライドがあるのに、何故か『外部人材登用』が多い。
あれだけの職員に、あれだけの給与を支給し、あれだけの待遇を図っているのに、知恵は無い!
知恵と能力を発揮できなければ、肉体労働に耐える人材に替えた方がいい。

『街づくり』ひとつ思案し、名案を醸し出す人材が市役所にいない現実を寒々しく感じる。
外部に人材を求めて立案させ、多額の費用を支弁する。
このことは、市役所職員の無能を満天下に示すもので、恥ずかしい限りだ。

市長や市議会議員各位も発想できない!多くの職員も発想できない!
が、地域を知らない人達には発想できる!そういう政策を市民が求めているのだろうか?
将来、失敗に終わった時に、誰が責めを負うのだろうか?などと思ってしまう。

つまりは、『官』にない発想力を、『民』に求めようというのだろう。
ならば、市役所は『業務遂行』だけを担う訳だから、これも『民』で間に合う。
間に合うならば『正職員』は不要だから、外部委託費用はふんだんに賄える。

選挙で選ばれる人達は、政策を競って戦っている。
その政策がなければ、その人たちに任せる必要はない。
市三役も市議会も、すべてを外部委託する制度をつくれないものだろうか?

などと、冗談を交わすほどに『人材払底』を嘆かざるを得ない。
ホントは『払底』など、していないのである。
が、主要政策が『外部委託』とされる現状をみると、嘆くしかないのである。


05:54  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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