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2016.08.24 (Wed)

行き場のない雨水

登下校は、市道・坂元線から急坂の里道を300メートル。
他の停留所からだと、今別府を横断する集落道を1キロほど歩く。
今は近距離に感じるが、小学生には遠い通学路だった。

大雨になると道筋に雨水が流れ、沢蟹が湧くように道を横切る。
所々に『水切り』が横断に切られているから、道を逸れて山中に雨水が注ぐ。
それは小さな谷を構成し、大きな谷に注ぎ込む。

自宅は山の中腹に位置していたから、水利は万全とは言えない。
100メートルほど登った場所、茅場に水の湧くところがあって、そこから筧を引いていた。
茅場の上は雑木林だから、保水能力が高く、水が湧くのである。

でも、冬場にはチョロチョロしか来ず、風呂用、そして足し湯の水には足りない。
100メートルほど下ったところから、天秤で水を運び揚げる仕事が待っていた。
樽桶の半分ほどを担ぐのだが、木の根っこに当たったりしてこぼれたりして、シンドイことこの上ない。

その水場は、冬には一日中ツララが融けず、水量も豊富だった。
現在の技術ならば、ポンプアップで利用できたのだろうが。
水場の周辺は、雑木林に覆われていた。

当時、大きな杉が立っていたのは、我が家の周辺だけである。
家の前には畑が広がっていたが、両脇は雑木林で、いうなれば『薪炭林』だ。
囲炉裏の薪は硬木だから、雑木林を伐り調達していた。

戦後復興で、パルプ用に照葉樹を伐らなければ、綾町のような森は大規模に存在しただろう。
落葉樹は、春になると芽を吹き、根っこから水を吸い上げ、葉を繁らせる。
その時期に、木の幹に耳を当てると『シュンシュン』と、水揚げの息吹が聞こえてくる。

夏に成長し、冬が近くなると葉を散らし、水を根っこから吐き出して冬に備える。
照葉樹や杉など、落葉しない樹木も水は吸い上げるが、吐き出すことは無い。
落葉樹が落ち葉で腐葉土を作り、吐き出した水は冬枯れの谷を潤す。

腐葉土が植物プランクトンを養い、水生昆虫を育み、それを食するウナギが遡上する。
冬場に水が残る谷には、どんなに奥深くてもウナギが居たものだ。
そして、鈴ガ嶽の中腹には『サンショウウオ』も生息していた。

森林が保水機能を有し、水源涵養機能を備えていることは誰でも知っている。
その周辺の迫田には、田植えが済んだ頃にウナギが泳ぎ、沢エビが繁殖していた。
川を下ったプランクトンや水生昆虫が海に注ぎ、そこで沿岸の魚介類が増殖したのである。

でも、森林と言っても、針葉樹では保水機能、水源涵養機能、プランクトン増殖は望めまい。
やっぱり落葉樹の果たす役割が大きい。
その『棲み分け』が大事なのだと、吾は以前から口を酸っぱくして言う。

40年ほど前に、酒谷の奥地、国有林の原生林伐採が持ち上がった。
酒谷奥地の人達は、国有林施業に従事して糧を得ているから反対しない。
吾は、敢然と反対の立場を鮮明にし、全山の伐採を中止させた。

経済林として杉を植林するところ、そして水源涵養機能、野生動物の生息環境、景観の保持の森を訴えたのである。
一時的な林野庁経営の為に、国民的財産を失うことを懸念したからだ。
もとの照葉樹林に復元するには、数百年の時間を要するのに。

水を貯える森があり、下流にはダム機能としての迫田がある。
集中的に長く雨が続いても、河川の一挙増水はない。
水田で、一時的に貯水する水は、相当量のものである。

今は、そういう機能を果たす農地も森林もなくなった。
河川には、一挙に雨水が流れ込み、勢いを強めて下流に迫る。
『緑のダム』『農地のダム』が失われたのである。

市街地は、都市計画で道路の網ができて家が建ち、畑地も水田も宅地化してゆく。
農業用水路は都市排水路に変わり、住宅地の雨水を集め、中小河川に運ぶ。
吐ききれないから市街地で溢れ、都市河川も収容できずに溢水する。

道路も舗装、庭先もコンクリート張りだから、地下浸透ができない。
出来ないから『表面水』として、側溝や水路に注ぐしかないのである。
為に、行き場を失えば、付近に漂うしかないから床下、床上の浸水に至るのだろう。

『ゲリラ豪雨』と言われる。
大都会はコンクリートジャングルだから、熱を吸収しても放熱する手段はない。
吸収され、堆積した熱が上昇気流を発生させ積乱雲に、そして海で上昇した水蒸気を地上に降らせる。

江戸では、大川(隅田川)や江戸川が水運の要だった。
アチコチに掘割があり、江戸の隅々まで小舟を入れたのである。
が、時代と共に掘割が埋め立てられ、そして地下水路に換えられた。

公園など一部を除けば、すべてがアスファルトかコンクリートで覆われている東京。
浸透する手段がないから、流れ出すしかない。
水は『低きに流れる』から、水の集まるところは自明だ。

今年の台風は、日本の近くで成長し、関東以北を縦断している。
本州の真南で発生した台風10号は、上に登らず、九州南部に下って来ている。
太平洋高気圧ではなく、大陸や三陸沖の高気圧に支配される今夏の天気図、何かおかしい。

北海道は、2個の台風に冒された。
1日の降水量が100ミリで『ニュース』だから、『時間雨量100ミリ』の吾らは驚くしかない。
梅雨のない北海道には、集中豪雨もないだろうから、河川に頑丈な堤防も必要ない。

必要ない筈の所から越水し、浸水で住宅が被害を受けている。
こうなると、過去の水害や災害の予測は成り立たなくなる。
でも、異常気象は、吾ら人類が原因をつくったものである。

便利な生活を得るために大量のCО2を輩出してきた。
結果、甚大な被害を修復するために多くの犠牲を強いられる。
結果には、必ず原因があるのに、それを改める仕組みと合意とかがない。

台風10号は、『もう少し反省しろ!』と言っているのだろうか?
本州南岸から九州南岸に下り、勢いを蓄えて再び日本を襲おうとしている。
迷走、迷走の、人騒がせな台風の年だろうか?

8月に入って、雨らしい雨は降っていない。
先日、30分ほどの夕立があったが、畑の周辺は湿らない。
今度は、シトシトの『秋雨』が続く時期であるが、長雨に泣かされるか。

上手く行かないものだ。
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