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2016.06.14 (Tue)

『子供の貧困』?

この春で歴史を閉じた吾の母校・酒谷中学校。
記念誌が届けられた。
記念誌とは名ばかりで、各年度毎の卒業写真で埋められているだけである。

が、上下級生や、同期でもクラスが違えば持っていないから、貴重な歴史写真ではある。
新制中学が出来て、昭和、平成と歴史を刻む写真。
時代を追うごとに垢抜けた笑顔になり、体格も良くなる。

戦後の『喰うや食わず』の卒業生は、みすぼらしくもあり、貧乏そうでもあり。
戦後の生活具合、その歴史を教えてくれる記念誌だ。
今では、過疎に喘ぎ高齢化で消し飛んで行く酒谷の、まだ息吹が若々しい時代の写真だ。

男子も女子も、制服は一張羅しか持っていない。
少なくとも一週間は学ランを着るから、袖口は鼻水でテカテカに光っている。
青鼻は、栄養不足の時の現象だと聞いたが、いつもが栄養不足だった。

百姓だから、白米はある。  学校給食制度はないから、毎日が弁当持参だ。
が、気の利いた『おかず』、日南では「メシン・セ」と言っていたが、これといったものはない。
だから、季節のモノが多く、筍の季節は毎日のように『筍とツワ』の煮しめ。

伊豆本砂利の長男・涼二(故人)は、毎日が卵焼きだった。
『母ちゃんがタマ子という名だから、毎日が卵焼きじゃあ~!』と言って、周囲を羨ましがらせた。
が、当人は飽き飽きだったのか? 吾の煮しめと交換するよう迫っていた。

停留所近くに、『山田商店』があって、駄菓子や佃煮などを売っている。
飯だけを詰めた弁当を持たせ、佃煮や飫肥天を買わせる親。
吾のには、おかずに事欠くと、千切り大根に生節を絡ませ、醤油を差したのが入っていた。

でも、弁当を持参できるのは恵まれた方だ。
『弁当を忘れた!』と言って、講堂の上を覆う木の上に登って、昼休みを過ごす者も。
忘れたのではなく、持たしてくれなかったのだろう。

惣領息子ではない次男や三男は、営林署などの力仕事の日雇いに行く。
日当が、200円から300円の時代だろう。
米一升が100円ちょっとだったから、衣食住を満足させるには不足である。

修学旅行は、小学校が鹿児島に一泊、中学校は熊本、長崎の2泊だったか!
でも、毎月の積立金が不足していて、旅行に行けない子供もいる。
他の学年教師が、留守の子供たちを教室に集めて遊んでやるのである。

『生活保護』の制度が、当時にあったのだろうか?
今で言えば、全員が『保護世帯』の様相だったから、手厚い救済策は無かったのだろう。
その分、長兄の家や、親戚が面倒を見ていたに違いない。

学校帰りに、川で雑魚取りに勤しんでいる者もいる。
立派な『蛋白源』だから、食卓を飾るための親孝行なのだ。
背中は真っ黒に焼け、腰には雑魚を括った紐が長く垂れている。

双子の弟が、脂汗を出し、悶絶しかかったことがある。
祖母は、『餌切れじゃがぁ~! 砂糖水を!』と慌てて立ち上がる。
糖分が不足して、激しい運動に耐えかねる姿が、運動場のアチコチにあった。

卒業生の3分の1しか、高校に進学できない。
優秀な生徒でも、貧しい故に進学できないから、担任教師は頭を抱える。
旭化成の定時制条件の就職、少年自衛官があったが、3分の2は『集団就職』である。

頭は良くても貧乏故に、故郷を離れて見知らぬ土地で働かねばならない。
まだ、妹や弟がいるならば、仕送りして親を助ける必要もある。
勉強好きで、進学していれば『世に出る』優秀な者も居ただろうに~貧乏が許さなかった。

あれから、50年。  半世紀以上が過ぎた。
今でも、貧困があるらしい。
それも、『子供の貧困』である。

中学生の半分以上が『スマホ』を持ち、食料の破棄では『世界一』と云われる飽食日本。
コンビニには中高校生がたむろし、贅沢に『買い食い』をしている。
部活の試合には親が送迎に駆り出され、時には焼き肉も振る舞われる。

青鼻を流すような栄養失調はいないし、むしろ、肥満でダイエットに苦心している。
テレビを見ながら、スナック菓子を食べ、学校では弁当無しで給食が供せられる。
俎板も包丁も持たない母親!が増えているらしいから、家庭でも『出来合い』だろう。

『夏休みにはディズニーランドに連れて行け!』と子供にねだられる。
大型連休がニュースになるときは、必ず成田が出てくる。
『プーケットに行って泳いできた!』と、小学生の餓鬼が言う。

どこに、『子供の貧困』があるのだろうか?
県行政も市行政も、『子供の貧困対策に取り組む』という。
言うが、『貧困の状況を、まず調査します!』と云うから、実態があるやなしやも疑問だ。

ならば、この『貧困』は、いったい何を指すのだろうか?
生活保護だって、お年寄りに支給される年金額を上回っているらしい。
上回っているなら、お年寄りの方が『貧困』ではないのか?

カネがなくて進学できないから『貧困』なのか? ならば奨学金制度がある。
カネがなくて飯が食えないのか?  ならば生活保護と給食費免除がある。
カネがなくてスマホ変えないのか? 買えなくてもいい。  それは贅沢だ。

母子家庭、父子家庭を偽装している家庭が多い!と、以前から聞かされている。
手当を受給する手段なのだろうが、必ず報いはやってくる。
第一、子供がまともに育たないこと、請け合いだ。

たいして利口ではないのに、大学に進学させる親。
大学を卒業して、『プータロウ』なのに甘やかしている親。
大学に入学したら、『マイカーを買ってやる』と約束する親。
これでは、親の脛は擦り切れて、立ち上がれないだろう。

行政が、『これから調査します!』という『子供の貧困』
とてつもない『貧困』を経験してきた吾には、それ以上の貧困は考えられない。
吾の目には、『恵まれ、裕福な子供達』に思えて仕方がないのである。
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