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2016.06.28 (Tue)

近未来(30年後の郷土)

30年後と言えば、団塊世代が白寿だから、もう大部分が此の世にいないだろう。
大部分ではない! 彼らは幼少の頃、発がん性物質を食していた。
為に、それまでの日本人平均寿命を10歳も縮めていた筈だ。
彼らは、後期高齢者になる前に、その多くが世を去った。

人口の減少率が高い。 旧・南那珂地方の人口は1万人と少しである。
酒谷や吉野方地域には、10戸ばかりの人家があり、集落の機能をも失っている。
子孫を名乗る人達も寄り付かないし、寺社も荒れ、廃屋が目立つ。
取り壊してある廃屋もあれば、朽ちたまま草に覆われている家跡も。

東郷などの農地には、『野菜工場』が建てられていて、アジアからの出稼ぎ女性が働いている。
根菜類は工場生産ができないから、この分野だけが耕種農業として残っている。
収穫に当たっているのは、こちらは東南アジアから移住している男性たちだ。

里山の丘陵地帯は大型機械で造成され、段切りされた平地には杉が植林されている。
縦横に、草払い機械が動き回り、手入れを怠らない。
バイオマス発電が普及して、10年で立木が枯渇、世界的な木材不足が続いている。

バイオマス発電の原料が無くなって、発電方式をどうしていたのか?
日本列島、全域に原子力発電所が建設され、中国大陸まで送電している。
もう国内では、『原発反対!』を叫ぶ連中はいないのである。

漁業は、沖合に強固で大きなイケスが設置され、回遊魚が養殖されている。
栽培漁業が中心だから、もう昔のような『一本釣り』はやらないし、漁師も漁船もない。
油津港の岸壁には、プレジャーボートが係留され、金持が利用している。

油津港の沖合に巨大タンカーが停泊し、パイプラインで送られる淡水を積み込む。
酒谷川や広渡川から送水されてくる水である。
生水が飲めない中国では、日本からの水が飛ぶように売れるのだ。

中心市街地活性化が叫ばれた30年前。
油津の再生に行政が取り組んだが、なんらの成果も上げなかった。
歴史的に立地条件を失った地域が、再生する可能性はなかったのである。
繁栄した時代の面影も留めず、数軒の居酒屋と古びた旅館、それに朽ちたマンションが残っている。

幼・小・中が一緒になった『一貫校』が、南那珂に5校ある。
巡回バスが登下校時に運行され、タブレット端末での授業が主だから、教師も僅かだ。
旧・県内に5校ある郡立高校は、全寮制で思想教育、軍事教練を主としている。
そして『私塾』は、行政府の幹部の子息、国立大学は共産党幹部の子弟しか入れない。

2030年に、日本国憲法と云われたのが廃され、新たに『国民規律綱領』が公布された。
国会も廃止されて、共産党国務委員というのが日本を支配している。
全国は、12の州政府が中央の統括の下に国民を統治する。

九州は、10の郡政下に置かれ、宮崎郡は3市(宮崎、延岡、都城)、3区(日南、小林、西都)の下部行政。
郡知事、市長、区長は、共産党州委員会の任命に依る。
議会などという『大衆迎合組織』はなくて、直轄の統治である。

どうして、あの山紫水明の大和の国が滅びたのか?
どうして、人情細やかで、慈愛に満ちた民族が抑圧されたのか?
どうして、世界に冠たる日本料理と、四季が生み出す食物が失われたのか?
どうして、家族制度という、道徳観に溢れた絆が壊されたのか?

あれは、2030年のことであった。
日米同盟を組んでいた米国は、国力を衰退させ、世界の警察から下りた。
南沙諸島や西沙諸島を不法占領し、南シナ海の制海権を握った中国から締め出されたのである。

締め出された!というよりも、アジアに至る広範囲の警察活動に疲れた!と云うべきか?
アセアン諸国との共同防衛を謀ったが、中国の脅しに屈する国が相次いだ。
日本は、『専守防衛』を標榜しつつも、実戦配備に及び腰だから、米国も嫌気が差した。

尖閣諸島近辺で、頻繁に領海侵犯していた中国海軍は、とうとう上陸を決行。
用意していた大量のテトラを沈め、瞬く間に島の拡大を図り、一ト月後には基地の建設まで。
実効支配と共に、制海権を手にし、海上自衛隊を寄せ付けない作戦だ。

米軍が立ち去った沖縄の基地に、中国軍が駐留する。
沖縄県知事とも通じた作戦だから、沖縄占領は一夜にして実現。
自衛隊は、弾丸一発を撃つことなく、武装解除したのである。

後は、媚中派の政党や政治家が、中国支配を確立する手法を駆使する。
『平成』のあとに公布された年号も廃止、皇室も放逐され、米国に亡命されたという。
ここに、アジア全土の中国支配が完了したのである。

廃仏毀釈というのがあった。 神道以外は『外来宗教』だが、日本人も外来か?
日本民族と云うけれども、真の大和民族は居るのだろうか?
大陸や東南アジアから辿り着き、混ざりに混ざった民族が日本人だろう。

が、島国であったから、閉ざされた中にも、築かれた美しい伝統、道統がある。
『そんな抒情的な史観は嫌いだ!』と云う共産主義者がいる。
けど、大事にしたいと願う、大多数の尊崇の気持ちを排してはならない。

吾が描く30年後の姿を、虎視眈々と狙い求めている勢力がある。
その勢力が、来月の参院選を睨んでいる。
30年後、『あれが始まりだった!』と云われる分岐点が、そこにある。



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2016.06.27 (Mon)

先見の明

昨日は、集落の行事である『カネオリ』が催された。
午前中は、小松山から引いている上水道路線の草払いなどが。
先日、断水したことについて、集落外の水使用者への不満が相次いだ。

そもそも、小規模水道施設整備事業での敷設を市に願ったのだが、やる気を示さなかった。
『井戸を掘り、2段階方式でのポンプアップで揚げ、貯水池から逆落としに!』という吾の意見。
そのほうが、浄化された伏流水で、枯れることも無いからだ。

が、市役所のT補佐は『難しい』と言っただけで、対案は示さなかった。
示すも何も、造る気構えがないのである。
あの時の手法で建設すれば、10年ごとにポンプを入れ替え、電気料を払えばコト足りた。

中山間地域総合整備事業を導入した時は、養鶏、柑橘園など『飲雑用水』の裏付けに悩んだ。
今だから言うが、人員、農業内容、水の用途、すべてが作文だった。
それを知っていて、『水に不自由する集落を助ける』という意識で振興局が取り組んでくれた。

集落内生活道は元より、水道管理用の林道など、総額は1億円を超えた。
その時、『道の駅』は、真下に湧き水を探し、そのシラス水をポンプアップする手段に。
が、冬場には枯渇し、消防ポンプ車の出動に頼ったのである。

吾の唱えた『ポンプアップ方式』とは似て非なるもので、笑止な子供騙しである。
吾が言っていたのは、石原川の傍に井戸を掘削するのである。
市役所の『道の駅』水源は、湧き水を溜めてポンプアップ、裏付けが稚拙すぎる。

石原川沿いに井戸を掘っていれば、集落のランニングコストは僅かで済んだ。
『欲しい!』とは願わずに、黙って盗んだ道の駅水道も、安上がりで使用できたはずだ。
市役所課長補佐の『先見性欠如』がもたらした人災が続いている。

昨日の直会では、『酒谷中』跡地利用について意見を求められた。
『酒谷支所の移転や高齢者利用の場所として、論議されているが?』と云う。
『今より不便になる支所移転は望めないし、高齢者も居なくなったし!』と吾。

『耐震は大丈夫なのか?』と聞くと、『大丈夫だ!』と云う。
『だったら都会の引きこもり児童でも連れて来て、自然体験で共同生活させれば!』と。
行政が関与する必要はない。 NPОにでもやらせればいいことだ。

そういえば、日南農林高校の跡地は、『太陽光発電施設』が出来ただけらしい。
『異様な光景で、別な利用方法はなかったのか? あれじゃあ食い逃げだ!』と云う人がいた。
吾は、農林水産業の行政機関を集合させれば、と思っていたし、森林組合の移転利用もあった。

日南振徳高校の跡地には、市の消防本部が移転したらしい。
吾は深刻に受け止めていないが、『南海地震』を見据えてのことだという。
見据えていれば、『何故、あの場所が適地であるのか?』判然としない。

あれより上流、飛が峰川と酒谷川が合流する太田川地区は、小字が『上汐満』となっている。
昔は、潮が満ちる上端だったということだろうから、当然、津波も到達する。
あの上端に到達するならば、消防本部も潮で囲まれる。

本部は安全でも、産業道路、県道が使えないから、出動も出来ない。
非常救難に出れない消防が、自衛隊の援助を待つなんてことにならないよう願うだけだ。
やっぱり、あの場所で大丈夫だという、理論的裏付けがあるのだろうが。

市役所の建て替えも、現在地で進められるという。
ELを承知していないから何とも言えないが、『市民避難タワー』を備えたものだろう。
『消滅自治体に豪奢な市役所』、とはならない機能的な庁舎にして頂きたいものだ。

油津港の港湾計画が論議された時、『費用が掛かりすぎる!』という指摘があった。
つまり、『費用対効果』で、見通しが無いということだろう。
港湾整備予算が、公共事業削減の時期と相まって削減され、整備が頓挫したのである。

今、油津港の実態を見遣ると、『王子製紙専用ふ頭』である。
貨物基地の中心に『チップヤード』が鎮座し、他を睥睨している。
クルーズ船も、未舗装荷上場に追い遣られ、飫肥杉の集積場所も無い。

『ケーソン』というコンクリート製箱を沈め、そこに捨て石を置き、埋め立ててゆく。
ケーソンを沈める前に、ヘドロと砂を入れ替える『強制置換』に莫大な経費をかけた。
メートル単価が数百万円という、とてつもない工費である。

吾は、『沖防波堤から捨て石を沈め、一定の場所を確保してサンドポンプでヘドロを流せ』と。
20メートルの矢板を捨て打ちし、囲みの範囲を埋め立てれば濁りもない。
捨て石の隙間にヘドロ、その上に池ゲ山を削り取った土を埋めてゆく。

そうすれば、マイナス25メートル級のふ頭が、数十ヘクタール造成できた筈である。
今、県北の細島港が、木材で溢れ、荷上場もない程である。
志布志の港も飽和状態で、宮崎県産材が締め出しを食いかねない。

『なんで、油津港を使わないのか?』と問われる。
使う場所がないのである。
今少し、港湾整備計画を充実して貰うか?それとも福島港を『地方港湾』から『重要港湾』に格上げさせるか。

石原慎太郎の著した『天才』が売れているという。
田中角栄・元総理を描いたものである。
彼は、先見性に裏打ちされた政策を展開、『コンピューター付きブルドーザー』の発想は貴重だった。

今、国の政治をみても、地方の政治を眺めても、将来の姿を教えてくれない。
10年後、20年後に、国の姿はどうなっているのか?
宮崎県の姿、日南市の姿は、どうなっているのか? 指し示してくれないのである。

示せない!ということは、示す将来像がないということだろう。
『創客、創人』などという、抽象的な言葉の遊び!ではなしに、具体的に示して欲しいのである。
将来像も示せない郷土に、そして地域に、『住みたい!』という願望は持てないだろう。

将来を描くから、現在の政策を描ける。
『イヤ!あるんだよ!』という為政者がいれば、それを人々に示すことが政治の原点ではないか?
未来像を示さない地域に、『明日は無い!』と思う。

みんなも、そう思っているから、酒谷中跡地利用でも、具体案が浮かばないのである。
農林高校跡地にしても、『行き当たりバッタリ』だから、臍を噛む結果に終わる。
『行き当たりバッタリ』ならば、誰にでもできること。
為政者を、選挙で選ぶ必要もないではないか!

先見性に溢れ、それを実現する道筋を示す。
リーダーは、かくあるべし。



15:44  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06.26 (Sun)

市街地の賑わい

油津の街は、漁業が盛んで遠洋に出たり、水揚げの漁船が出入りしたり。
食糧の積み荷の為に『船食店』も多忙を極め、夜の街も賑わいだ。
盆暮れには、船主が数十万の手当てを支給するから、タクシーで宮崎での飲食に走る。

漁師の家族も贅沢三昧で、金遣いは荒く、思い切った買い物をする。
元々が派手な生活をしているから、子供への小遣いも荒い。
家財一切が、センスはともかくとして高価な贅沢品で埋め尽くされている。

日常の買い物を満たす為に、商店街には多くの店が軒先を並べる。
呉服店や洋服店は、流行の先端を行く品々が展示され、客足を誘う。
子供も多いから、玩具屋も駄菓子屋も、そして本屋や文具屋も。

『なんとか客の集まる銀天街で商売がしたい!』こう願うのが人情だろう。
が、空き店舗がない。
あっても、限られた家主が支配しているから、法外な家賃を求められる。

夜になると、銀天街の裏手にネオンが灯る。
小さな路地にも『赤ちょうちん』が下がり、マーケットと呼ばれる裏小路だ。
行き交う酔客の肩が触れ合うほどに人が溢れ、罵声と嬌声が飛び交う。

飫肥の街も、同様だった。
弁甲材が、石単価で山価格1万7千円、出材は馬か集材機。
分収部分林の持ち株が取引され、ブローカーが情報を持って集まる。

山林の入札がある。
製材業者やブローカーが集まり、応札前に談合で入れ札と選手を決める。
談合通りに落札業者が決まると『談合金』が支払われ、振る舞い酒にありつく。

建設業者は、談合もやるが博打が多い。
昼間から焼酎を酌み交わしながら、花札に興じるのである。
『炭鉱ズボン』と呼ばれた服装の社長も居て、通りで見かけると『博奕だなぁ!』と知れた。

大きな割烹が何軒もあって、毎夜の如く、賑わっていた。
そして、クラブも4軒ほどあったから、油津からでも酔客が集まった。
どちらかと云うと、油津よりも飫肥の夜が『高級感』があったと言うべきか!

農家は、麦と葉タバコを収穫して、水稲の田植えに移る。
田植えが終わって、山の下刈りや畑仕事に打ち込んで行く。
葉タバコの収納を終えて代金を手にするのが初夏で、米代金は初冬になる。

だから、商店街は『盆暮れ勘定』が当たり前になっている。
店頭に足を運べない農家の為に、店側が出向いて御用聞きをやる。
布団や家具、電気製品などである。

農村部を営業して廻ると、結婚間近の噂を耳にする。
瞬く間に、ミシン、電気製品、布団、タンスなどの『輿入れ商品』屋に情報が届く。
嫁を取っても、遣っても、費用は『一山』売れば用立つから、絶好の商いに違いない。

油津も飫肥も、近隣の住民が集まり、久しぶりの街を味わうのである。
勿論、北郷や南郷からの客足も途絶えない。
街に出てくる手段は、公共交通機関のバスか日南線の汽車。

日南高校、日南工業、農林高校と、県立高校生が利用する日南線。
飫肥駅で、上り下りが交差するのだが、吐き出される生徒の数は圧巻であった。
日南高校通学路の上り坂が、高校生の制服で埋め尽くされるのである。

そして、宮崎交通の運行バスからも降りてくる。
どこに、こんなに生徒が居るのか?と思ってしまう。
高校の先生も自転車通勤で、乗用車に乗っていたのは『能無しボンボン』くらいだ。

つまり当時までは、移動手段は公共交通機関しかなかったということだ。
交通手段=移動手段が限られている!ということは、娯楽や買い物も場所が限られているということ。
商店が集まっている市街地に、各地から人が集まる!ということである。

昭和40年代、油津の港百貨店が傾き、宮崎山形屋が進出して来た。
『スーパーやまいち』を、飫肥の山西さんが開店し、瞬く間に油津まで出店。
呉服屋を営んでいた『いろはや』が、大型店経営に乗り出したのも、この頃である。

この昭和40年代は、マイカーの普及も急激に進んでいた。
農村でも、夫婦で自動車教習所に通い、免許取得に励む。
耕耘機にリヤカーを引かせ、蜜柑を運んでいた農家に、1トン車のトラックが入る。

バスや汽車しか移動手段を知らなかった人々が、車で移動できる便利さを知った。
便利だから、油津の商店街に頻繁に出かけるが、駐車場に苦労する。
商店主も、売り荷の積み下ろしは銀天街に乗り込ませて済ませてたが、客には出来ない。

全国的なマイカー時代に目を付けた商売人は、郊外に駐車場付きの大型店を開業する。
最初は、思い切った郊外ではなくて、商店街に近い場所に店を構えた。
それでも手狭になったから、思い切って郊外に移したのである。

銀天街は、商店街の片隅に立った大型店に客を奪われたが、まだ客足は僅かに残っていた。
しかし、完全に郊外立地になると、銀天街の存在すらも忘れられた。
郊外店が、再び郊外立地を呼び、大型店にしか客足は伸びない。

住宅行政も、然りである。
3世代同居が当たり前だったのに、息子は『子供の教育を考えて!』と家を出る。
新築するには早いから、公営住宅に住まいを求める。

今までの公営住宅は、棟割長屋で駐車場も必要としなかった。
が、今ではマイカー駐車場や住まいスペースを広くとるから、建築場所がない。
住宅家賃は、建設投資から逆算されるので、地価の安価な郊外に建てた方がいい。

住まいが郊外なら、幼稚園も郊外に建つ。
郊外に人が集まるから、必然的に商店の郊外立地に拍車がかかる。
あれだけ賑わった商店街が廃れたのは、マイカー時代と暮らしの変化である。

日南に限ったことではない。
全国、津々浦々で見られる現象である。
古い時代も、宿場町が変わったり、城下に変化があれば、繁華街が変わってきた。

時代の変遷が、街並みを変える。
変わった街並みに、再び元の賑わいを取り戻そうという試みは、取り組む価値はある。
あるけれども、過大な期待は禁物である。
なぜなら、日常的に人が動かなければ効果はなく、オヒィスを立地しても人寄せにならない。

吾の住まいする集落は高台で、昔は倍以上の人家があったらしい。
が、大火があって、水がなくて全焼、降りて川べりに集落を移動させた。
戦国の世、武士の多くは山手に住んだ。

逆に、水田を耕作する農民は平地に住む。
山手は、戦の立地に合い、平地は農業に適している。
それぞれが、生活の利便性を重んじて、暮らす場所、営みの場所を決めて来た。

『歴史の流れ』に抗して、中心市街地活性化と言いながら、元の市街地の賑わいを求める。
気持ちは判るけれども、その成果を得るには、それなりの『誘導策』がなければならない。
青森市は、銀天街に公営住宅を立ち並ばせ、1階を店舗、2階を貸事務所、それ以上を住居に。

住居に子供が住むから、1階の駄菓子屋の売り上げがある。
しかし、新興住宅地のように、やがては子供が巣立ち、高齢者の町になる。
その時、駄菓子屋の売り上げはどうなっているのだろうか?

などと考えながら、日南市の中心市街地活性化政策、なるものを眺めている。
税金で手立てを施し、行政の後押しで商売の手助けをしてあげる。
その、麗しい後押しが続く限りは『活性化』があるかもしれない。

決して、税を投じたものが、特定の人の『暮らし』を助けるものであってはならない。
人の流れ、人の移ろいには、大きな要因がある。
その要因を退け、世界に先駆けた『元の活性化策』が実現するか?

その『政策効果』に重大な関心を持っている。
吾だけ? 
イヤ、全市民が!
04:29  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06.25 (Sat)

『異議なし多数!』

学生時代は、弁舌の方法や内容、即弁などを中心に研究した。
同時に、『議事法』を実践的に学び、模擬での討論なども。
勿論、ディペートをやって理論闘争もやる。

議事法は、『衆院議事法』が中心で、同様に研究している全共闘諸君と学生大会で。
動議を連発し、大会の主導権を握ろうとする全共闘。
当方は、これに対抗して、多数で議事の秩序を主導する。

結局は、全共闘系が議事法の壁に阻まれ、実力行使に出てくるのである。
民主主義を否定し、暴力によって共産主義を目指す勢力だから、鎧は見える。
民主的な議事の運営は、そもそも彼らには邪道なのである。

市議会議員になると、議事係長が永年の事例をもとに教えてくれた。
が、動議に対して動議で対抗し、『優先動議』の扱いにされることなどは先例にない。
が、対立する議題があると、常に議事運営に備える習慣がついていた。

そういう備えを怠らなかったのに、議事は民主的に進むとは限らない。
裏での『ボス交渉』や、密約、偽装などで互いの面子が立つように謀る。
正攻法の吾としては、最も嫌な展開である。

市民からの請願採択を巡る本会議が迫っているのに、議事運営は膠着状態だ。
市職組が議場を占拠することを恐れて、議長が開会のベルを押さない。
押さないままに占拠され、日南市議会は暴力に屈した。

以来、吾は社会党や共産党の言う『民主主義』を信用していない。
以来!というのは嘘で、そもそも社会主義勢力に『民主主義尊重』は皆無だと思っている。
彼らは民主主義を、都合のよい時だけに使う偽善者だから。

前にも書いたかもしれないが、県議会で天皇への『不敬』言動があった。
共産党議員が、昭和天皇の御平癒を願う記帳所設置に反対し、不敬の発言内容が。
吾は即座に、隣席議員の賛同の許に動議を申し出、懲罰委員会設置を願った。

一般質問の最中だったが、堀之内議長は目を白黒させて立ち往生している。
横隣の議会事務局長に促されて、『暫時休憩!』の宣告である。
休憩中に議長が跳んで来て、『坂元クン!どんげすればよかとか?』

発言に不敬な内容があるから、懲罰に値する。
懲罰を求める場合は、まず懲罰委員会の設置を求める議案を提出しなければならない。
だから、所定の賛成者を得て『懲罰委員会設置を求める動議』を提出したのである。

議長は、提出された動議を『議事日程に追加し、議題とするか否か』を諮ればいい。
日程追加が認められれば、動議提出者の趣旨弁明、質疑、討論、採決である。
そう説明すると議長は、『じゃったら坂元君が、次第書を書いてくれ!』

会派の控室、そこで慌てふためいているのである。
事務局に詳しいのが居ないらしく、畜産課に異動していた角田という職員を呼ぶ。
そして次第書が出来上がり、本会議が再開された。

結局は、懲罰委員会が設置、開催され、共産党議員は1週間の議員活動停止処分。
吾は、県議になりたてだったから、先輩からも疎まれ、事務局職員も迷惑そうに。
でも、馴れ合いが慣例化していた県議会に、『緊張感』はもたらしたと自負している。

それから、自民党控室では『議事法』に関する話題が多くなった。
質疑は『議題以外に亘ってはいけないこと』
が、質問は、自身の主観や感想を交えながら問いただすこと。

動議でも、議事進行に対する動議は直ちに取り上げること。
動議に対して、『動議撤回動議』が提出された場合は、撤回動議が優先動議となること。
討論は、反対討論が優先され、賛否交互の討論を展開すること。

吾は、県職業能力開発協会、県技能士会連合会などの会長職を、最近まで10年余つとめてきた。
これらの団体は、理事会でも総会でも、会長が議長として主宰する。
本来、責めを負う執行部側が『議長』で仕切るというのは、どうだろう?

そう思って聞いてみると、『定款に記されている!』と云う。
まぁ、議事の運営は中立公平に行うけれども、議事が安泰に進行する!という前提が面白くない。
面白くないと云うよりも、不自然さに疑問を持つのである。

先日は、県治山林道協会の総会が開催された。
会長は、西米良村の村長で、吾と同い年。
村の居酒屋で、共に石原裕次郎の唄を熱唱したこともある。

会場入り口で、『毎日、なにをしょっとなぁ~?』である。
『昨夜の豪雨で被害はなかったの?』と聞くと
『もう1週間も帰っていないから、あんまり判らんとよ!』と屈託ない。

議事は、会長が議長で進められた。
採決になると、『異議なし多数!』と宣告するのである。
わが耳を疑った。  『えっ!こんな採決があるの?』

採決の方法は、全員に異議が無いと見込んだ『簡易採決』
議長の問いに『異議なし!』と応える。
その次が、『挙手採決』

一般的には、重要議題ほど『起立採決』が多い。
県森連は、『人事案件』になると採決方法が『投票採決』になる。
これは、投票用紙に記入する方式だが、○×の記入である。

無記名投票、記名投票というのもある。
県議会でもあったが、氏名の記してある木札を議長に提出する。
が、『異議なし多数!』というのは初めてだった。

『異議はございませんか?』と問われて、『異議なし!』と応える。
が、吾のように、何らの反応も示さないのもいる。
一部しか『異議なし』と発しないので、『異議なし多数!』と宣告するのだろう。

『なるほど、村議会などで採用されているのかなぁ~!』と思った次第である。
決し方は議長の判断、採決結果を判断するのも議長である。
『異議なし多数!』というのは、『全員賛成!』ということに違いない。

04:59  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06.22 (Wed)

報道の『中立?』

甘利大臣の辞職、舛添知事の辞任。
次の内閣改造では、確実に閣外に捨てられる高木復興大臣、別名『パンツ大臣』
これらのスキャンダルは、全てが週刊文春か週刊新潮の記事に端を発した。

古くは、ロッキード事件に象徴される田中角栄元首相の金脈。
検察庁の捜査も動いたが、それは雑誌の報道に拠るものだった。
事件になって初めて、新聞やテレビなどが後追いする。

都知事の問題でも、NHkまでが総務委員会でのやり取りを実況中継する。
報道も過熱し、様々な人を出演させ、様々な憶測を組み立ててゆく。
恰も、ずーっと以前から問題視してきたかの如く。

30代の頃だったが、NHkの宮崎支局に電話したことがある。
当日、千名を超える人々が結集した大会があった。
が、ニュースでは扱われず、10名に満たない集会が報道されていた。

千名を超える集会は、保守系の主宰によるものである。
他方、10名以内の集いは、共産党系の主催によるもの。
少数意見尊重と言えば聞こえはいいが、明らかに政治姿勢が偏っていると云うべきだろう。

宮崎支局に電話すると、『報道局長』を名乗る者が出た。
『報道が偏っていないか?』と問うと、『じゃあ視なければいい!』と喧嘩腰だ。
『でも、皆さんのNHkだと、言っているではないか!』と、あらためて。

『我々は、この行事がニュース価値があると考え、報道している!』と譲らない。
揚句には、『視なけりゃあいい!受信料も払わなくてもいい!』と啖呵だ。
以来、今日まで、NHk受信料なるものを払ったことはない。

法律で、支払い義務が定めてあることは承知のことだ。
近くの酒谷郵便局長が来訪され、支払いに応じるように説得された。
が、『報道局長を名乗るAが、払わなくても良い!と断言した』と譲らない。

郵便局長の池田さんは、ご苦労にもNHkに問い合わせ、事実を確認されたらしい。
それから、督促の便りも来訪もなくなった。
NHkの天気予報やニュースしか視ない吾が、受信料を払っていないのである。

尤も、僅かな人しか閲覧されていないだろうが、『閑話休題』が問題を再燃させるかも。
その時は、過去のことを言っても始まらないだろうが。
でも、35年間に亘って猶予していた申し開きを、明らかに願おう。

NHkは、受信料で運営され、予算案なども国会の承認を必要としている。
が、他の民間放送は、CМ代金を収入として生業している。
だから、偏向報道しようが、独自の主張を交えようが構わない。

が、吾が被害に遭ったように、『嘘』を捏造して報じてはならない。
報じられても、『名誉の棄損』として訴えても良いが、時間と経費で泣き寝入りが殆どだ。
殆ど、そうだと知っているから、捏造放送をしても平気でいるに違いない。

高市総務大臣が、『電波免許取り消し』について触れた。
メディアはこぞって批判したが、社会悪をまき散らせば公共性を欠くだろう。
公共性の欠格者を野放しには出来ないから、公共電波を使わせる訳には行かぬ。

でも報道内容で偏向していても、一向に構わない。
構わないのに、『やや偏向』に止めているのは、営業上の理由によるものだろう。
が、この『やや偏向』を、国民は信じるのである。

以前、自民党のバカな議員が、『コマーシャルを流せないよう企業に圧力を!』と言っていた。
偏向報道のメディアには、営業面で圧力を加えよ!ということだろう。
それは、国民が判断することで、判断した国民がCМ企業に圧力を加えればいい。

と、いうことは、社の方針を明らかにし、堂々と政治姿勢を打ち出せばよいのである。
『自民党政治を換えよう!』とか『安倍内閣退陣!』でも、良いではないか。
そして、それに賛同するスポンサーを確保すればいい。

でも、おいそれとはスポンサーが見つからない。
見つからないから、チクリチクリと本音を隠しつつも、偏向報道に導いてゆく。
やり方が巧妙で、正義面しながら国を誤らせる。

そういえば、週刊文春も嘆いていたけど、18歳選挙権特集への『上から目線』
『学校での主権者教育』 『投票で未来に影響を与えよう!』
20歳が18歳に変わっただけで、何を騒ぐのか?  『余計なお世話だ!』と言っている。

報道の姿勢は、報道の大きさで理解できる。
中国の軍艦が、我が国の領海を侵犯してもベタ記事である。
領海である!と叫ぶのも躊躇しているのか、中国の言い分だけをしっかりと記事にする。

菅直人が総理の時、『メルトダウン』や『溶融』という言葉を使わせなかった東電事件。
正真正銘の『第三者委員会』の調査によるものだが、メディアはベタ記事に。
枝野の言い分だけが、大きく報じられた。

今日から、参院選挙が始まった。
公示日には同格扱いの立候補者が、徐々に差別されて報じられるようになる。
対立の図式をあぶり出し、その他の候補は単なる『付け足し』になる。

つまり、投票前に泡沫候補を指定し、一騎打ちの様相で報じてゆく。
これは、主権者に対して失礼だろうし、被選挙権者にも失礼だ。
こんな輩が『18歳選挙権者』に能書きを垂れるから、『上から目線』なのである。

メディアは、中立の姿勢を取らなくてもいい。
自社の主張を、堂々と報道で示せばいい。
そのほうが、チャンネルを選ばなくてもいいし、たまに遭遇して腹を立てることも無い。

朝日新聞が、『地上の楽園』と囃し立てた北朝鮮が、今日もミサイル打ち上げた。
なんとか核ミサイルを手にして、世界を脅し、飢えから脱したいのだろう。
『楽園』で飢え死にした同胞の無念さを思うと、朝日新聞報道の残酷さが浮かび上がる。
それでも、『公正・公平』と主張する厚顔だが、大多数は信じていない。
16:44  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06.19 (Sun)

消費税と社会保障

今日は、『父の日』だという。
バレンタインは菓子屋の企みだったが、母の日があって、父の日がないなんて!
そういう経緯でつくられた日なのだろう。

が、子供たちは『義理を欠かせぬ!』からか、『欲しいものはないか?』と問うてくる。
自分たちが、子育てで大変だから『気持ちだけでもいい!』と応える。
事実、欲しいものは無いし、ただ『もう少し健康寿命が!』というところか。

昨日は、朝の4時半に起きたが、蛇口から水が出ない。
出ない!ということは、水洗トイレも使えない!ということだ。
5時半に当番から電話があって、『棚田の水路が決壊し、その煽りで水道管も!』と。

梅園の周囲道路の草払い、いつの間にか昼餉の時間を過ぎていた。
飯を終えて当番に電話すると、『繋いだのだが、エア抜きが判らぬ!』と。
担当工務店が『社員慰安旅行』で、出動できない!らしい。

『明日には帰ってきて復旧させるらしいから、それまで待って!』
冗談ではないだろう!
汗びっしょりで、今でも水に飛び込みたい心境なのに。

仕方なく帰って、3人で現地に行った。
なるほど、途中までは来ているのに、谷底のエア抜きが反応しない。
谷底だから、水は逆落としで勢いよく噴き出す筈なのに。

『図面はあるか?』と当番に聞くと、『家にはあるのだが!』だ。
諦めて、市役所の水道課にタンク車の出動を願った。
夕方までに、3回に亘って、9トンの水を注入、が、今朝には再び断水だ。
9世帯の集落に、ダム管理所、どこかで水が捨てられている。

それにしても、高齢化は覆いようもない。
吾の歩みと当番の歩み~不明か?と思うほどに視界に残らない。
集落を総動員しても、労働の戦力にはならぬことを知らされる。

でも、吾も団塊世代だから、10年後には『後期高齢者』だ。
当番が、吾より10歳年長だから、あの姿が、吾の10年後の姿。
高齢化の波が、全国を覆い、国の財政バランスも崩れてゆく。

65歳以上の高齢者所帯の生活保護受給が、82万6656世帯となったらしい。
これは、生活保護受給世帯の半数、50,8パーセントである。
うち、単身世帯が9割というから、無年金、遺族年金で食えぬということだ。

昨年度の『社会保障給付費』は、年金50数兆、医療費40兆、介護10兆、生活保護15兆
合計で、116兆8,000億円である。
10年前は90兆だったから、10年で26兆円増えた勘定だ。

団塊世代が、75歳以上に到達する年を『2025年問題』と呼んでいる。
社会保障費は毎年、増加してゆくから、現在より25兆円増加。
うち医療費、介護費だけで75兆円なのである。

吾が国保の時代、毎年の納付額が『最高限度額』だった。
子供も吾も受診してないから、『納め損だよなぁ~!』と思ってきた。
が、現在では予期せぬ受診が多く、迷惑を掛けている。  社保だけど。

ところで、生活保護受給世帯で、『母子』が10万世帯に及んでいる。
先日も書いたが、『偽りの母子世帯』も多いらしいから、狡賢いのが得か?
それにしても、鰻上りに増えてゆく『生活保護費』、財政が保つまい。

生活保護には、『医療扶助』『住宅扶助』『教育扶助』など、多岐に亘っている。
食費や光熱費などが『生活扶助』で、生活費の太宗だろう。
その支給額は68歳単身で、都市部8万900円、地方で6万5,600円。

えっ!  食費や光熱費だけで6万5千円?
そうなのである。  以前も書いたが、国民年金よりも高いのである。
国民年金からは、住民税や介護保険などが天引きされているから、もっと低いのに。

様々な偽りと、様々な言い訳で、上手く世渡りしたほうが良いのかもしれない。
と、いうことは『正直者はバカを見よ!』ということではないか?
そこで、誰にでも公平な『消費税』なのである。

欧州などでは、消費税は使途目的を限定していないから、軍事費にも使える。
が、日本は、年金、介護、医療、少子化の『社会保障4分野』に限定している。
つまり、社会保障費は、低所得者に手厚くしているから、逆進性はない!ということ。

公明党のごり押しで、『食品などへの軽減税率』が決まった。
が、軽減税率を実施すれば、煩雑なうえに税収は減る。
減れば社会保障費も減るから、低所得者を直撃する。

新聞も『軽減税率』の対象となっているが、『偏向報道』で国を誤らせる現況に『優遇』とは憲法違反だ。
食料品の減免は1兆3千億円。
徴税、納税への手続きに、それ以上の経費を要するから、公明党の知恵の浅いこと甚だしい。

それにしても、安倍総理が消費税増税を見送った。
プライマリーバランスは崩壊すること確実だから、景気が回復しても穴埋めは及ばない。
もう、財政破綻は確実のものとなった。

が、参院選公示が迫ったのに、与野党の政策に現実味が見られない。
民進党やらは、増税見送りで『富裕層への増税、行政改革で財源捻出』だと。
官公労に支えられている党に、行政改革なんて出来る筈がないではないか!

共産党は、消費税廃止、自衛隊の廃止、大企業への課税強化と、いつもの口調。
大企業は国外に逃げてゆくから、税収どころか『雇用機会』まで逃げてゆく。
自衛隊が廃止されれば、中国軍が居座るから、共産党員は軍属として就職できるかも。

その、日本の政局を睨んで、中国海軍が動き出した。
米国も、11月の大統領選を控えて、大きな動きは無いから『泥棒する』にはチャンスだ。
南沙諸島での『基地化既成事実化』を、日本周辺でも整える算段だろう。

トランプが勝っても、ヒラリーが勝っても、『世界の警察』は劣化してゆく。
アジア、いや太平洋の覇権を握り、世界地図での版図を拡大する。
斯かる動きに備えるべき時に、日本の政治は無頓着に動いている。
08:34  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06.17 (Fri)

『18歳選挙権』の大騒ぎ

大学に進学、上京するのに住民票の移動は見送った。
本郷の下宿屋から練馬のアパートなど、引っ越しが多かったことを考えると正解だったか?
が、健康保険証もないから、中耳炎を悪化させることにも。

雄弁会に入ってから、最初に命じられたのが都知事選対策の確認団体街宣車乗務。
立教大学の元総長、松下正寿支援の街宣車。
三菱電機家電が車両を総動員して、都内を駆け巡る。

対立候補は、社会党や共産党の支援する美濃部亮吉。
財源には触れずに、バラマキの福祉政策を訴えて圧勝した。
今の民進党と同様で、財源は示さないから虹色の政策で飾れる。

都知事と言えば、舛添の醜態はどうだろう。
吾と同い年みたいだが、自身の醜悪を見ているみたいで恥ずかしい。
が、吾は漫画雑誌購入や家族旅行、回転すしに公費を使ったことはない。

『新聞記者出身で出版社社長』のウソ。
ウソをついたことを隠し通すから、辻褄が合わなくなり自滅した。
もし、本物が居たなら表に出て、身の潔白を証明してくれるだろうが、笑止だ。

美濃部都政で財政が破たんして、漸く都民も気付いた。
民主党政権を見限ったのと同様に、社会党や共産党の蓑下を見破ったのである。
以来、保守都政が続いているが、猪瀬、舛添と文化人偽装の都政で停滞している。

とまれ、アチコチに選挙運動で派遣されても、吾自身は投票用紙が届かないから選挙には行けない。
代議士の秘書を辞して帰郷、その後に瀬戸山三男と書いたのが初投票か?
そして、自身の名前を『25歳2か月』で書いた。

昨日の県森連の理事会、歓送迎会でも参院選の話題が出ていた。
自民党現職を推薦しているものの、何故か冷ややかな意見が多い。
政策実現に期待していない証左だろう。

今回の参院選挙から、18歳選挙権が与えられる。
先進国の殆どが『18歳選挙権』らしいから、世界の潮流に乗ったのだろう。
約240万人の投票権らしい。

この新しい選挙権について、メディアは連日のように特集記事を載せている。
従来の『20歳選挙権』では、同じ権利行使なのに無視して来た。
18歳と20歳、その扱いの違いは何なのだろうか?

20歳になったら成人式がある。
しかし、模擬投票とか、選挙権者の自覚などが扱われたことはない。
2歳違うだけの『違い』   それが吾のような愚鈍には理解できないのだ。

18歳と言えば高校三年生で、普通高校なら大学進学の選択のとき。
実業高校ならば、社会に出て就職する、その受け容れ先を選択する時期だろう。
それでも、自身の将来を見極めることが不可なのに、国の将来が見極められるだろうか?

今頃では、高校生の親たちと、教師のふれあい懇親会があるらしい。
吾の高校時代、子供の高校時代には記憶にないから、最近の行事だろう。
子離れ出来ない親、親に聞かないと子供の相談に乗れない先生。
大人の『幼児性』だけが目立つ時代になってきた。

まぁ、政治への参画は、次代を背負う子供達には当然で、必要なことだろう。
教室で、支援する候補の宣伝をしたり、反対者と討論をしたり。
通常に認められている『選挙運動』は、学び舎でも十分に保障されるべきだ。
但し、日教組加盟の職員は関与してはならない。

先日の新聞投書欄に、『期日前投票に理由が必要か?』とあった。
何を理由にしてもいいんだが、だったら理由を聞く必要もないのかもしれない。
投票権の行使を、都合のよい時間帯で行使するだけなのだから。

が、物理的に行使できない人達も出てきた。
選挙の度に、投票所が削減され、過疎地に行くほどに投票機会が減らされていく。
そういう人達の『権利』については、余り論議されない。

『一票の格差』が、常に叫ばれる。
権利の行使は、憲法に定められた『平等』に基づかねばならぬ!と云う。
が、権利を行使する以前に、投票機会の平等を与えなければならないのでは?

投票所の隣り合わせに住んでいる人。  が、棄権する。
歩いて、片道1時間を掛けないと投票に行けない人。
その『平等』についての論議は無い。

巡回投票バスを、期日前投票で動かしたらどうだろう。
投票管理者と警察官が同乗すれば、不可能とは言えまい。
18歳投票権も結構だが、山奥に潜む投票権も大事にして欲しい。
15:34  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06.14 (Tue)

『子供の貧困』?

この春で歴史を閉じた吾の母校・酒谷中学校。
記念誌が届けられた。
記念誌とは名ばかりで、各年度毎の卒業写真で埋められているだけである。

が、上下級生や、同期でもクラスが違えば持っていないから、貴重な歴史写真ではある。
新制中学が出来て、昭和、平成と歴史を刻む写真。
時代を追うごとに垢抜けた笑顔になり、体格も良くなる。

戦後の『喰うや食わず』の卒業生は、みすぼらしくもあり、貧乏そうでもあり。
戦後の生活具合、その歴史を教えてくれる記念誌だ。
今では、過疎に喘ぎ高齢化で消し飛んで行く酒谷の、まだ息吹が若々しい時代の写真だ。

男子も女子も、制服は一張羅しか持っていない。
少なくとも一週間は学ランを着るから、袖口は鼻水でテカテカに光っている。
青鼻は、栄養不足の時の現象だと聞いたが、いつもが栄養不足だった。

百姓だから、白米はある。  学校給食制度はないから、毎日が弁当持参だ。
が、気の利いた『おかず』、日南では「メシン・セ」と言っていたが、これといったものはない。
だから、季節のモノが多く、筍の季節は毎日のように『筍とツワ』の煮しめ。

伊豆本砂利の長男・涼二(故人)は、毎日が卵焼きだった。
『母ちゃんがタマ子という名だから、毎日が卵焼きじゃあ~!』と言って、周囲を羨ましがらせた。
が、当人は飽き飽きだったのか? 吾の煮しめと交換するよう迫っていた。

停留所近くに、『山田商店』があって、駄菓子や佃煮などを売っている。
飯だけを詰めた弁当を持たせ、佃煮や飫肥天を買わせる親。
吾のには、おかずに事欠くと、千切り大根に生節を絡ませ、醤油を差したのが入っていた。

でも、弁当を持参できるのは恵まれた方だ。
『弁当を忘れた!』と言って、講堂の上を覆う木の上に登って、昼休みを過ごす者も。
忘れたのではなく、持たしてくれなかったのだろう。

惣領息子ではない次男や三男は、営林署などの力仕事の日雇いに行く。
日当が、200円から300円の時代だろう。
米一升が100円ちょっとだったから、衣食住を満足させるには不足である。

修学旅行は、小学校が鹿児島に一泊、中学校は熊本、長崎の2泊だったか!
でも、毎月の積立金が不足していて、旅行に行けない子供もいる。
他の学年教師が、留守の子供たちを教室に集めて遊んでやるのである。

『生活保護』の制度が、当時にあったのだろうか?
今で言えば、全員が『保護世帯』の様相だったから、手厚い救済策は無かったのだろう。
その分、長兄の家や、親戚が面倒を見ていたに違いない。

学校帰りに、川で雑魚取りに勤しんでいる者もいる。
立派な『蛋白源』だから、食卓を飾るための親孝行なのだ。
背中は真っ黒に焼け、腰には雑魚を括った紐が長く垂れている。

双子の弟が、脂汗を出し、悶絶しかかったことがある。
祖母は、『餌切れじゃがぁ~! 砂糖水を!』と慌てて立ち上がる。
糖分が不足して、激しい運動に耐えかねる姿が、運動場のアチコチにあった。

卒業生の3分の1しか、高校に進学できない。
優秀な生徒でも、貧しい故に進学できないから、担任教師は頭を抱える。
旭化成の定時制条件の就職、少年自衛官があったが、3分の2は『集団就職』である。

頭は良くても貧乏故に、故郷を離れて見知らぬ土地で働かねばならない。
まだ、妹や弟がいるならば、仕送りして親を助ける必要もある。
勉強好きで、進学していれば『世に出る』優秀な者も居ただろうに~貧乏が許さなかった。

あれから、50年。  半世紀以上が過ぎた。
今でも、貧困があるらしい。
それも、『子供の貧困』である。

中学生の半分以上が『スマホ』を持ち、食料の破棄では『世界一』と云われる飽食日本。
コンビニには中高校生がたむろし、贅沢に『買い食い』をしている。
部活の試合には親が送迎に駆り出され、時には焼き肉も振る舞われる。

青鼻を流すような栄養失調はいないし、むしろ、肥満でダイエットに苦心している。
テレビを見ながら、スナック菓子を食べ、学校では弁当無しで給食が供せられる。
俎板も包丁も持たない母親!が増えているらしいから、家庭でも『出来合い』だろう。

『夏休みにはディズニーランドに連れて行け!』と子供にねだられる。
大型連休がニュースになるときは、必ず成田が出てくる。
『プーケットに行って泳いできた!』と、小学生の餓鬼が言う。

どこに、『子供の貧困』があるのだろうか?
県行政も市行政も、『子供の貧困対策に取り組む』という。
言うが、『貧困の状況を、まず調査します!』と云うから、実態があるやなしやも疑問だ。

ならば、この『貧困』は、いったい何を指すのだろうか?
生活保護だって、お年寄りに支給される年金額を上回っているらしい。
上回っているなら、お年寄りの方が『貧困』ではないのか?

カネがなくて進学できないから『貧困』なのか? ならば奨学金制度がある。
カネがなくて飯が食えないのか?  ならば生活保護と給食費免除がある。
カネがなくてスマホ変えないのか? 買えなくてもいい。  それは贅沢だ。

母子家庭、父子家庭を偽装している家庭が多い!と、以前から聞かされている。
手当を受給する手段なのだろうが、必ず報いはやってくる。
第一、子供がまともに育たないこと、請け合いだ。

たいして利口ではないのに、大学に進学させる親。
大学を卒業して、『プータロウ』なのに甘やかしている親。
大学に入学したら、『マイカーを買ってやる』と約束する親。
これでは、親の脛は擦り切れて、立ち上がれないだろう。

行政が、『これから調査します!』という『子供の貧困』
とてつもない『貧困』を経験してきた吾には、それ以上の貧困は考えられない。
吾の目には、『恵まれ、裕福な子供達』に思えて仕方がないのである。
17:00  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06.10 (Fri)

『75歳』の終身

県議選に落選、浪人中の折、知り合いが『霊友会』への入会を勧めた。
入会というよりも、『入信』だろうか?
日蓮宗で、創価学会や仏所護念会などと枝分かれした宗派だ。

因みに、吾が学生時分に駆り出された参院選全国区で、石原慎太郎候補の支援団体だった。
宮崎から法話にみえるのだが、『先祖の供養』が中心だ。
先祖の供養によって、先祖が立ち位置を高めるほど、現世での自身に功徳がある。

現世で、悪事を働いた者は、来世から現世に出て来てもミミズやモグラにしかなれない。
功徳を積めば、人間として現世への生まれ変わりが速く実現する。
そうやって、来世の存在、死後の世界を諭し、集いを拡げてゆく。

吾が県議に当選したら、『職務において功徳を積みなさい!』と、暇を与えられた。
霊友会から分派していた仏所護念会から誘われたこともある。
その時、吾は自民党を離党していたが、宮崎市から来た『ハナ婆ちゃん』が小沢一郎を批判。

『公明党・創価学会と組んでいるのが許せない!』と云うのだ。
が、自民党が社民党と組み、政権を奪取して、公明党とも組んだ。
『ハナ婆ちゃん』の反応が知りたかったが、その時、吾は無関係になっていた。

母が、死後の世界についての吾の尋ねに、『眠った状態よ!』と応えたのは以前、書いた。
当時は、考えられないことだったが、今になっては『母の言った通り』だと思える。
霊友会の教えの通り、来世から現世への輪廻転生が非現実的に思えるからだ。

世界で、多数の民が亡くなり、それが現世に再来することは非現実的だ。
寺の住職も言う。
『先祖を供養することは、先祖の存在したことを思い出すこと』だと。

つまり、父母や兄弟、伯父伯母を思い浮かべる、その縁(よすが)を供養と云うのだろう。
ということは、先祖を知らない世代には、全く無関心なことだということだ。
孫までなら兎も角、曾孫あたりになると、供養の気持ちも湧かないということになる。

吾も、長生きは望めない!
死に際も、延命治療無しで、眠るが如く、静かに身罷りたい。
魂は残らないから、存念もなしに、永遠に眠り続ける。
夢も見ないで!

吾自身が、分家した坂元家の3代目。
4代目までは居るが、その後は見通し無しだから、4代目に告げてある。
全ての遺骨を散骨し、墓終いをして、家系図と過去帳だけを持っいろ!と。

先日、市の主催する会合が中止!だと連絡が。
『市長の親戚に不幸があったらしい!』と聞いた。
祖母上が亡くなったらしいが、公務に優先する大事なのだろう。

翌日は、吾の関係する機関に、『市長身内の不幸』を伝達する電話が市役所から。
不幸を知る術が無いのを気遣った『優しさ』は、役所に似合わず親切で感謝に絶えない。
同時に、市長の自己愛、家族愛に、心から敬意を表したいと思う。

吾は、祖父母の死に際に立ち会っていない。
祖父の臨終の折は、市議会会派の打ち上げで中央酒場で飲酒。
帰宅して、本家の報せを受け、迎えに走った。

母の臨終は、病院の配慮で、吾の到着まで『心臓マッサージ』で繋いで頂いた。
が、葬儀は、本家にも知らせず、家族だけで見送ったが、母は寂しい思いだったか?
心の中では、『お袋!ありがとう!』と幾度も呟いたが、涙は出ない。
吾は市長のような、優しい『家族愛』を持ち合わせていないのかもしれない。

先日、イオンの書店を覗いていたら、高齢者向けの書籍で溢れている。
週刊新潮も、2週続けて『医学の勝利が国家を滅ぼす』と。
5週の短期連載らしいから、高齢者への医療現状の警告として受け止めたい。

記事によると、50年前に200人に満たなかった100歳以上が、昨年は6万人。
今後も、倍々で増え続け、2050年には68万人に達するらしい。
そして75歳以上の後期高齢者は、2025年に2,200万人、人口の18パーセント。

その結果、減少してゆく負担者・若い世代は将来の宛てもなく働き続ける。
いくら消費税を引き上げても、社会保障費には追い付かないだろう。
だったら、増え続ける医療費を減らせ!というのが連載の趣旨だ。

生産人口としての年齢は、75歳が上限らしい。
ということは、それ以降は『非生産人口』という訳だから、『投資効果?』は無いということだ。
保育所や教育と云う『生産人口』の基礎を省いて、非生産人口に使う『ムダ』への指摘。

吾も、同感だと思っている。
食べたくないのに無理やり、口に食物を入れる。
福祉施設での光景を見ると、『人間の尊厳』は感じられない。

吾は、延命治療も断り、自身で食事、排泄が出来なくなったら、人生の終焉と自覚したい。
認知症になっても、胃瘻で食物を供給したりすることも断っておく。
予め、書面に残すか、子供に含ませて承知させないと、認知症では遅いだろう。

『尊厳死』を認める!そういう制度を、なぜ敬遠しているのか?
何十年も点滴と人工呼吸器で生かされ、再び目覚めることも無いのに多額の医療費を使う。
まぎれもなく、『人は、いつかは必ず死ぬ!』という常識を、最近の吾は自覚する。

その峠が、75歳だろう。      吾には望めないが!
75歳になったら、救命救急センターも受け付けず、延命治療もしない!
そして、『不健康寿命』を伸ばさない!

思えば、無念さを感じ、未練が残る今生だったかもしれない。
が、歴史に、人生に悔いることなく、終焉に至るが、穏やかな眠りに就けるかもしれない。
何にも値しない人生、墓も得ない終焉。
それで、『75歳終い』で、若い世代の活路を拓く。
20:03  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06.07 (Tue)

『かえるの楽園』

民進党も、消費税増税の延期に舵を切った。
野田元総理との3党合意で、増税は約束されていたが
その約束を、民進党自体が反故にした格好だ。

『アベノミクスの破綻だ!』と声を荒げるが、自身の政策転換には触れない。
触れないで、共産党との共闘である。
共産党は、消費税全廃を主張している。

全廃して、財源は?と問われれば、大企業への課税強化、防衛費の削減である。
大企業は重税に耐えかねて、国外に拠点を移すだろう。
移せば、国内での雇用も崩れ、失業者が溢れる。

防衛費の削減? これは判る。
もともと『自主防衛』を唱えていた政党だが、それは自身が政権を獲ったとき。
『自由主義体制』を護るための防衛は不要と云うことだろう。

が、民進党は、自衛隊の存在を否定していない。
建前は、自由主義と民主主義をも否定していないのである。
が、選挙で負け、岡田が引責すれば枝野が表に出てくる。

れっきとした社会主義者だから、民進党の路線も共産党寄りに変わる。
自由主義を標榜してきた議員は、維新などに鞍替えしているから。
社会主義に、より近い政党に『純粋培養』されるだろう。

そうなると、社民党同様に、安保反対、自衛隊違憲の、中国より政権の誕生が現実味を。
その一里塚が、今次の参院議員選挙だと思っている。
虎視眈々と、細胞を各分野に配置して来た共産党の、本格的政権狙いであろう。

沖縄の県議選で、『普天間の辺野古移転反対派が勝利!』とメディアが騒ぐ。
公明党も、辺野古移設に反対だそうだから、沖縄県民の世論は見えてきた。
つまり、『世界一危険な普天間を、そのままにしておけ!』という訳だ。

米中の閣僚会議が開催されている。
南シナ海の領有権についても、話し合いが行われている。
が、実効支配を強めている中国の態度は強硬で、譲る気配は皆無だろう。

日米が、『法の枠組みで』と言えば、『当事国で無い者は、口を出すな!』である。
あげく、国際裁判所が疑義を呈しても従わない!と言い切った。
これが、国連の常任理事国だから、国連がいかに無能であるかを教えている。

やがては、間違いなく尖閣諸島に入り込んでくる。
そして、沖縄の勢力と組んで、沖縄統治にも手を染めるだろう。
親中国政権が誕生すれば、あっと云う間に日本領土が他国になる。

国の主権と、民族の自立自存を考えるのは、統治する者には最大の前提条件である。
古今東西、常に統治する側の懸案事項であった。
勿論、他と組む場合も、その点が大きく論議されたものである。

が、共産党と民進党は、『選挙に勝てばいい!』というのだ。
まぁ、参院選に勝っても政権は動かないのだが、それでも共産党は前に進める。
選挙共闘で、共産党アレルギーを消し去り、連合にも一定の影響力を残せる。

選挙共闘から、国会での院内共闘、そして再び選挙共闘と進めて政権を奪取する。
そして、政権に就くと同時に、民進党を切り崩し、共産党単独政権に繋げる。
歴史上、共産党の戦略は証明されているのに、民進党は気付かない。

共産党単独政権になったら、憲法で軍を持つことを規定する。
本来の主張である自主防衛路線であり、共産党革命軍である。
その時に、現行憲法は消え、国民統合の象徴である『皇室』も消える。

百田氏が執筆した『かえるの楽園』が、20万部を突破したらしい。
吾も読み、他に廻したが、『読みやすく、判り易い』と好評だった。
読めば、憲法と安全保障法制が理解できるかもしれない。

三戒という決まりを護っていれば、国の安全が保てる!というカエルの国。
が、三戒を信じ、護っていても国は滅びた。
滅びて後に、三戒が、単なる条文で、絵空事に過ぎないことを知る。

日本国民の将来像を示していて、妙に得心する。
結局は、誰も助けてくれないし、国連なんて出てくる間合いもない。
所詮、『護憲』なんて叫んでいるけれども、社会主義者を利しているからである。

自由と民主主義が『嫌いな人々』は、現行憲法が有難い。
そういえば、民主党から民進党に衣替えしたのは、『民主主義』を捨てた証なのか?
共産党と共闘するには『民主主義』が邪魔だ!
その所以が、漸く理解できた。
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2016.06.04 (Sat)

躾(しつけ)

伯父が法務省に入省して、坂元家の惣領が居なくなった。
一男二女の子供がいて、惣領が欠ければ婿を取らなければならない。
次女は幼児だから、20歳の長女が家を継ぐ。

戸主の末盛は、己の部下を婿に入れ、後継ぎとした。
が、家業の農業は素人だから、双子が2歳の時、実家に戻った。
母は家付き娘で、嫁して来たわけではない。

が、双子の養育を考えれば、相応の働きが要求される。
実の両親だから遠慮は要らないのだろうが、『子の親』としての責任を感じたのだろう。
朝早くから、農耕馬の飼い葉を刈り、朝飯を済ませると田んぼに走る。

自家発電は、母がすべてを動かしていた。
劇薬でも、農薬を散布し、水田の管理も一手である。
男が働くのと同様に、田んぼを馬で鋤き、田植えから収穫まで取り仕切る。

夕飯を済ませると、片付けを終え、終い風呂に入る。
風呂からあがって就寝前に、双子の爪を切り、耳の掃除をやる。
この時から、双子を両側に川の字になって眠る間だけが、親子の時間である。

双子が就学前だったか、木戸口の山林で火遊びをしたことがある。
下で仕事をしていたのか、祖父が匂いを嗅ぎつけ、駆けつけて来た。
慌てて火を消すとともに、双子に拳骨を見舞った。

これが、初めてで最後の拳骨だったが、その痛さは今でも記憶に残る。
母は双子を、木戸近くの樹齢100年の杉の幹に縛りつけた。
『持たぬ子には泣かぬ!と云うがホントだ!』と嘆き、涙している。

『お前の躾がなっていないからだ!』とでも、祖父から叱られたのだろう。
祖父が、『もう魂が入ったのではないか!』と云ったのか、夕食前には解かれた。
しかし、母の小言は布団に入ってからも続いていたが、衝撃が大きかったのだろう。

翌年頃だったか、集落の兄弟の火遊びで野原を焼いた事件が。
次いで、子供だけで住まいしていた近在の住家が全焼した事件も。
もし、双子の火遊びの発見が遅れていたら、小松山まで全焼していたに違いない。

居間に囲炉裏が切ってあって、横座に祖父、祖父の左手に双子、右手に祖母と母、角に叔母が。
夕食も団らんも、座る場所が決まっていた。
が、常に姿勢を注意され、食事は正座、箸の使い方まで、みっちりと仕込まれた。
風呂も、祖父、双子、叔母、祖母、母の順である。

祖父は、『大学までは出らにゃあいかん!』が口癖で、常に『勉強せんか!』である。
毎月、小学生用の雑誌を買い、双子に与えた。
双子は、欲しいものがあると正座して祖父に告げ、入用のカネを貰う。
『勉学』に必要なものは、無条件で要求を呑んだ。

来客があった時の対応、他家を訪問した時の行儀作法、厳しく指導された。
作法に外れたり、客前で悪戯すると、横目で睨まれ、後で説教が待つ。
夏休みでも、決まった刻限まで机を離れず、一日のスケジュールまで言い渡される。

田んぼで汗まみれになっていると、坂元集落から子供が駆け、遊びに出る。
帰りには、アイスキャンディーを手に、大声を出しながら賑やかに家路についている。
肉体労働と遊び、彼我の違いを秘かに嘆いた。

今では、『取っ付き難い!』と云われている吾だが、餓鬼の頃の陰鬱さが残っているのか?
でも、取っ組み合いの喧嘩は絶えず!だったけれども、性格は穏やかだと思っている。
人の悲しみは、己の悲しみであるし、涙せずとも情には厚いと思っている。

祖父母や母から、厳しい戒めは受けたけれども、冷たくされたことはない。
厳しかったと思われた祖父も、市議選初出馬の折は、入院していた医院の前に立っていた。
街頭演説して振り向くと、父方の祖母と並んで、涙を流していた。

吾が所帯を持つと直ぐに、祖父は軽い脳梗塞で入院した。
平癒したと思われたのに帰ってこなかったのは、『家督を譲った』証なのか?
祖父母共に、一度も帰らず、身罷った。

自身の子供に対して、躾がどうだったのか、余り記憶にない。
記憶にない!というよりも、最低限の躾しかやらなかった。
夕食時に、長男がふざけて妹をからかっている。

思わず、飯茶碗を投げつけた。
が、当たらなかった。
当たらなくて良かったなぁ~!と、思うと同時に、自身の気短さを知った。

カップ麺を食っている長男に、『少し食わせて!』とねだったが、頑強に拒否する。
『じゃあ、それを全部食べないと許さんぞ!』と。
平らげることなく、泣き出したから、『食える量、人に与えていい分量を考えろ!』と。

進学や進路についても、本人の志の趣く儘に!という立場をとった。
どうしても選択に困った時のみ、吾の考えを伝えたが。
本人の人生だし、本人が決意し、判断すれば、善し悪しの結果が出ても、これも本人次第。

ただ、人様に迷惑を掛けるようなことは、絶対にいけない!とは言い聞かせてきた。
当然のことだから、躾の範疇に入らないかもしれない。
が、吾が受けた躾がその程度だったから、それを踏襲しているだけだ。

北海道で、7歳の小学生が捜索された。
親が放り出した原因が、他人と他人の車に石投げして、その罰であるという。
『しつけ』のつもりで!と云う親の気持ちは理解できる。

理解できるが、親の想像以上に、子供が逞しかったということだろう。
道を辿ってゆけば行き着いたところに、演習場の蒲鉾があった。
水もあれば、夜具になるマットもある。

動かなければ、やかでは助けが来る!
遭難時のイロハであるが、意図的か否か、その通りにやった。
が、捜索隊は『俯瞰図』に拘って、非常識の部分を見落としたと、いうことだろう。

大和クンは英雄視されるかもしれない。
されて、舞い上がり、天狗になってゆくかどうか。
『迷惑を掛けたこと』を深く反省して、自我の抑制に走ってゆくか?

『しつけ』の後遺症が、どう転ぶのか?
彼の人生の、大きな分岐点だろう。
けだし、見物ではある。
16:12  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.06.01 (Wed)

義援金

安倍総理が、消費税増税を2年半、繰り延べることを表明した。
確かに、前回見送りの記者会見で『再度、繰り延べすることはない!』と明言。
その事実からすれば『食言』だろう。

が、アベノミクスに拘わらず、世界の経済状況の好転はみられない。
見られないのに、増税となれば一段の経済落ち込みは必至だろう。
デフレからの脱却どころか、日本経済衰退に至る。

国民の意識も、増税見送りを歓迎している。
そりゃあ、税金は安いにこしたことはないが、消費意欲に関わりがある。
世界一の借金大国から逃れるには、福祉以外の財政支出を削減する以外にない。

増税して、政権への批判を強めたい民進党。
そもそも消費税全廃を主張する共産党。
選挙でも、国会でも共闘の道を辿るから、野合と云うよりも共産党への吸収が近い。

参院選を目の前にして、マスコミも内閣への旗幟を鮮明に打ち出し始めた。
経済政策の失政だと、選挙を睨んで批判を強めるだろう。
が、対案は示さない。メディアも野党も、である。

批判は誰にでもできる。
要は、独自の政策を示して、進むべき方向を国民に示すことである。
独自の政策は無いから示せない。 
どう考えても、消費税全廃の共産党と、野田総理時代から増税ありきだった民進党の共闘は考えられない。
『野合』と云われる所以である。

一方では、東日本震災復興も途上である。
熊本の震災復興も、これから始まる。
政府が国民に、『安心・安全』を保障する正念場なのに、党利党略の動きを見せている。

昨日の新聞で、南郷町のA森さんが、『過去に就いて触れるのは禁句らしい』と。
吾は、考えを述べるのに、自身の過去を振り返りながら綴ってゆく。
禁句か否かは知らないが、過去から現在を見詰める癖がついている。

それで、大学時代の『過去』のことである。
毎年の夏休みは、雄弁会の合宿の後、北方領土奪還の運動が課せられていた。
『日本学生同盟』の、夏季街頭活動の一環である。

北海道の各地を、署名活動しながら訴えを展開してゆく。
宿は、同志が提供する民家での宿泊で、決して快適とは言えない。
署名を集めてソ連大使館に持ってゆくが、今に至るまで解決していないから『徒労』だったのだろう。

街頭演説する場所に、活動費用への援助を求める募金箱が。
道民の志は厚く、相当なる金銭が寄せられていた。
その『義援金』は、大事に使われ、飲み食い費用に充てられることは皆無である。

池袋や新宿では、全共闘諸君が『闘争資金』を呼び掛けている。
『革命ゴッコ』に費やされる資金である。
共産党系の『民青』、これも『暴力革命』を糊塗する費用か? 党本部に流される。

『共同募金』や『赤い羽根』など、日赤宮崎県支部が集める金額と『費用』を質したことがある。
『正確なお答えは、勘弁して下さい!』と当局が。
ある会合で決算書を見たが、半分以上が人件費などの費用に消えていた。

吾の住まいする地区は、自治会費に共同募金、赤い羽根が含まれている。
『篤志』ではなしに、強制徴収である。
が、徴収されない地区もあるから、片手落ちの集金である。

ユニセフも、BSでは絶えずCМを流している。
あれだけコマーシャルを流せば、メディアの懐に入る金額は相当なものだろう。
悲惨な映像を流しながら、テレビ局が『志』を懐に! おかしな話だと思う。

今日の県森連理事会では、熊本震災に『1組合100万円』負担したカネの税務処理について説明が。
『損金』として、申告では控除されます!という。
つまり、『寄付金控除』と同様の取り扱いだと言うわけだ。

寄付金控除と言えば、国会議員が自身の政治資金団体に寄付して、税控除を受けていた事実が流されていた。
政党に寄付すると、所得から控除される仕組みと同様である。
が、都知事の舛添さんと同じように、政治資金を家族の慰安に使えば、税逃れになるのではないか?

与野党を問わず、斯かる事例は枚挙に暇がない。
挙句には、国民一人当たり250円が充てられる政党助成金も同様に私的流用されるのだろう。
いま、『マスゾエ現象』と云われている実態である。

そういえば東愛知新聞が、集めた寄付金を送付していない事件があった。
東日本大震災の復興支援目的で広告を打ち、『広告料の半額』としていた寄付金。
2011年から8回の企画広告を掲載しながら、送るべき金額450万円をそのままに。

社外からの指摘がなければ、そのままネコババするつもりだったのだろう。
そうなると、マスコミの呼び掛ける義援金が、果たして届けられるのか?
眉唾ものではないか!

いろんな店頭や、人の出入りする場所に、募金箱が置いてある。
中には、釣銭を投じる仕掛けになっているのもある。
吾は、かねてより疑問に思っていたから、募金箱に入れたことはないが。

東日本大震災の復興では、特別税が課せられている。
消費税のように、国民すべてに負担させることなく、一定の所得を持つ人の篤志を税で!と思う。
そうなれば、徴税費も掛からず、集まったカネも国民の目に入る。

斯かる『目的税』を充当することに、国民の異論はないだろう。
募金箱に信頼性がない以上は。
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