2016年05月 / 04月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫06月

2016.05.29 (Sun)

陳  情

吾の住まいする酒谷地区には、市道が17路線あった。
その他にも里道が幾つもある。
うち、市議会議員に就任したときは、2路線だけが舗装されていた。

10地区の区長さんが集う区長会が、月例として毎月開催される。
市道の舗装を求める声が、吾に寄せられる。
なんとか要望に沿った答えを出さないと、前任者との比較が顕れる。

が、土木港湾課の持つ『舗装予算』には限りがある。
一旦、農道に格下げして『農道簡易舗装予算』を充当するよう河野市長に迫った。
市長は苦悩の表情を浮かべながらも、吾の望みを呑んだ。

全ての市道舗装を終了し、里道を新規事業に置き換えて整備。
新たに、棚田に通じるバイパスも建設した。
そして、上水道に窮していた8か所の『小規模水道施設整備事業』も竣工。

県議に就いてからも、次から次に事業着手を迫り、モノにしてきた。
県道・日南高岡線大戸野の登坂車線、大藤橋の交差点改良。
これは、吾が宮崎に往復するのに必要だったからだ。

『あの県道には、登坂車線の補助事業がありません!』と土木部の担当者が。
それでは、と県単独事業で着手するよう願った。
公共事業が多額の予算と共に、大盤振る舞いの時期だったか?

市道隈谷線の道路改良が、なぜか県議の吾に持ち込まれた。
上水道の敷設も迫られる。
隈谷川河川災害復旧、市道改良、上水道敷設の3点セットで片付けた。

市道改良予算には、隈谷線しか充当できない起債が充てられている。
上杉先生に依頼して『地域総合整備債』を決め、上田・県道路維持課長が市に告げた。
同様の事案が『市道・西寺線』である。

この路線は、そもそもの市道を県道格上げを狙ったものだった。
県道の方が、改良が速いというものだ。
同様の起債を充て、県道路維持課の千鳥課長が『西寺線にしか使えない!』と市に。

吉野方でも『3点セット』で臨む。
県道・元狩倉日南線の用地買収、大根川の河川改修、農地改良事業の3点だ。
農地改良で減歩される分を、道路、河川用地として買収する。

所管が、県土木部と農政水産部に分かれるが、出先が上手に動いた。
吾が予定していた分で、未改良部分が残っているが現職の議員が成就するだろう。
吉野方の、母の従兄の葬列の時、息子が『今、坂元道路だよ』と告げたらしい。

上隈谷の山村さんに、『山之口から苺津留に越える道を作りますかぁ~?』と。
永年の悲願だった峠越え道を『ふるさと農道整備事業』で完成させた。
先日、車中で『隈谷の人は坂元道路と呼んでいます!』と。

中山間総合整備事業では、様々な懸案事項に取り組み、完成させた。
が、出来上がっても、真に努力し、取り組んだ人の名は、心に刻まない。
刻まないどころか、完成間際に就いた首長がテープカットするから、功績も切り捨てられる。

が、『声を代弁として取り組む!』と約束して就いた身。
依頼されても、されなくても、10年、20年先を見据えて課題に取り組む。
これが吾の身上であり、生き様だった。

県議でも、御用聞きのように県庁内を廻る者がいる。
来れば威儀を正さなければならないから、職員にとっては邪魔なのである。
吾は電話を入れて、『役場から出ていると思うが、計画の一番上に乗せといて!』と告げるだけ。

衆院議員選挙が『小選挙区制』になって、昔のように代議士が廻らなくなった。
廻っていないから、永田町に暮らしているのだろうが、選挙民の声は届いているのか?
『代議士』という呼び名からして、国民に代わって議論する人達!ということだろう。

先日の、経済団体の会合で『宮崎県は陳情が足りない!』と云った代議士の話が。
『国民の為に議する人』が、『出てきて頼め!』と言っているのだ。
威張ったものである。

市議会、県議会、それぞれが、範囲内の所管について『議論』する責めを負っている。
同様に、『衆議』『参議』ともに、議論する責めを負う。
議論する『大元』を知らずして、何を、どのように議論するのだろうか?

旅費と時間を使い、東京まで来て『頼め!』という言葉は、選挙で叫べばいい。
叫べは、『国民の声の代弁』にほど遠いから、投票する人はいない。
地方が疲弊しているのに、特権階級は『中央集権』だと勘違いしている。

秘書の時もそうだったが、『陳情書』は、そのままゴミ箱に捨てられる。
庁内を廻ってチリ箱を覗けば、苦心惨憺して書かれた陳情書が丸め込まれている。
頼むときには、頭を下げるだけではダメだ。

相手の弱点を突き、逃げられないような脅しをかける。
『税金泥棒』は、脅しには弱い人種だから。
スポンサーサイト
14:52  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05.27 (Fri)

手  旗

今日の福祉団体の理事会。
開会前にコーヒーを飲んでいると、『松の露』酒造の会長が各自の年齢を聞いている。
『団塊の世代の真ん中です!』と吾が。

飫肥中が、千人の生徒の時代があったという。
『坂元さんたちの世代が居た頃でしょうな!』
教室が足りなくて、振徳堂の部屋まで使っていたらしい。

当時、酒谷中も400名ほどであっただろう。
同級生が130名を超えていた。
教室はすし詰め状態で、おまけに高校不合格で浪人している先輩も一緒に。

中体連というのがあって、現在とは違って陸上だけが開催されるイベントが。
南郷、北郷を含めて日南地区の中学生が竹香園に集結する。
2年生は、全員参加しなければならない『必須・100メートル走』が。

飫肥中が紫、油津が赤、南郷中が白だったか、各校で鉢巻の色が異なっている。
酒谷中は『みどり』である。
各組とも先頭は紫か白か赤で、『いないなぁ~!』と思っていると最後尾に緑の鉢巻。

応援団も、大きな旗を振りながら、独自の応援歌を合唱している。
『市民体育大会』というものもあって、同様の色分けで老いも若きも健脚を競った。
でも、中体連と同様の色が先頭を占めていた。

海上保安庁や自衛隊で、『手旗信号』をみたことがある。
通信不能状態で、相手とのやり取りが手旗で交わされる。
万国共通らしいから、モールス信号と同じなのだろう。

今日の、会議からの帰り道。
赤い手旗を示されて、3回も停車させられた。
沿道の草刈り、区画線引きである。

以前も書いたが、手旗を示して、安易に交通整理をすることは禁じられている。
県の公安委員会の許可なく、公道の交通整理はできないのである。
出来ないのに、当然のように車の走行を妨害する。

選挙運動でも、『道路占用許可証』を公安委員会から発行して貰う。
低速連呼や街頭演説は、これなしでは許されないのである。
吾が現場代理人を務めていた工事現場で規制が必要な時、ひと月前に申請していた。

この手旗を扱う人達にも、一定の講習などが義務付けられている。
だから、公安委員会の許可が無くては、安易に使用できないことも教えている筈だ。
何度も言うが、手旗を振るだけで、誰でも交通を遮断したりは出来ない。

工事現場に片側交互通行の信号機が付けられている。
色は、停止が赤で、走行は青。
交差点などに備えてある、信号機と同様である。

が、手旗の規制は赤旗と白旗になっている。
なぜ、紅白なのか? 一度聞いてみたいと思っている。
赤の停止は頷ける気がするが、白が走行許可を示す由来を!である。

信号機は赤と青なのだから、手旗もそれにならえばいいではないか?
かねがね、そう思っていた。
白が安全を示すとは思えないし、戦争で言えば、白旗は『降伏』ではないか!

先般、石巻地区森林組合との姉妹組合盟約の締結式に行った。
南那珂森林組合が、『高台移転』造成工事のお手伝いした女川町の視察も。
復旧が進み、国道の付け替え工事も行われている。

その工事現場で、手旗で交通規制をしている。
旗の色は、赤と緑である。
これなら、信号機と同様の色配置で、『納得』だ。

が、街頭に設置してある信号機を見ると、青と緑の2種類があるように見かける。
緑は、安全を示すようだが、一般的には『青』と呼ばれている。
まぁ、どっちでもいいことだが、女川町の手旗には妙に感心した。

なぜ、『紅白』の手旗なのだろうか?
その時、再び疑問がよぎった。
12:35  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05.22 (Sun)

鹿ネット

県議会で『有害鳥獣』について質したことがある。
環境保健部長は、野生に生息している鳥獣の数について答弁する。
『戸籍がないのに、どうやって把握しているのか?』と糾すと
『市町村の把握数でまとめている!』と。

野生の動物を保護すべきだ!という、圧倒的な世論に配慮しているのか
有害鳥獣の駆除に対して、行政は及び腰である。
人間が撤退してゆくと、里々に鳥獣が下りてきて繁殖する。

ネズミ算式に繁殖してゆくから、食物に窮し、作物を荒らして人間を困らせる。
県の行政は、今では『環境森林部』が所管しているが、此処は駆除と保護という、相反する政策を担う。
だから及び腰になるのだが、鳥獣被害に遭わない人々には、被害の深刻さは伝わらない。

スイカやメロンをつくると、収穫前に貉が秘かに食して帰る。
栽培に苦労している農家の悔しさはハンパではない。
防除するには、電柵を設け、カラスに対抗してネットも張る。
『買って食べた方が安上がりだ!』と嘆きながらも、翌年は同じことを繰り返す。

自宅下の竹林は、筍が顔を出す前に猪が掘っている。
正月頃に味わう、アクのない白い筍は、刺身として重宝されるものだ。
土の上に顔を出した筍には見向きもしないから、猪も食い頃を承知しているのだ。

日南市の東郷地区では、猿の集団が来て、玉ネギを食い散らしていた。
民家の屋根伝いに来襲するから打つ手はない。
今は移動して、被害が少なくなったと聞いたが、どこに移動したかは聞かなかった。

南郷町商工会の会長は、自宅近くの菜園に電柵を設けていた。
地上より1m50も上部に渡してあるから質すと、『猿用だ!』と。
猿が来襲するようになると、もう作物は諦めて作らない方がいい。

それでも、行政は駆除に真剣ではない。
第一、駆除に駆り出されるハンターが、高齢化で見当たらない。
新たに、ハンターを目指す人も居ないから、『自衛隊に駆除させろ!』という暴論も。

友人に、毎年、冬になると北海道で『蝦夷鹿』狩りをする者がいる。
夏はトローリング、冬は北限での狩りである。
ライフル銃が使えるから、命中率も高く、狩りの成功率が高いと聞いた。

宮崎県では、ライフル銃が使えない。
ライフルによる犯罪事件があって、テレビでも実況中継があったが、それ以来、使用禁止らしい。
散弾銃は広範囲にバラ玉が散るが、致死率が低いからライフルの比ではないという。

先日の、宮城県石巻地区森林組合との『友好組合締結式』
調印の前に、『友好の森』の植樹があった。
会場に着くと、鹿ネットが巡らしてあって、『当分は簡易のネットです!』と。

やっぱり野生鹿の食害に悩まされているらしい。
『鹿ネットよりも、漁網が強くて長持ちするんですが~!』と係員が呟く。
これでは列島全体が、鹿による食害に悩まされていることになる。

吾が、8ヘクタールの檜を植林したとき、根っこ付近をウサギが噛んでいた。
皮を食うのだろうが、360度に皮が剥げれば枯れ死してしまう。
飲料缶に、タールを仕込んで置いて廻ったが、効果はなかった。

県北の山林では、鹿ネットがなければ山は育たないという。
檜を食するのは理解できるが、杉までも盆栽にしてしまうらしい。
樹高2メートルまで食い荒らすから、植生も変化し、憂いが大きい。

鹿ネットを張り巡らすには、相当な支出と労力が要る。
惜しまずにネットを投入すれば、山林経営は破綻するだろう。
多少の補助金があるとはいうものの、わが身に置き換えれば植林を断念する。

以前の行政では、雌鹿の狩猟は禁じられていた。
今、そんな政策をとっていたら、県北の林業は壊滅だろう。
解禁されたが、前述した通り、今度は狩人がいなくなったのである。

『シカ肉を食ったことがありますかぁ~?美味いですよぉ~!』
喰ったことはある。 西米良村で食べたが、好ましい味覚ではなかった。
『猪の肉なら美味いけど、シカ肉を食いたいとは思いませんねぇ~!』と応えておいた。

ジビエ?と言ったか、余り興味はないが、野生の肉が人気だと聞いた。
そういう料理が全国区になれば、俄かハンターも続出し、有害鳥獣被害は無くなるかもしれない。
兎に角、山林の支配者が、いつの間にか鳥獣に代わられたが、考えてみれば本来の姿に戻ったのかもしれない。

鹿の繁殖と行動範囲拡大とを軌を一にして、『山蛭』が増えているらしい。
山に入ると、上から蛭が飛び、下草の先では躰を揺らして血を待っているらしい。
話を聞いただけで身の毛が弥立ち、背筋が寒くなってくる。

知らぬ間に、ズボンと靴下の隙間に吸い付いて、なかなか離れないという。
漸く離しても、1と月ほどは痒みがとれず、カサブタを取ると再び出血。
マダニと同じような症状だろう。

マダニは猪やタヌキが媒介しているが、山蛭は鹿が媒介しているから範囲が大きい。
殺虫剤を散布しても変化はないだろうから、蛭の退治は鹿の退治だ。
これも自然による人間へのしっぺ返しかもしれないが、山に入るのを躊躇する。

鹿が入らないように、杭を打ち、ネットを張る。
破れていないか、調べるために定期的に見回り、破れていれば修繕する。
場合によっては、修繕して、鹿を囲っていることになるやもしれない。

そんな苦労が、林業者に覆い被さっている。
いるけれども、かといって材価に苦労が上乗せされる訳ではない。
農作物でも木材でも、人間への報復は生産者だけか負わされているのだ。
15:55  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05.20 (Fri)

未だ戦後占領状態

初恋に目覚めるのは、小学校高学年頃だろうか?
仄かに想いを寄せて、遠くから姿を追い求める。
告白しても恥をかくだけだから、片思いのままに時が移り行く。

吾らの時代は、今のように男女が近くないから、人に頼って手紙を託す。
返事は無くても双方が意識を始めるが、実ることは少ない。
数十年経つと、過去の麗しい思い出として残るか、苦い思い出になるか。

昔は、親の決めた相手と結婚せざるを得ない場合が殆どだった。
結婚式の日に、初めて顔を交わす例も多かったらしい。
そういう時代には、所帯を持つまでに睦み合うこともなかっただろう。

今のラブホテルは、所帯を持たない若い男女が利用するか。
それ以外では、夫婦で利用する人は少ないから、不倫関係だろう。
昔は、『不義密通』といえば、死に至っても仕方がなかった。

一盗二卑というらしい。
盗は、他人の妻を寝盗ることだが、これが極上の交わりなのだろう。
卑は、己より身分の低い女性と交わることだから、殿様の『御手付き女中』の類か?

江戸の時代、盗人にも掟があったらしい。
殺さず、犯さず、貧乏人から盗まず~というのだ。
盗みに入り、殺害して金を盗み、女性を犯して立ち去る。
鬼平犯科帳ではないが、『盗人の風上にも置けねぇ~』と、同業者?からも嫌われた。

戦国時代、戦で破り、相手国を掌中に収めると勝者の狼藉が始まる。
大きな商家に押し入り、金品を強奪し、女性を連れ去って犯す。
死ぬか生きるかの地獄を見ているから、女体を見ると輪姦するのだろう。

織田信長の武威が満天下に支持されたのは、これらの略奪を許さなかったからだ。
秩序を乱し、乱暴狼藉を働いた者は、即刻、斬り殺された。
欲が秩序に負け、権力者に負けた結果だ。

日本に駐留する米軍は、日本人を『卑』だと思っているに違いない。
自国では制御できる行動が、日本人女性に対しては働かない。
米軍軍属の、20歳女性殺害には、その蔑んだ意識が垣間見える。

狩猟民族だから、本能のおもむくままに行動するのだろうか?
治外法権の域に居るから、咎められないとでも思うのか?
日本の若者もそうだが、いとも簡単に殺害する、その後の人生を考えないのだろうか?

軍属とはいえ、沖縄の『基地撤去』を求める声が高まることになるだろう。
度重なる米兵の犯罪に、同胞として怒りを禁じえない。
日本人を護る為に駐留している筈が、日本人を殺して平然としている。

『日米地位協定』の見直しどころではないだろう。
ここは、米軍に撤退願うしかないのではないか?
パイプを手にして降り立ったマッカーサーの臆病な判断が、日本の戦後を狂わせている。

世界の、どこの国にもない『自衛権否定・非武装』を画した所謂・日本国憲法。
普通の国として、その存立を認めるものであったなら、米軍の駐留はなかった。
東西冷戦の時代も終り、自衛隊の近代化も進んだ今、駐留に意味がないのである。

日本に駐留する米軍は、日本を護るよりも、韓国など極東アジアの友好国を護るためにある。
南沙諸島など、当面の米国の関心は中国だろう。
尖閣が占領されても、動くかどうか判らない米軍には頼れない。

米兵も軍属も、日本を統治している錯覚を持つ。
マッカーサーと同様の眼差しで、日本と日本人を見ているのだ。
そういう『野蛮で失礼極まる』米兵の餌食に、大和撫子を供する訳には参らぬ。

米軍には、『日本国憲法』と一緒に、撤退して貰う方がいい。
そして、丸裸に近い状態で、自分の国を眺めたい。
それが、『戦後の終焉』であり、真の独立達成だ。
15:18  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05.16 (Mon)

原産地表示

宮城県石巻地区森林組合との『姉妹組合』の盟約の為に宮城に。
津波被害の高台移転に伴う作業に、南那珂森林組合から機材、人材が派遣された。
前・島田組合長の尽力によるものだ。

作業現場の視察を、組合役員で赴いたこともある。
一方、石巻の組合役員も南那珂を訪れられ、友好の絆を深めた。
そして今回の『姉妹組合締結』に至ったものだ。

石巻市有林に用意された『友好の森』の植樹を行い、場所を移動して締結式、祝賀会。
宮崎県からも、環境森林部長、串間市長、日南副市長、両市議会議長にも御来駕を賜った。
北と南、林相も気候、樹種も異なるけれども、森林組合の果たすべき役割は共通だ。

石巻組合の役員は、林業経営に携わるよりも、異業種の方が多い。
副組合長は、サンマ漁を経営する漁業者である。
森林と漁場は、密接不可分の関係にあるから、無関係ではないが。

日南市の副市長に、『サンマを送りますよ!』と気炎を挙げていた。
『でも、外国の違法操業で、外国から日本に逆輸入されている!』と嘆く。
日本の漁場から外国を経由して日本人の口に!
まぁ、加工されなければ安全性に問題はないかもしれないが、保存方法には疑問も。

昨日は、北海道新幹線に乗車して、函館に向かった。
東九州新幹線の建設要望を睨んで、『経済効果』を見極めよう!との趣旨だ。
日本の北寄りには、新幹線網が整備され、とうとう北海道上陸だから羨ましい限りだ。

函館の朝市で朝食を摂り、散策したが、魚介類が溢れている。
が、毛ガニの多くは北方海域で漁獲され、タラバは殆どがロシアだ。
ロシアが北方領土を不法に占領している為に、我が国海域の漁獲は少ない。

いくらの醤油漬けや数の子、松前漬けなども原産地はロシアだろう。
北海道の海産物とは言いながら、原産地は表示されていないから疑わしい。
たらこ、明太子もそうだが、原産地表示は厳格であるべきだ。

河野消費者相は、全ての食品に原料原産地表示を義務付ける法案を提起している。
TPP発効をにらんで、国内農業対策の一環だろう。
農業対策は勿論であるが、消費者対策としても必要だ。

が、生産者は詳細な表示を求めているのに、メーカー側は『コスト高だ』と反発。
新しい制度に至るまでには、紆余曲折を辿るようだ。
表示するのに『コスト高』はないから、隠して輸入物を使っていることがバレるからだろう。

バレないように国内産を使うと原料代が高くついてしまうし、従来のウソもバレてしまう。
現在の原産地表示は、内閣府の府令『食品表示基準』に基づいている。
原料のうち、50パーセント以上の重量を占める農畜産物に表示する義務だ。

しかし該当するのは、全体の2割に過ぎない。
なぜ、食の安全、信頼を求める声を尊重できないのだろうか?
TPPで、大量の農産物が輸入されることもないから、『農業対策』との側面にも疑問が。

要は、原料だけではないのである。
調味料も、製造された場所も示す必要がある。
消費者の自主的、合理的選択を可能にするシステムづくりが肝要なのだ。
20:45  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05.12 (Thu)

トランプ大統領になったら

共産党と選挙協力する、名前は失念したが、旧民主党の諸君は、『立憲主義』を主張する。
安全保障法制が、憲法違反であるという認識からであろう。
憲法第9条に違反するというのなら、以前のように何故、自衛隊が憲法違反と云わないのか?

言わないのは、最高裁判決で『自衛権を認める』としたからに違いない。
違いないが、交戦権を持たない日本は、自衛戦争もできないのである。
自衛の戦いができないなら、自衛隊は要らない!と言えば『立憲主義』を唱えてもいい。

つまり、自衛隊の存在を認めないと、国民の反発を買う。
が、安全保障法制も自衛権発露の延長線上なのに、これは憲法違反だと言う。
この矛盾に満ちて、八方美人的発想を持つから、国民は支持しなくなる。

ましてや、『戦争法案』などと国民を惑わせる社、共と同じ主張だから、何が言いたいのやら。
まず論理的には、『自衛権』を認めるか否か、から立場を鮮明にしなければならない。
それによって、国の防衛の在り方について、初めて論議できるのではないか!

自衛権を認めない!とするならば、明確に憲法で規定すればいい。
規定すれば、自衛隊も日米安保も解消しなければならないだろう。
安保も自衛隊も安全保障法制も必要がないから、国の将来は見通せる。

従って、外国から侵略されても、唯々諾々として受け入れ、主権を放棄する。
自由と民主主義が剥奪され、侵略者が書いた憲法に従うことになる。
国内からは既に米軍が去っているから、侵略国が軍を配し、核基地を設営する。

私有財産権も制限されて、土地は侵略国から収奪される。
教育では、異国の文化、言語が主流になり、諸制度も従前のものではない。
侵略国の軍隊に徴兵され、祖国無き大和民族は『異国民』として働くのである。

斯かる予測が、確実且つ現実のものとなることを望む人達が、自衛権の否定を主張する。
安全保障法制を拒むということは、そういうことではないのか?
何故なら、法制は我が国の存立の為に立法されたものだからである。

自衛権は必要だが、外国との連携は否定するという主張。
判り易いが、それでは米国の『核の傘』から離れるから、日本が核武装するのか?
そして、徴兵制で、自衛隊を強化する!

それも否定するとなれば、どういう選択肢があるのか?
それが聞きたいのに、『戦争法案反対』で片付けている。
『国の安全』についての、論理的な将来構想、現実的構想を明らかに聞きたい!

米国共和党の大統領選候補に、トランプ氏が最有力となっている。
威勢良い発言で、共和党員の支持を固めることも怪しいが、本選挙に臨むのは確実だろう。
民主党のヒラリー氏も、私用メール問題でFBIの捜査を受けているから、ドッチもドッチ。

トランプ氏は日米安保条約で、日本の安全保障の為に支出している費用を、日本に全額出させると云う。
韓国やドイツに駐留する経費も、同様の扱いを主張している。
米国が、『世界の警察』であることを否定し、撤退しようという主張だ。

この考えは、米国国民の中に蔓延している発想だから、トランプならずとも趨勢はそうなる。
中国への対抗手段も『打つ手なし』だし、米国にも財政危機が迫っている。
日本の自動車産業を、あからさまに批判するトランプだから、ムベなるかな、である。

が、待てよ!
日米安保だけで、米軍が日本に駐留している訳ではない。
極東アジア、特にアセアン諸国や韓国の防衛に主力を置いている。

それでも日本は、『思いやり予算』で、一兆円に近い駐留経費を負担している。
全額出せ!ということになると、その倍の予算だろう。
それだけの経費を払うなら、自主防衛に特化したほうがいい。

厚木も、辺野古も、普天間も、横須賀もいらない。
米軍が居なくなれば、それだけ沖縄県民は喜ぶだろう?
イヤ!米軍から支払われている地代などを失うから、沖縄県民は一層、貧しくなる!

米軍が去っても、『核武装』は否定すべきだ。
日本が『核ミサイル』を製造することは、いとも容易いことである。
が、日本が核で攻撃された時は、それで破滅すればいい。
唯一の被爆国として、核兵器だけは持たない!という矜持は毅然とすべきだ。

おそかれ早かれ、駐留米軍には辞して行くだろうし、辞して貰わなければ費用が高すぎる。
その後の、『自主防衛』をどうするのか?これを構想する必要があるだろう。
それには、自衛権の存在、存在すれば、その権利は如何にして発揮するのか?

これが、国政の課題であり、国民挙げて論議する題目である。
尤も、冒頭で述べたように、自衛権を否定し、侵略を受け容れるならば、その必要もないが。
『立憲』と云う前に、憲法の中身の論議が先だ。

憲法と、心中したくない吾は、自主防衛を選びたい。
選んで、兵員の増加に拠らない、『ハイテク自衛』の姿を構築して欲しい。
新たな産業、裾野の拡がる産業の登場となる。
16:28  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05.11 (Wed)

『百姓』余話

夏物野菜は、5月の連休明けに植え付けるのが適している!と前回書いた。
サラサラとした西風が、時には冷たく苗を傷めるからである。
傷めて、再び買い求めに店頭に来るから、その為の苗も抜け目なく販売している。

茄子は、手作りで苗を育て、2段階で植える予定で、1度目を終えた。
スイカは3列に亘って植えたが、満を持していたのに昨夜の風雨で覆いが外れたか?
が、これも覆いを直せば足りるかもしれない。

ズッキーニは、雄花が一度に咲いて雌花はなし、翌日は逆で受粉が出来ない。
そういう習性なのか?毎年同じ現象だが、やがては両方が咲いてくる。
直ぐに果実が収穫できるから、見逃すと肥大化し過ぎてゆく。

2列に整列して育っていたインゲン豆は、先日の暴風で千切れ飛んだのも。
後で補植したが、この季節の油断できないところだ。
パイプで並行して囲い、収穫し易いように段取りしている。

雨除けハウスでは、例年のようにトマトを栽培する。
以前は、自分で種を蒔いてポット苗を作っていた。
それこそ、友達に与えるほどの苗を育てたものである。

が、『連作障害』を懸念して、昨年からは『接ぎ苗』を求めることに。
通常の苗の、倍はする価格である。
昨年は、懇意にしている店に依頼して用意して貰った。

が、『5月の半ば』と予約していたが、業者から店に届いた時期が早かったらしい。
箱に覆われた苗は、半ば黄色く変色し、天葉も煮えたように。
『苗が届いてますがぁ~!』という知らせに、大慌てで植え床を拵えた。

牛豚堆肥、肉魚残渣を堆肥化したもの、半熟成の菜種油粕などを多目に。
が、急拵えだから土との混入もままならず、植え付けた後に発酵し根腐れ。
収量も少なく、失敗の栽培であった。

今年は、『満を持して!』と思っていたが、今度は店頭で苗を求めたから、苗不足に。
購入しながら植え付ける~を繰り返してきたが、どうにも苗が不足して補えない。
通常の苗はふんだんにあるのだが、求める人が少ないのか、接ぎ苗は見当たらないのだ。

2棟ある雨除けハウスには、ブロッコリーやスナップ、うすいのえんどう豆があった。
キャベツ、ブロッコリーの未収穫分を片づける。
えんどう豆は、枯らしてネットごと焼却してしまう。

スナップは、『うどんこ病』に冒されて、全体が白く覆われていた。
枯れたら失念してしまい、用意していたマスクを着装せず。
ハウス内を耕耘する時の土埃と、うどんこの吸引で、喉の『声変わり』が再燃した。

トマトの『接ぎ苗』が、56本ほど不足していた。
これまで店頭で求める度に植え付けていたが、残りが手に入らないのである。
昨日は、県森連の監査が始まった初日。

分担しているから、質問への回答が戻ってくるまでに暇乞いして、宮崎市南部の苗圃に。
求めるミニトマト、フルーティートマトの苗はなかった。
帰りに豪雨の中、2軒のホームセンターを覗いて確保、今日の早朝に植え付ける。

それにしても、百姓仕事は難儀なものである。
『趣味』のような感覚で、以前から野良仕事に汗してきた。
が、収穫する喜びもさることながら、そこに至るに気苦労と費用が。

『躰を痛めつけて、何の得があるのか!』と、冷笑しながらカミさんが言う。
が、山に下刈りに行っても『一銭の得にもならない山なんて!』と、これまた冷たい。
かといって一日中、森林組合に居ても退屈だし、気を遣わせるだけだ!と思っている。

余暇時間があって、夫婦で小旅行に行ったり、買い物に行ったり。
ラジオで知る世間は、そういう動きらしい。
らしいが、吾には考えられない日常に、思えてならない。

それでは、友を誘って釣りやゴルフに行くか?
これもかって経験しているが、カネが掛かってストレスを溜めるもの。
それよりも、山や畑で汗するほうが、吾が生い立ちの性分だ。

ある大学教授が、60歳を過ぎると5オクターブほど音程が下がると云う。
喉の筋力衰えもあるだろうが、隔絶されて会話が少なく、声帯が委縮するとも。
確かに、ラジオを聞きながら作業するが、自身で発声することはない。

だから、時として掛かってくる電話に出ると、声がかすれていることを自覚する。
教授は、『だから唄でも唄っていろ!』と云われるが、担当医の井藤耳鼻咽喉科医師は懐疑的。
そういえば、祖父が一日中の下刈りで声を枯らしていたから、疲労に因るものかも。

先日、スーパーでブロッコリーを求めた。
一花が、145円である。
ポットで苗をつくり、元肥や追肥をやって農薬を散布し、100円ほどで市場に。

1万本を植え付けて、100万円の売り上げ。
機械の償却、肥料、人件費、足し算しても、引き算しても、合わないだろう。
値段が安いのは、需給のバランスが崩れているから。

だったら、全国的な生産調整でしか、需給バランスはとれない。
バランスが崩れていれば、時の相場頼みの価格だから、所得も相場頼み。
所得が経費を下回るから、離農してゆく。

この流れの中で、日本の農業は衰退してきた。
農業だけではない。すべての第1次産業が宿命を負っている。
如何なる宿命か? 産品の価格を『人様が決めてくれる』宿命だ。

産品を調理したもの、加工し2次製品に換えたものは、自身で価格を決定している。
その前の、汗と涙を長年に亘って流してきた人達の苦労が、所得で報われないのである。
だから、第1次産業から逃げ、衰退していくのだが、肝心の行政は判っていない。

でも、ホームセンターの苗売り場に群がる人々の多いこと。
プランターで、ベランダ栽培でもするのだろうか?
それとも菜園を持っていて、食うほどの野菜を作るのだろうか?

トマトを覆いする、鉄パイプを求めている人がいる。
昨年、雨に打たれて朽ち果てた経験を持つ人が、経験から学んで進化した姿。
人それぞれに、『野菜作り』に勤しむ姿が清々しくも、微笑ましい。

だったら、『市民菜園』を、数多く用意したらどうだろう?
その希望を、市議会議員に伝えてある。
遊休農地、耕作放棄地を活用して農園として貸与すればいい。
余暇活用、収穫の喜び、隣園とのコミュニティー、陽に光る汗の色が美しいに違いない。

そして、昔やっていたように、産品の『品評会』をやろう。
品評会をやりながら即売し、『作り方』も伝授して貰う。
やがて、品評会は『常設直売所』として成長するだろう。

などと考えながら、早朝から畑に繰り出してゆく。
肥満した躰を絞り、作る喜びを噛みしめる『百姓』として。
『非生産的』な労働だが、健康でストレス解消の『自己満足労働』だ。
02:39  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05.09 (Mon)

公用・私用

県議会に参加してから、党議で案内されたのは数多くあるが、議員野球の参加も。
超党派で構成する議員野球は、ほぼ全員が加入し、会費も天引き徴収される。
全国大会はもちろんのこと、九州大会、鹿児島との親交試合も行われる。

初めての練習参加で、着替え場所は議員寮であった。
一階の広間にユニフォームが用意され、着替えてバスで練習場に。
バスは、当時、議会が専用していたバスで、運転士も県職員。

練習場では、グローブやバットなどの道具が置いてあり、各自で選ぶ。
監督は自民党長老議員で、主将は社会党議員。
民社党や公明党議員などは、全員参加だ。

グランドに居並ぶ『練習相手』は、執行部の面々。
時には土木部あり、時には農政水産部も。
練習試合などもやるが、最終的には執行部がムリなプレーで敗北!という仕掛け。

練習試合が終わると、再び議員寮で入浴し、直会が用意されている。
そして二次会も、当番執行部が案内するのである。
当たり前のように遊び、当たり前のように飲み食いする。

西川議長は、『全国大会への参加旅費を集めなきゃあ~!』と言っていた。
『どこから集めるのか?』と問うと
『宮銀から300万円、あと県建設業協会だなぁ~!』

練習や大会派遣には、当然のことながら議会事務局職員も同行する。
同行する!というよりも、手とり足とりで議員の面倒を見なければならない。
職員がぼやいた。『なんで非生産的な議会に来たんだろう!』と。

全国大会の会場は、各県からの選手団送迎バスで混み合っている。
抽選で、試合会場に散らばるが、見事に『ムダ』の行列だ。
超党派で公私混同ができるお遊戯会に似た児戯に等しい行事だった。

副議長の逝去によって、残任期間の副議長に就いた。
『残任期間なんて!』とも思ったが、復党後の人事には逆らえない。
任期もないのに、『挨拶回りを!』と事務局が。

東京での挨拶回りも組んである。
宮崎空港では、エレベーターに乗ってVIPルームに。
そして、一般客が搭乗を終えてから、最前列座席に案内される。

羽田で降りると、出口デッキで係員が待ち、ドアを開けて下に降りる。
降りると、小さなバスが待ち、出口に案内する。
そして、県東京事務所が用意したハイヤーに乗り込む。

最初は、『あぁ!これがVip対応なのか?』と、一般乗客との違いに、タダ驚くだけ。
知事や国会議員も同様の扱いを受けているが、これも契約なのだろう。
VIPルームで、鈴木宗男さんなど、旧知の国会議員、元議員にお会いしたことも。

吾は、議長公舎に居住したのは、半年くらいだったろうか?
掃除のおばちゃんが来て、管理費用もバカにならない。
議会事務局長に『新潟と宮崎だけだから』と、廃止を伝えた。

議員寮も同様だ。
県北やえびの市、串間市の議員の費用弁償には『前泊費』が含まれている。
が議員寮は、当時で一泊5千円くらいだから差額は大きい。

差額どころか、議員寮の維持費に多額の県費を使い、人件費だけでも賄いきれない。
それでも、議員寮廃止には、これまた超党派で猛反発してきた。
贅をつくし、無駄を惜しむことなく、自身の利に結び付けるは、党派もないのである。

議長公舎に棲んでいる時は、公舎まで自家用車で走り、帰りも自家用車を使う。
つまり、公舎から公務に赴くときだけ、公用車が迎えに来る。
アパートに引っ越してからは、歩いて議会に行き、歩いてアパートに帰った。

つまり公用車は、議会棟から公務先の往復だけである。
自宅に公用車が迎えに来たのは一度きりで、自宅から都城の公務に向かう時。
日南での公務の途次、昼食で吾の事務所に立ち寄ったことも一度ある。

『県北の議長は自宅に帰るのに、公用車を走らせていた!』
『いつもは鉄路が速いからと言っていたのに!』という人。
『都城の議長は公舎には泊らず、毎日、公用車の送迎だった!』と云う人。

如何に、議長公舎が『無用のモノ』かを教えてくれている。
同時に、自宅に向かうのに公用車では、私用に用いるも同然。
が、当時は、そんなことに目くじらを立てる人はいなかったのかもしれない。

東京都の舛添知事の、『別荘通い』は、どうだろう?
東京都のトップが、他県での静養に公用車で向かうのである。
ましてや別荘が、『舛添政経研究所』ならば、私用の本拠地だろう。

本拠地というよりも、糧を得る場所かもしれない。
斯かる場所に、公用車で毎週末、往復するというのは庶民感覚から離れすぎている。
SPも警備する御仁だから、公人としての自覚を持つべきだろう。

イヤ!自覚自体が、そういう感覚なのかもしれない。
外国出張で、最高級の部屋を使い、多額の公費を乱費したらしいから、正常ではないだろう。
正常ではない人が、圧倒的に正常な都民の暮らしが判る筈がない。

首都の顔だから、もう少し真面な顔を選ぶべきだった。
どこまでが私用で、どこまでが公用なのか?
そういえば、亡き安藤知事が『会いたい!』と、迎えに寄越したのは腰巾着の部長だった。

部長の運転する『サニー』で南郷に向かい、知事と話して自宅に。
『自分で帰るから!』と固辞したのに、知事も乗り込んで『サニー』の車中で話の続きを。
内緒の話は、料亭よりも自家用車が向いている。

『サニー』での会話が、後の人事に繋がった。
やっぱり公用よりも、私用での行為が『成果』が大きい。
16:42  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05.06 (Fri)

百姓は『百品つくれ!』

今年の春は、陽春を通り越して暖かすぎる春だった。
庭に、県議選初当選の折に『左官屋』さんから植樹頂いたソメイヨシノがある。
何時の間にか咲いて、いつの間にか散っていた。

開花の前には、寒い毎日が続いていたのに、雨を経て日差しが強くなって開花。
花見の宴を楽しむ間もなく、散ってしまった。
冬から、初夏の兆しに一足飛びだ。

畑の白菜は一挙にトウ立ちし、暖かさに腐ってしまう。
陽春と多雨、春野菜が忌み嫌う気候が畑を覆う。
が、何故だか紋白蝶が乱舞する期間は少なかった。

焼酎の原料となる甘藷、『黄金千貫』は、作付が少なくなったらしい。
ウイスキーの復活で、焼酎ブームは去り、原料も減反だ。
が、食用甘藷の植え付けも例年より遅く、漸くマルチ覆いを始めたところ。

下の畑で金丸くんが、『ラッキョウを植えていたのに、全滅だ!』と。
『連作障害はないのに、原因は何か?』と問うと
『判らん!1本も芽立ちが無いのは初めてだ!』

その隣に、紫蘇の種を蒔いたらしい。
『今年は梅が表年だなぁ~』と吾が言うと、『そうだったかなぁ~!』
翌日には、周囲に植えてある小梅を収穫していた。

えんどう豆も不作だったと云う。
吾も、『スナップえんどう』は「うどんこ病」に冒され収量が少なかった。
えんどう豆も、ひと月ほどの収穫期間が半分に至らず、不作である。

吾は、『空飛ぶ玉ねぎ』と云われる、極早生の玉ねぎを栽培する。
もう、ふた月前に収穫を終えたが、各畑には普通昨がゴロゴロ干してある。
保存は効くが、収量が多いから、販売所では安価で売られている。

ニンニクを千本ほど植えただろうか?
『自家製の種を使っていると、だんだん小さくなるみたいよ!』と北郷の西岡君が。
それで、スーパーで中国産を求め、それを植えた。

いつも決まってニンニクを買うから、先日はレジの女性が『ニンニクは?』
国産の値段よりも、5分の1ほど安い。
が、中国産を食しようとは思わないのに、『余程のニンニク好き!』と思われているか?

『種は中国産だけど、畑で出来たのは裕一産だから!』と、これも西岡君。
が、気候風土が違うからか、例年のニンニクと勢いで劣る。
収穫してみると、玉は太いが馴染めない!

でも、自家製の黒焼き用に使うのだからと自身に言い聞かせ、天日干ししている。
収穫期に入ったから、中国産も青森産も昨年産は売り切ったのだろう。
先日のスーパー価格では、50パーセント以上、値上がりしていた。

ホームセンターでは、早くから『夏野菜』の苗を販売している。
遅霜や西風が強い時期だから、植え付けには早すぎる。
植え替え用を求めに、再びやってくることを見越しての2度売りだ。

胡瓜とズッキーニ、ゴーヤ、インゲン、生姜、里芋を植え付けた。
茄子は、予定の3分の1ほど植えて、スイカも苗を待たせている。
5月の連休明けにならないと、突風や西風に押されてしまう。

二か所に『雨除けハウス』を建てているが、夏はトマトを栽培する。
二面で、200本以上の『ミニトマト』と『フルーティートマト』
昨年は『土造り』に失敗し、注文していた苗250本の大半をフイにした。

『ぼかし堆肥がいいよ!』と、これまた西岡君が教えてくれた。
昨年は堆肥2種類に、大量の油粕を混ぜた。
不完全な油粕だったから醗酵し、それで苗を枯らしたのである。

今年は『ぼかし堆肥』に熟成した油粕を少量、混ぜた。
苗は、連作障害を避けるために『接ぎ苗』を求めるから、売価もバカにならない。
来週から行事が目白押しだから、それを計算しながら朝6時から作業。

『百姓』という言葉を使ったとき、『それは差別用語ではないか?』と云う者がいた。
吾は、演説会なんかでも『百姓』という言葉を使ってきた。
勿論、自身を表現する時も、『山奥の百姓の倅で!』などと使う。

市議会議員で同僚だった、『河野陽史』という先輩が居た。
連れ立って呑みに行ったり、彼の家で痛飲すること、度々であった。
口癖は、『百姓は百品つくれ!』

確かに昔の農家は、年中、何か、かにかを生産していた。
水田は、葉タバコと麦、終わって稲作が主体だったが、畑は違った。
一度に、10種類の作物を収穫するのが当たり前の時代である。

それが、『機械化』と共に、『単作』に代わった。
百姓とは名ばかりで、今では『一姓』である。
ピーマン農家、甘藷農家、花卉農家、柑橘農家という具合。

宮崎市の木花に、『コープ』という農協スーパーがある。
野菜売り場には、周辺の農家から野菜を求めに来る。
『カボチャは作っているが、その他の野菜は栽培方法が判らん!』と笑う。

自家用の野菜でさえ作れない、『百姓』が多いのである。
稲作は共通するとして、その他は『単作』で、近所同士の話も合わない。
だから農協は、『専門部会』という組織で『単作』の情報交換をしている。

専門部会に入っている嫁は、実家に戻って、母の手作り野菜を貰ってくる。
隠居仕事で菜園を営んでいる人の『野菜作り』は、真似ができない技術がある。
その技術を学ばないから、農協と農家は経営に苦しんでいる。

吾の畑の周囲は、専業の農家だけど、野菜の種類は決まっている。
決まっているから、他の作物の栽培方法は判らない。
吾は、『百品』までは行かないが、昔から正真正銘の百姓である。

専業農家が、吾に作物の名前や栽培方法を質す。
でも、間違いないのは『土』である。
『土』が、正直に野菜の出来具合、美味さを教えてくれる。


18:29  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.05.03 (Tue)

国債が紙切れになる日

武家社会では、コメ経済社会だから俸給は『米勘定』が基本だった。
徳川幕府になってからも、外様、譜代と、国の配置が決められるが江戸よりも遠い場所に外様が据えられる。
遠国だから石高は多くても、参勤や命じられる普請に多額の経費を要する仕掛けだ。

三河以来の徳川譜代大名は、江戸の近辺や要路に配置される。
江戸には旗本や御家人が住み、江戸城の守護に当たる役割だ。
旗本には『知行地』が与えられるから石高で家格が決まる。

が、御家人は与えられる役割もない捨扶持として養われる。
役割はないから毎日が無為な生活で,運が良ければ旗本への婿養子か大商家に婿入り。
大体が300俵2人扶持くらいの俸禄だ。

1万石以上が『国持ち大名』で参勤交代があるが、それ以下は知行地の管理に代官を置いている。
自身が知行地に入り、住まい治世すれば『殿さま』と崇められるも、代官任せが多い。
よって、新たな殖産興業に目を向けないから、知行の増績は図れない。

幕府が開闢して、国に戦乱がなくなると武士の出番はなくなる。
民は、文化や遊興に目を向け、生活の便利さを追求してゆく。
そこで、士農工商の最下部に位置する『商人』が跋扈してくるのだ。

戦も無いのに多くの武士を養わねばならない藩主。
武芸以外に能力は無いし、『武士は喰わねど高楊枝』などと気位は高い。
戦争以外には使い道のない穀潰しで、飼い殺しの費用とてバカにならない。

積もり積もって、藩の蓄えも底を尽き、幕府から命じられる普請にも出費が多い。
幕府は、藩庫を空っぽにする狙いを持っているが、藩は従わないと『おとり潰し』の憂き目に。
藩庫が空になれば、どこからか捻出しなければ殿さまの体面も保てない。

先ず、勤番侍の俸禄を『御借り上げ米』として減額した。
『やがて藩庫が潤えば還す』という触れ込みだが、そうはならない。
扶持米は『蔵米』から出され、知行は知行地からの石高だ。

が、どちらにしても、米を売り、現金を得なければ日常の生活はできない。
売る米も、借り上げ米も底をつけば商人から金を借りるしかない。
幕府自身も、各地の藩庫も、すべてが商人からの借り入れで賄いをつけていた。

が、それも返せなくなると『棒引き』の手段に出る。
借りた金を『返さなくても!』という強硬手段である。
それでも商人は従ったが、そうなると政権は末期症状を呈してくる。

貨幣の改鋳をやることもある。
金や銀の含有量を少なくして、貨幣の流通量を増やす方法だ。
何時の時代でも行われているが、貨幣の単位を替えるデノミネーションではなくて、価値を下げるのである。

貨幣価値が下がれば、世の中はインフレーションになる。
インフレで物価は上がるが、借金の価値は下がってくる。
物価上昇~所得アップ~借金比重低下、という図式だろう。

確かに、高度経済成長期のインフレ、物価上昇と所得アップは激しかった。
が、福祉政策は当時の幻想のままで、経済政策は随分と後退したから弊害が出てくる。
極端なデフレの時代が進み、規制緩和と共に、成長の足かせとなっている。

そこに1千兆円を超える国と地方の借金が横たわる。
国と地方の借金だが、返済義務を負っているのは国民に他ならない。
少子高齢化で、多額の福祉経費を要するのに、借金まで背負わせることが可能なのか?

否であろう。
だから、消費税増税を見送った時、諸外国から懸念が表明されたのだ。
幾度も言ったが、『毎年1㌫増税する制度』を確立していれば一喜一憂することもなかった。

じゃあ、借金はどうするか?
或る日、突然に、『国債償還の無期延期』を表明することだ。
法的拘束力については無知だが、国家非常事態の宣言だろう。
2つ~3つほどの内閣が潰れても仕方がない。

遅ればせながら『一人っ子政策』のツケを感じ取った中国は、自国民を養うために他国の領土を奪い、資源を奪おうとしている。
吾国民と政府は、経済の安直な豊かさに馴れ、惰眠をむさぼっているが台所は火の車だ。
どんなに逆立ちしても、負担しなければならないもの、返さなければならないものがある。

マイナンバーカードが威力を発揮している。
来年から税務署でも提示が求められるから、所得の把握も万全だ。
既に、医療保険分野では、個々の既往症から手術歴、進行病まで筒抜けになっている。

日銀のマイナス金利で、タンス預金が増えたらしい。
尤も、マイナンバーが導入されたから、架空口座は税務署に通じることになる。
これも、タンス預金に拍車をかけるだろう。

日銀は1万円札を、確か18兆円だったか失念したが、刷り増しをしたらしい。
架空名義預金が、タンス預金に代わって、流通する紙幣が不足しているのだ。
ここで、貨幣交換をやったらどうだろうか?

兌換紙幣だけでも良いから、額面は同額で図柄を替え、半年以内の新札との交換を義務付ける。
預金財産が、白日の下に曝される瞬間だが、これだけでも数十兆円が国庫に入るかもしれない。
何故なら、紙切れになるよりも、税引きでも手元に残したい。

国債は、本当の持ち主が特定できるのだろうか?
隠し財産として所有している持ち主も多いだろうし、金庫に眠っているのもある。
国際的信用はどうなのか判らないが、タックスヘイブンの対象として調査する大義もある。

まぁ、例えばの例示なのだが、一度立ち止まって、この国の財政的将来を論ずる必要はある。
『国民負担』に及ぶは、政治家の最も不得手とするところだが、展望なき政策では困る。
享受できる政策と、それに伴う国民負担という命題を、一度も聞いたことが無い。

04:18  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |