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2016.02.27 (Sat)

連作障害

日南市に帰郷した頃、所用で国道220号線を串間に向かう機会が多かった。
今のように、広域農道はないし、県道も未整備だから、榎原、大束を経由して。
大束の田んぼや畑では、ユンボが土を深く掘り下げている。

甘藷畑の連作障害を克服する為に、天地返しで土を入れ替えているのだ。
今でこそ『大束の甘藷』で名を得て、大束原に広大な甘藷畑が広がっているが。
当時は、国道沿線の小さな耕作地から始まった。

今では、天地返しはやらない。
連作障害への対策として薬剤を注入、線状虫まで除去してしまう。
里芋や甘藷など、芋類は連作を嫌うのである。

西都市や宮崎市郊外には、農業用ハウス群が広がっている。
ハウスは、水田の跡地に建ててある。
これも連作障害対策なのである。

ハウスで栽培している野菜の収穫が終わると、土を起こして水を溜める。
『代明け』を行って土を鋤き、しばらく寝かせる。
そして、次の作物を植え付けてゆく。

稲やトウモロコシなどに、連作障害はない。
『どんぐり千年の森』を主宰されている方が、『多くのミネラルが連作障害を防いでいる』と。
つまり、落葉樹が腐葉土に代わり、ミネラル分が河川を下って水田に!という訳だ。

大筋において同感である。
吾は、水源上流を広葉樹林化するよう求めてきた。
河川プランクトンを増やし、注いだ海の藻場をも造成する為である。

が、連作障害とは別物ではないのか?と思っている。
勿論、植物学者ではないし、生物学にも疎いから大見得は切れないが。
が、他の『イネ科』の植物をみていて、そう思うのである。

一昔前、都城盆地では『陸稲』が半分ほどだった。
畑に種を蒔き、稲を収穫するのに農業用水は必要としていない。
同様に、米国でもそうだが、広大な畑地にトウモロコシを毎年、植え付けている。

つまり、連作を嫌う植物と、頓着しない植物があると考えた方がいい。
野菜でも、ニガウりなどは連作を嫌わない。
が、ほとんどの野菜が連作を嫌う。

瓜類、馬鈴薯の仲間である茄子、トマト、などは3年以上、場所を空ける。
キャベツなどの葉物もダメで、狭い畑の分担に困ってしまう。
トマトは、接ぎ木苗を植えて、連作障害を防いでいる。

先日、北海道の下川森林組合を訪問した折、エゾ松の連作障害を聞いた。
『2代くらいまででしょうねぇ~!』と云う。
2代目過ぎたら、何を植林するのかは聞かなかったが

吾は、杉も連作障害があると思っている。
『飫肥杉400年の歴史』というけれども、品種の違いで今まで保ってきた。
が、県下同一に品種が揃った今後は、障害に配慮すべきだろう。

坂元林業を経営している坂元次徳クンは、伐採跡地を段々畑状に替えてゆく。
斜面を切り落とし、下層の土を剥き出しにしてしまう。
管理しやすい利点もあるが、それ以上に『連作障害』対策になっている。

本人は、そうは言わないが『下層に植えた方が成長が速い』という。
杉の葉は、油分が多いから腐食して土に帰るには15年ほどを要する。
つまり、次代の新稙杉の養分にはなりえないし、逆に障害となる。

吾が、『国有林の3割以上は、広葉樹林化』を唱える所以である。
そして、杉を植林するときは、広葉樹と共に『混植』してゆけばいい。
が、山の現状を知らない林野庁は、現場の声を悉く無視してしまう。

都井岬には、秋月藩が軍馬を飼養する目的で牧場を建設した。
が、純粋な岬馬の培養地だから、名馬は生れない。
昔、吾の家に飼われていた農耕馬は『岬馬』だった。

『悍馬』である。
我儘で、仕事は嫌がるし、サボタージュの心得を知っていた。
今にして思えば、『岬馬』の優等生だろう。

『ハーフ』という言葉があった。
つまり、『混血』だろう。
姿形は美形で、頭は良くて、唄も上手い。

人間の血も、遠い程、優性遺伝子を反映させると聞いたことがある。
先日書いたが、日本人も22代遡れば『兄弟』である。
同じ地域同士が結婚して子を為せば、やっぱり劣性遺伝子が多いのか?と思ってしまう。

そう言えば民法では、三親等以内での婚姻は禁じられているらしい。
血が濃すぎると、障害のある子供が産まれるからだそうだ。
と、いうことは、遠隔地の男女程、秀でた子孫に恵まれるということなのか?

そう言えば、丸山参院議員が言っていたように、オバマ大統領は黒人の血。
アフリカ出身者と白人の混血だから、優秀な政治家に育ったのかも。
そうなれば、単一民族よりも、他民族国家の方が栄えるということになる。

下川森林組合部長に、『蝦夷の地は全国から入植したから、道の言葉が標準語ですねぇ~!』と。
『そういうことになりますねぇ~!』と喜色満面だった。
でも、『全国から集まって混血してますけど、優秀さは?』とは聞けなかった。
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06:06  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.02.24 (Wed)

承前

中選挙区時代の宮崎第2区。
小林の小山長規先生、都城の瀬戸山三男先生。
記憶に間違いなければ、二人とも『婿養子』ではなかったか?

小山先生は、金融関係の出身で、経済や商工関係に明るい。
瀬戸山先生は、天草出身で、元々は裁判官だ。
が、人格高潔で、霞が関や永田町の評判は高い二人である。

日南市長選挙では、瀬戸山先生が井戸川、河野と、候補者を立てて争った。
対する小山先生の方は、河合氏を押し立て、河野の選挙では実兄が敵の参謀長に。
商工会議所会頭で、兄は小山直系だった。

小林市でも串間市でも、市長選挙は国会議員後援会の戦いでもある。
自治体政治の中枢を握り、後援会を強固にして次の衆院選挙に備えるためだ。
が東京では、代議士同士が相睦み、健闘を誓い合う。

どっちの子分が勝とうとも、後援会組織が固まってゆく効果を喜んでいる。
つまり、国政選挙を睨んだ『代理戦争』なのである。
しかし、小山、瀬戸山の両先生は、互いに存在を認め合い、尊敬しあっていた。

国会議員が当選を重ね、永田町で頭角を現してゆくには、相応の努力が要る。
努力するには、選挙区が盤石で、後顧の憂いが無い体制が必要だ。
その、『盤石さ』に対して、議員は恩返しし、仕事に励むことになる。

吾の住まいする日南・南那珂地方は、その点に欠けていた。
選挙の度ごとに離合集散を繰り返し、裏切ったり、裏切られたり。
不動の支持ではないから代議士も信用しないし、信用しなければ仕事もしない。

瀬戸山は、建設大臣に就任すると『九州自動車道・宮崎線』をブチ上げた。
縦貫する自動車道を、えびので分岐させ、宮崎市に向かわせるのだ。
予算委員会で『政治路線だ!』と追及されたが、『悉くが政治路線ですよ!』と、平然としていた。

瀬戸山の後を襲って建設大臣に就任した小山も、着々と宮崎道の建設を進める。
小山の地盤、えびの市、小林市、そして瀬戸山の地盤、都城まで僅かに5年余で開通。
それも『暫定2車線』ではなしに、当初から『100キロ規格の2車線』だから驚く。

宮崎市から県北への延伸を狙って、県は『一ッ葉有料道路』を建設する。
九州道宮崎インターから有料道路を経由し、延岡まで高速道でつなぐ。
それが、瀬戸山と黒木知事の計画だった。

が、現道改良を主張する宮崎第1区の江藤隆美先生は、高速道にマッタをかけた。
以来、県北の高速道建設は頓挫し、県北の発展を遅らせたのである。
『政治の先見性』が欠如する結果の『見本』と言える。

同様の例が、南那珂地方にもあった。
鰹、マグロに湧き、飫肥杉の弁甲材で豊かだったこの地域は、札束を枕に眠っていた。
世の中、景気が悪くなっても、鰹やマグロが取れなくなっても、眠っていたのである。

商人が百姓にカネを貸す。
貸したカネが返済されなければ、担保に山を押さえる。
その山が、弁甲材として高くで売れるから、忽ち、金貸しは小財閥となる。

その小財閥の懐を当て込んで、当時、銀行から信用されていなかった自動車関連が近付く。
『宮崎県で車を売りたいが、代理店を引き受けてくれないか?』と。
小財閥は引き受けて、銀行に掛け合い、『宮崎○○』という自動車販売会社を立ち上げる。

が、自動車時代の到来で、空前の売り上げを伸ばす自動車関連。
瞬く間に本社から乗り込んで、世話になった小財閥を追い出してゆく。
今では、数えるほどの株式しか小財閥は所有していない。

あの当時、小財閥が 『ならば、日南に自動車部品工場を建てろ!』という条件を出したら、どうだったか?
恐らく、各メーカーともに関連する工場を作っただろう。
さすれば雇用が発生し、人口も増え、工業都市として現在があったかもしれない。

先日の学友会総会でも出たが、『平気で客を待たせる所、欲しければ売ってやる!という態度』と日南を批判。
この『殿様商売』もまた、当地の発展を阻害してきた。
そして、不当に高い『地価』、空き地ばかりなのに土地の値段だけは下がらない。

その『積極進取の気概』に欠ける弊害は、政治の面でも顕著である。
他の地域の人から『異常だ!』と云われる、社会党勢力の強さ。
全国で0,2パーセントの支持しかないのに、日南だけは圧倒的勢力を誇る。

が、『志布志湾開発反対!』『串間原発反対!』『自衛隊油津寄港反対!』と悉く国策に反対してきた。
『豊かなんだ!』 『腹イッパイ、飯が食えるんだ!』という驕りもあるだろう。
が、気が付いたら、南那珂だけが『高速道時代』から取り残されていた。

中選挙区時代には、西諸、北諸の代議士の為の運動を、地元に住む人以上に狂ってやった。
が、代理戦争をやっている弊害で、南那珂は統一を果たせない。
しかし、西諸、北諸は、いつまでも団結心旺盛で、地域の課題に郷土を挙げて取り組んできた。
茲に、南那珂の今日由来があり、発展を阻んできた要因があるのに、住人は気付いていない。

『レストラン、寿司屋に挟まれたラーメン屋』が口癖だった小渕恵三さん。
中曽根、福田がトップ争いをする選挙で、社会党の田辺の後塵を拝する4位当選。
定数4名で4位当選だが、得票は3万票台しかなかった。

それでも、福田、中曽根、小渕と、三人共に総理大臣に就任した。
中選挙区の利点は、互いに切磋琢磨するところにあると思っている。
常に政策を競い、支持者の声を耳にし、永田町に届ける役目を忠実に果たす。

それが、小選挙区制になって不足してきた!と、多くは嘆く。
極論すれば、国民と、国政を担う人との距離が遠くなったということだろう。
そして、いつの間にか『名も知らぬ人』が国会議員に座っている。

中選挙区時代には、開票速報をみていても、殆どの代議士の名を知っていた。
が、現在では皆目、見当も付かないし、関心も失った。
テレビでは、相も変らぬ低俗議員のニュースばかりである。

でも、選ぶのは国民。
そのレベル以上の政治家は生まれない。
生まれるのは、『新党』だけ。

党が先にできて、存在を示す綱領や政策は後から付いて行く。
『民主』というフレーズに拘っているが、民主と独裁は対極にある。
が、共産主義と独裁は、密接不可分なのである。

その共産党と一緒になって、政権を獲ろう!という訳だから民主を冠できない。
でも論理的ではない『野合』だから、『民主共産党』でも、面白いかもしれない。
どうせ、秋までの短い旅なのだから。
04:46  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.02.22 (Mon)

『中選挙区制』の復活

金曜日から日曜日までの3日間、アイスキャンドルのイベントの開催。
北海道上川郡下川町での催しに、下川森林組合からの案内が。
姉妹友好関係にある下川森林組合の招きで、土曜日に訪問した。

旭川空港から、迎えの車で下川町に向かう。
一面の雪景色である。
良く事故もなく走るものだと、スタッドレスタイヤの威力に驚かされる。

積もるときには3メートルの積雪を観測することも珍しくない。
最低気温も、マイナス30度を記録したというから雪深い山岳地帯である。
『蝦夷の地の奥座敷に、ようこそ!』と、組合長が挨拶で。

凍らせた氷の容器にロウソクを立て、そして灯を灯す。
会場には、カマクラなどが造られて、幻想的な雰囲気を醸し出す。
防寒を徹底して着込んだが、シンシンと冷えるから足下は冷たい。

雪道に慣れていないから、油断すると滑ってしまうので、周りの景色どころではない。
翌日の日曜日には、旭山動物園を案内して頂いた。
寒さを喜んでいるのはペンギンやアザラシ、北極熊くらいのもの。

ライオンや虎、豹などは寒さに参っている様子で、元気がない。
圧倒的に中国からの観光客で、子連れが多い。
ここでも、足元に注意が必要だから、とても動物への関心どころではなかった。

キャンドル会場から出て、夕食で歓迎して頂いた。
途中から参加した副組合長は、町議で、議会選出監査委員でもある。
2次会で、『丸山議員の発言は怪しからん!今の国会議員はダメな奴が多い』と。
続けて、『やっぱり、昔のような中選挙区制度がいいなぁ~!』

中選挙区制度のとき、宮崎県は、衆院第1区と2区に分かれていた。
宮崎市から県北が第1区で、県南、県西は第2区。
共に、定数は3名であった。

第2区には、瀬戸山三男、小山長規、二人の長老に社会党か自民党が3人目を争う。
吾は、瀬戸山三男さんの青年行動隊のような立場だった。
小山さんには、吉元県議や小斎平参院議員が秘書を務め、後に議員になった。

瀬戸山さんは福田派、小山さんは池田、大平と続く宏池会に所属。
後に、衆院議員に当選した堀之内さんは、中曽根派である。
つまり、総裁を狙う領袖達が子分を増やし、頂上への道筋を固める戦いを行う。

必然的に、自民党公認候補同士の争いになり、保守同士の熾烈な戦いが展開される。
領袖は、子分の選挙の為にカネを集め、資金を投下する。
同じ派閥の閣僚が応援演説に駆けつけるが、他の公認候補をば一顧だにしない。

保守同士の争いは、地方選挙にも及んでくる。
代議士達も、次の選挙を考えれば、自派の首長や議員を増やしておかねばならない。
そこに、純粋培養された、縦系列の派閥が完成され、初めて代議士の安泰が実現する。

それは、地方自治体に止まらない。
経済団体や各種の利益団体でも、主導権争いが熾烈を極める。
が、毎日が緊張の連続だから、代議士も失敗は許されないし、行動力も求められる。

『金帰火来』と云われたように、週末は選挙区回り、火曜日には上京を繰り返す。
地元の秘書は、代議士が出席する行事、家々を廻る日程を決めて準備を怠らない。
毎晩、5か所以上で『国会報告会』を開催して、選挙民との交流を図る。

それが、小選挙区制度になって消えていった!と、副組合長ならずも、全国各地で嘆く声が多い。
選挙区支部の支部長になれば、自民党の党営選挙になる。
代議士は自民党の代議員だけを大事にしておけば、それで当選できる。

従って、京都の宮崎・元代議士のように、落下傘でも当選できる。
何の接点が無くても、なんの実績が無くても、地元の実情に疎くても、である。
中には、『いつ代議士になったの?』と訝る有権者も居るに違いない。

小選挙区制度にするときには、ダイナミックに政権交代が可能になる緊張感が期待された。
が、一強他弱の現状を見ると、国会議員の質の劣化だけが目立ってきた。
派閥は有名無実だし、親分の指導力も陰りがあるし、とても総理が務まるような政策通もいないし。

野党は、できては消え、党名だけでも思い出せないほどの政党が雨後の筍のように。
政権を倒せないとみるや、共産党とも手を組む無節操。
イヤ、無節操ではない。そもそもが政治哲学を持っていないのだから。

小選挙区制よりもタチの悪いのが『比例代表制』
それには、小選挙区で落選したのが『比例復活』なんていうのもある。
選挙区で支持されなかった者が、復活して代議士になるなんて『有権者無視』の憲法違反だ。

おまけに、比例で当選しておいて、政界を渡り歩く輩もいる。
比例での当選は、党名での投票で支持された結果だから、党に議席を返上するのが筋。
比例制度は、全廃する方が望ましい。

下川森林組合副組合長が言うのは、『地元への密着不足』を嘆くのである。
地元の実態も知らないなら、広い選挙区であっても良いではないか?と云うのだ。
それでも国会議員は、『地方の声が届かなくなる!』なんて言うから、可笑しい!となる。

衆院を比例を全廃して、定数を300.
おそらく、中選挙区か大選挙区制度になるだろう。
そうなると、九州で15名程度だろうか?

それでも、『コト足りる』と、国民の大多数は思っている。
思っていないのは、国会議員だけである。
『自らを斬る改革』を約束しながら、果たしてこなかった。

果たしていないのに、永田町には有象無象の輩達が跋扈し、国を誤らせている。
北海道の、広い太地での『嘆き』が、ずーっと頭をよぎっている。
22:30  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.02.19 (Fri)

米大統領は『奴隷』

ある宗教団体から、『先祖の霊を祀れ!その為には過去帳を!』と。
市役所など、近隣の戸籍窓口に行って『除籍謄本』を求める。
だいたい、7代前までが取得できた。

それ以前になると、戸籍に『身分』が記されている。
と、なると法務局に封印されているから、閲覧できない仕組みだ。
身分を示すのに、『差別』を含んでいるから極秘にされている。

『坂元』の先祖が、『坂本』と繋がっている。
祖父と市議を争ったライバルが、何代か前で同族である。
昔から、『~と~は親戚だ!』と耳にしてきたことが、新しい事実としてインプットされる。

時代小説を読んでいると、武家でも町人でも、その系譜が示されている。
一介の市井の者でも記録が残されていることに驚く。
が、計算してみると、だいたい22代前に遡れば、『皆兄弟』と云えなくもない。

法務省に勤務していた伯父が、帰省するたびに親戚と語っていた。
『俺は、朝鮮人の血を引いている』と云うのである。
『だから、髭などの体毛が薄いんだ!みんな、そうだろう?』

伯父に云わせると、祖母の実家は、朝鮮人の子孫だという。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の折り、伊東軍が朝鮮人の瓦職人を連れ帰った。
その職人に、小松山の山裾で瓦を生産させたという。

『それが、お袋の出里である田中家の先祖なんだ!』と云うのである。
『でも、坂元家の方も、体毛が薄いではないか?』と問うと
『うん! そっちの方にも朝鮮人の血が流れているのかもしれないなぁ~!』

かって、今上天皇も、『先祖は朝鮮である』と御発言された。
国の興りの歴史には詳しくないが、卑弥呼の時代より以前に大陸から人が入っていた。
真に、現在の皇室が『万世一系』なのかは不明だ。

そんなことを語ると、『不敬』のそしりを免れないが、南北朝の頃は怪しい。
とはいえども、血筋には濃淡があっても、繋がりは否定できない。
やはり、万世一系なのだ。

都城の西岳付近に、『荒襲』という集落がある。
都城選出の先輩県議に、『熊襲の流れですか?』と聞いたら、『そうだ!』と。
九州などに住んでいた先住民族である。

学生時代、奄美からの出身学生がいた。
沖縄県民同様に、毛深くで、剛毛に覆われていた。
倭人が上陸する以前の先住民族で、アイヌ人同様に毛深いのが特徴だ。

日本人は、『単一民族』だと思ってきたが、既に神武天皇以前に混血していた。
結局は、大陸や朝鮮から渡ってきた民族が勝利し、支配したのだ。
いまでも色濃く、先住民族の面影を残しているのは、沖縄県だけか?

日本も、『多民族国家』への道を歩き始めている。
静岡や栃木に行くと、『ブラジル人街』がある。
就労ビザで入国し、日本人と結婚、国籍を取得した外国人は増える一方だ。

神戸の『朝鮮人街』、横浜の『中華街』ではなくて、もっとオープンな街が出現してくる。
介護や福祉分野に止まらず、多くの分野で『外国人労働者』に依存してゆく。
そうなれば、帰化したり、国籍取得で、国家の構成員が変わってくる。

学友の木田拓兄、御息女がフランス人に嫁いで行ったと云う。
メキシコで働いている息子が、『現地人と結婚した!』という先輩も。
比国人を娶った先輩は、『多額の育成費をとられた』と嘆いた。

結婚して、習慣も違ってくる。
結納金も無ければ、結婚式に祝い銭を包んでくる慣習もない。
『国際結婚とはいうけれど、周囲は骨が折れるよ!』と嘆く。

でも、国際化の波を避けては、日本は前に進めなくなった。
好むと好まざるとに拘わらず、多民族国家の道を辿るだろう。
そして治安への不安、テロの脅威に曝されてくるのも避けられない。

豪州と合衆国は、互いに英国を母国としているのに仲違いしているらしい。
『あそこは、犯罪者が島流しされ、そいつらが建国した国だ!』
『あいつらは、母国を逃げ出して、先住民族を殺戮して、国を拓いた!』

どちらでもよいことだが、先住民族を虐殺してきたのは、双方ともに事実に相違ない。
豪州が、『人間よりもカンガルーが多い』と云われるのは、他民族を入れないからか?
逆に合衆国は、100を超える民族を受け容れる『多民族国家』の象徴だ。

開拓時代には、先住のインディアンと戦いながら、アフリカに『人買い』に走った。
足に鎖を付けて逃亡を阻止し、現地で入札して売った。
労働力として買ってきたから、これを『奴隷制度』という。

その奴隷達も、数次にわたる戦争に駆り出され、闘いながら市民権を得ていった。
いまや白人よりも、ヒスパニックを含めた有色人種の方が、数に於いて上回っている。
従って、有色人種の代表が『大統領』に就くは必然なのである。

自民党の丸山参院議員が、『米大統領は奴隷出身』らしき発言を。
憲法審査会での委員発言らしいが、差別発言だとメディアと野党は息巻く。
事実を言っているのに、事実でも喋ってはいけない内容があるとは知らなかった。

丸山さんが引用した、前後が判らないから、感想もない。
ただ、奴隷制度があって、奴隷の子孫が米国人と結婚し、オバマ誕生に至った。
誕生した混血の子息が大統領に選ばれたから、まさしく奴隷の子孫である。

それは、人権に厳しい法務省に勤務していた伯父が、『俺は朝鮮人の子孫だ!』
胸は張らなかったが、何の憂いもなく吐露した内容と同じではないか?
何故なら、現時点では米国からの反発はないし、事実を否定しないだろう。

吾の感想は、もっと違うところにある。
ローマの時代には、奴隷制度があった。
しかし、宗教の教えが徹底し、清教徒革命も起きた直ぐ後に、奴隷を買ってくる。

そして、短期間に世界に冠たる国家にのし上がったアメリカ合衆国。
国連常任理事国として世界平和を謳い、『世界の警察』を自認している。
そして、口を開けば『人権』のオンパレードである。

テロを暴力と批判しながら、警察官は黒人犯罪者を安易に撃つ。
自己矛盾を、数多く孕んだ国であることには間違いない。
歴史上で間違ったのは、黒人の優性遺伝子が勝り、繁殖力が旺盛であったこと。

他人事ではない。
我が国にも、同様の問題が目前に迫っている。
やがては、他民族が地方議会に進出し、国政へも参画してくる。

国籍を与え、市民権を獲得すれば、至極当然な成り行きだろう。
権利を得て活用する他民族と、政治の日常に怠惰な日本人。
やがては、他民族に、国家の支配権まで握られる日が、確実に来る。

そのとき、『皇室』を残すことはしないだろうから、『万世一系』も途絶える。
尤も、その時は、吾の人生も、とっくに途絶えているが。
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2016.02.16 (Tue)

『老犬センター』

先日、宮崎市で拓殖大学学友会総会が開催された。
優に100名を超す会員がいる筈なのに、集まるのは毎年同じ顔触れ。
『坂元さんが支部長の時、数多く集まったが、何故少なくなった?』と先輩が。

痴れたことである。
100年以上の開きがあると、学んだ環境も違えば気風も変わる。
つまり、話が合わないのである。

寮歌を唸り、先輩後輩の序列を重んじ、『押忍!押忍!』を連発する。
昭和の50年代までに学んだ者には聞き慣れた雰囲気が、後の世代には異様に思える。
『やっぱり、年代別、世代別に集合したほうが良いのでは?』と申し上げて置いた。

思い出として、『犬を食った』話が交わされた。
吾も入学したころに聞いたから、別段、驚く話ではない。
なにしろ、ソーセージの原料に、『ドブネズミ』を混ぜ込んでいた時代だから。

戦時中の食糧不足の時代、犬を捕まえて食していたらしい。
朝鮮では現在でも食されていると聞いたが、『特に赤犬が旨い』らしい。
『殺して2日ほど土中に埋めておくと、殺したてよりも美味だ!』と年配者が。

祖父は、戌年生まれなのに、犬や猫を病的に嫌った。
猫は、天井裏に潜む鼠を捕食するから飼っていたが、近寄ることさえ嫌がった。
『犬を飼っていいか?』と聞いたとき、怒髪天を突くように怒ったものである。

高校時代に、実家を出て市営住宅に住むや、子犬をもらってきた。
犬は、飼い主には従順で、誰を一番に頼りにすべきか、見分ける天才である。
そして、家内に於ける序列も瞬時に悟るから、賢いことこの上ない。

山道を歩くと、主人よりも前を歩いてゆく。
時折、道を外れて山中に潜り込むが、匂いを頼りに戻ってくる。
蝮から鼻を咬まれても、腫れるだけで命を失うことはない。

地鶏の放し飼いを始める時に、同腹の仔犬6匹を貰ってきた。
子供の頃から、鶏と一緒に飼えば手出しをしなくなる!と云う。
『主人が大切にしている鶏に手出しは出来ない!』と教え込むのだ。

果たして、犬の餌を狙って鶏が集中してくる。
犬は、情けないような顔をして吾を見上げているが、仕方なく、餌に向かう。
が、その時には、既に犬の飯は空っぼになっている。

黒い顔の中央、鼻筋のところが白くなっている仔犬がいた。
雌犬だったが、一番、身体がひ弱で、成犬になるか否かが危ぶまれる。
『白チョン』と名付けていたが、手伝いの守永さんは『一番いい犬になる』と看破していた。

その『白チョン』の子に、🐼そっくりがいて『パンダ』と名付ける。
利口な仔犬で、鶏舎から遠く離れている鶏を、怪我をさせないよう追い、中に入れてゆく。
やがて、猟師の石山さんが連れ帰ったが、猪狩りで勇名を馳せたという。

事情があって地鶏を止めたが、犬の引き取り手は多かった。
が、『白チョン』だけは手元に置き、毎日通う『檜山』の入り口に繋いだ。
餌は『ドッグフード』だから、小屋の中に多目に入れておく。

吾が山に居る間は放すのだが、植林に来ていた小母さんが訝って言う。
『この犬は、道端に来てはコ゜ロン、ゴロンと座るが、妊娠しとるとじゃが』
もう、老境に入っている年だが、妊娠は間違いなかった。

遠く、坂元棚田から5キロの山道を辿って通ってくる雄犬。
身体は、痩せ衰えているのに、『白チョン』の所に一ト月通った。
排卵も少ないからだろう!1匹しか生まれなかった。

吾の選挙の時、『裕一ちゃんの山に居る犬が、側溝の溜桝に堕ちている!』と。
保健所に連絡して引き上げ、殺処分されたらしい。
目が見えずに、夜目が効かずに堕ちたのだろう。

鶏小屋での餌は、押し大麦を味噌汁で炊き、ミンチと割れ卵を入れていた。
山では、ドッグフードだったから、糖尿病を発症したのだろう。
以来、十数年もの生涯を辿る生き物は飼わないことにした。
吾の終焉の方が速いからだ。

が、子供が巣立って独立し、夫婦、もしくは一人暮らしのお年寄りは寂しくてしょうがない。
そこで、座敷で飼える犬や猫を求める。
ペットとして飼われているが、元々は野生の畜生である。

それを甘やかして育てると、自立心を失っていくし、生命への本能も失っていく。
飼い主も高齢化し、ペットの方が長生きだから、どうするのかなぁ~と案じていた。
『老犬センター』というのが開業して、そこで面倒を見てくれるらしい。

この人間社会、優しくなったのか、ゆとりがでてきたのか?
満足に食ってゆけないお年寄りもいるのに、完全介護の犬もいる。
子供が独立して、その寂しさをペットで補う心持も判らない。

動物としての本能を捨てさせ、置物に替えられるペットは、幸せなのだろうか?
去勢され、避妊させられて、恋も知らない。
人間の勝手気ままに作り替えられた、生きた置物。

出産はしないから、遺伝子には無関係だが。
でも、同居する人間の肉体には、蝕まれるモノがあるかも。
06:36  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.02.13 (Sat)

イクメン

4月生まれの長男が、1歳の誕生日を迎える前の1月に市議会議員選挙が。
初出馬で、右も左も判らない。
当然、カミさんも選挙事務所で応対に忙しい。

特に、舅は礼儀に厳しく、入り口で挨拶の仕方を娘に指導する。
長男は、都城の実家に預けられ、伯母達が交代で面倒をみていた。
2度目の選挙では北郷の母に預けたが、選挙後に『裕一!俺は孫までは貰わなかったぞ』と義父が。

その時、長女は吾の叔母に預けていた。
双子の弟が立ち寄ると、『お父さん!お父さん!』と抱きついたという。
不憫でならなかったが、多くの方々に世話になっているのに、子供の面倒は見ていられない。

20年前に別れたカミさんは、宵っ張りだが、目覚めはからっきし!だった。
勿論、持病の病があって、身体も弱かったからだろう。
もっぱら、朝起きでの朝食、保育所の弁当作りは吾の役目に。

夕食の支度をしていると、隣家の奥さんが回覧板を持ってくる。
『晩御飯の支度で大変じゃなぁ~!』と。
集落で、吾の家事労働を知らない者はいなかった。

が、どうしても出来ないこともある。
オムツ交換も、そうだった。
当時は、紙おむつが普及しておらず、布製のオムツである。

交換も苦手だが、それを洗濯するのも苦手にしていた。
次女が風邪をひいて鼻づまりになった時、苦しみを見かねてカミさんは鼻を吸った。
これも、吾には出来ないことである。

が、それ以外は全部やった。
洗濯からアイロン掛け、そして布団干しに掃除。
完全に主夫として、家事全般をこなしたのである。

先妻が9か月間、家を出ていた時は、寝る間もないくらいだった。
議会もあり、地鶏4,700羽の世話もあり、子供の食事の支度もあり。
中学と高校の二人の娘は、弁当持参だから、この支度も苦労である。

晩酌しながら立ち上がって、弁当の下拵えに朝食の支度。
6時半のバスに間に合うように、朝食を与え、弁当を持たせる。
一日が48時間、必要なくらいに子育てに手を取られた。

佐賀大学で学んでいた長女は、アパートを借りて自炊をやっていたらしい。
仕送りを残して貯金したというから、家事や料理を吾から学んだのかもしれない。
帰って来た時、『お父さんのチャンポンが食べたい!』と、吾の得意料理を指定した。

男女が結婚して所帯を持ち、子供が産まれると育児に追われることになる。
女性は、妊娠からツワリ、出産から子育て、と、母親としての宿命を背負う。
その隙間を、どうやって父親が埋めてゆくのか、その分担が今、求められている。

が、男性の役割は、それこそ『隙間』を埋めることぐらいしか役割はない。
勿論、母親以上に子育てをこなしている父親は多い。
でも、母親のような細やかな心配りは、残念ながら、欠けていると言っていい。

共働きの夫婦なら、早く仕事が引けた方が子供を迎えに行く。
連れ帰って、おやつを与え、一緒に入浴する。
そして、夕食を済ませて、一方の帰りを待つ。

この共同作業なら、夫婦、いずれでもこなせるだろう。
勉強をみてやり、成長したら進路の相談にも乗ってやる。
誰でもできるが、片方が多忙を極めていれば、その皺寄せは一方だけに偏る。

それで、育児休業法が施行され、男女を問わず育児休暇がとれるようになった。
休暇はとれるが、その間の所得は、雇用保険から6割程度の支給だという。
労働対価がないから当然なのだろうが、畢竟、所得減を嫌って育児は女性任せになってしまう。

そこで、宮崎代議士は、『出産後は育児休暇を取得する』と、大見得を張った。
が、この法律は、国政を担う選良を想定したものではない。
何故なら、国会議員は立法機関に所属し、国民の為の法律を審議する立場だからだ。

それだけの使命を負っているのに、『育児休暇取得』なんて、国民を愚弄している。
それだけ休暇が必要ならば、潔く、バッチを外せば良いことではないか!
辞職すれば、補欠選挙で、もっともっと優秀な議員がでてくるのだから。

まぁ、そこまでは許されるかもしれない。
が、お内儀が出産を控えている最中に、女性を自宅に引っ張り込むのはまずかった。
それまでのように、東京で逢瀬を重ねていれば良かったのに、世間を甘く見たか?

この御仁は、元・自民党幹事長、加藤紘一さんの娘との離婚歴がある。
落下傘で京都選挙区から立候補したらしいが、もともとプレイボーイなのだろう。
永田町に行くや、新潟選出の女性代議士と結婚して、話題をさらった。

それにしても、永田町・国会議員の劣化は酷過ぎる。
北方領土担当の島袋大臣は、歯舞を読めなかった。
吾は、我が国固有の北方領土は、全千島列島と南樺太だと思っている。

が、何故か政府は、北方4島だけを返還要求しているのである。
歯舞、色丹、国後、択捉だが、担当大臣が、政府の主張する領土名を読めないなんて。
でも、その程度が国会議員のレベルなのかもしれない。

元、総理大臣の森さんは、ITを、イットと読んだ。
英語力が豊かな証左かもしれないが、前後の繋がりがないだろう。
そして麻生さんは、『未曾有』を『みぞゆう』と。

約束した衆院の定数是正も見送りにした自民党。
大島衆院議長の労苦に水を差し、国民の期待も裏切っている。
バカ丸出しの国会議員が数多く居ても、日本は良くならない。

この際、衆院200名、参院100名ほどを求める国民運動でも起こした方がいい。
『未曾有』の国会議員劣化を憂いて。
11:04  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.02.10 (Wed)

後悔するぞ『北朝鮮』対応

校庭で、小学生同士が喧嘩をしている。
互いに襟首を持ち、一歩も引かぬように睨み合い、そのうちに打ち合いに。
殴って怪我を負わせ、それでも双方とも引かない。

身体の大小に関わらず、その繰り返しで序列が決まってくる。
先輩、後輩の序列ではないから、実力で得た力関係だ。
どこか、猿の社会を彷彿とさせるが、社会は実力、すなわち暴力に勝る者が制する。

昔から、ならず者が街を闊歩し、道端に開いている屋台などを蹴りながら歩く。
みかじめ料を納めていない屋台をひっくり返し、散々な目に遭わせる。
取締りの役人も、視て見ぬフリだから、訴え出る所もなければ、助けてくれる者もいない。

県議会の『防衛議員連盟』で講演した自衛隊幹部は、苦虫を噛んだように発した。
『北朝鮮を攻めるは容易い。が、数十万の難民が中、韓、日に押し寄せる』
押し寄せてくる難民を受け容れる用意が、各国にないし、打つ手がないと云うのである。

裏返せば、難民を見捨てるわけには行かない!ということだろう。
漂流して溺死するのを防ぎ、陸地に上陸させて収容所で生活させなければならない。
今まで、それだけ大量の難民を収容したことはない。

数十万~と言えば、地方の中核都市の人口に匹敵する。
収容する場所も無ければ、それだけの難民テントの備えもない。
第一、誰が食料を配膳し、逃げないように監視するのか?

実は、中国も韓国も、そういう事態を恐れて北鮮に手出ししないのだという。
海を隔てた日本よりも、陸地続きの韓国、中国は、実態の把握すら困難だろう。
日本に漂着できる船が存在するのか?それとも軍艦そのもので逃げて来るのか。

でも、斯かる事態を恐れて手出しをしないうちに、北朝鮮は益々、図に乗ってくる。
怖いものなしのボンボンが、世襲で主席になっているからやりたい放題だ。
子供の火遊び感覚で、原爆を試し打つことも考えられる。

なぜ、ジェームスボンドがいないのかが判らない。
世界各国に散っているCIAの工作員や英国のスパイが潜入できないか?
肌の色が違っていれば、在米韓国人や日本人だって多いのに。

それとも、ピンポイントで、金の寝ている場所を爆撃してもいい。
無人機でも、朝鮮海峡に潜む潜水艦からの巡航ミサイルでも可能だ。
できれば、軍隊にクーデターを起こさせるのが理想的だが。

国連が、世界平和に貢献できない、無駄遣い機関であることが再び明確になった。
安保理が、何を決めても、何を呼び掛けても効果がないことも理解した。
『国連至上主義』の社会主義者は、これで現実を受け容れるかもしれない。

その安保理でも、中国だけは慎重姿勢を崩さない。
中国が恐れているのは、北鮮の滅亡で日、米、韓の力関係が増してゆくからだろう。
中国に関心を注目させるよりも、北鮮に釘付けにしておいた方がいい。

が、折角手馴づけた韓国の朴大統領から『肘鉄』を喰らった。
宛てにならない中国よりも、遠いが頼りになる米国への信頼が深い。
そして、同様に、中国よりも日本の有難味が嬉しく感じられる、朴大統領は、漸くにして理解した。

が、何時までも『制裁』だけに留まる訳には行かない。
制裁を繰り返しても、何らの効果も発揮してこなかったからである。
そのうちに、本格的な『核保有国』となり、国際社会は恐怖に晒される。

なにが、 恐怖なのか?
何を仕出かすか判らない! というのが恐怖だろう。
目の前の日本だって、脅せば身代金を出すかもしれないし。

吾が小学校時代に、『夢の国・北朝鮮』に帰還する写真が報じられた。
日本人妻も一緒に異国の地を踏み、豊かな生活に踏み出す、筈だった。
が、上陸した途端に身ぐるみ剥がれ、行方知れずが多い。

北朝鮮に渡ってきたことを悔やんだに違いない。
祖国の家族と、再び会えぬことを予期したわけではない。
むしろ、夢の国に、ユートピアに、両親を呼び寄せたいとも願った筈だ。

そう! 『夢の国』だと囃し立てたのは、天下の朝日新聞だった。
毎日、船を見送る家族、デッキから手を振る帰還者、幸せな光景を報じて見せた。
朝日新聞を購読していないから判らないが、今回の弾道ミサイル実験を、どう報じているのだろう。

大東亜戦争の必要性を論じ、大本営発表の戦果を大々的に報じた朝日新聞。
戦争に反対する日本人を、『非国民』だと批判した朝日新聞。
北朝鮮を『地球の楽園』と、嘘の幻想を抱かせた朝日新聞。

あの新聞は、今の北朝鮮を、どう見ているのだろうか?
あの新聞が論評していることと真逆の方に、真理があると思えばいい。
それにしても、国会で『北朝鮮の行為を批判し、我が国の安全保障確立』を求める決議が。

満場一致だったらしいが、社会党なども賛成したのだろうか?
だって、安全保障を高める法案には反対したではないか?
政治がよく判らなくなってきた。
08:00  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.02.07 (Sun)

マイナス金利

やっぱり! というべきか、甘利大臣は辞職を迫られた。
誰から迫られたのか? 己の周囲で行われた事実を知って~だ。
秘書がカネをくすねて、飲み食いに使っていた。

秘書の世界では、政治家の知らない部分で、汚い金銭の遣り取りが展開されている。
親分の名を騙って、銭を要求する秘書なんてザラだ。
が、それに見合う仕事をしていないから、いつかはボロが出る。

秘書時代に、大学ОB代議士の部屋を訪ねた。
議員会館の部屋には代議士は居ない。
やはり大学ОBの秘書が居て、『坂元!メシ食いに行こう!』と。

会館地下二階の食堂で、特上の握り寿司を注文している。
『俺はラーメンでいいです!』と断りを入れると、『どうせ先輩のカネだから』と。
そのうちに、女性殺人事件犯人として逮捕されたが、その後どうなったのか?

大学時代は、1年でも先輩ならば、後輩の分も支払う。
後輩は、ただ『ごっつあんです!』と礼を述べればいい。
その為に、36時間の『寝ずのバイト』で稼がなければならない。

バイトに通う時間が無い場合もある。
その時は、『一六銀行』すなわち、質屋に腕時計などを預ける。
3千円ほどしか貸してくれないが、急場凌ぎには役立つ。
が、請け出す時の金利は高い。

以前に、住宅ローンについて書いた。
13パーセントを超える金利で、払い終わった時には元金の3倍を支払った計算。
経済成長期の、高金利を経験した人は少ないだろう。

貸出金利が高いということは、預け入れ預金の金利も高いということ。
定期預金金利が、7パーセントが普通、という時代があった。
2千万円、定期に預けている定年退職者は、年金利140万円。

その金利だけで生活できるから、年金は積立預金で、再び定期に。
現金を持っている人は、ますます富み、借金を抱えている人は逆に深みに嵌まってゆく。
富める者と、貧しさが増す者、その落差が大きくなった時代と言えよう。

カネ余り現象の時代だから、当然、不動産物件に目が付けられる。
市街地周辺の土地が値上がりしたのも、その時期だ。
そして、飫肥の街では、分収林権利が売買され、談合が相次いだ。

平部さんと云う、祖父の姪の婿殿だが、この人も山林売買のブローカーを。
『~さんが山林を入札するらしい!』という情報がもたらされると、木材会社とつるむ。
そして、入れ札の額を決め、他の応札者に連絡する。

不落に終わった業者の代理人には、『談合金』が支払われる。
落札しても、不落になっても、ブローカーは困らない。
懐に入った談合金で飲み屋街を闊歩し、オンナを口説いてゆく。

吾は、ちょい間のカネに困ると、平部さんに連絡する。
『一応、借用書は書いてきて!』と、折り返しの電話が。
『サダさん』というおばあちゃんが、封筒に入れたカネを渡す。

『近所にいた婆さんで、遺族年金で貯金をイッパイ持っていて!』と平部さん。
『でも、期間は短くても金利は高いよ! 裕ちゃんじゃからマケとくとは言ったが』と続ける。
なるほど、定期に預けるよりも、町金の真似事の方が儲けが多いのだろう。

そういう時代を経て、経済発展とバブル、好景気と不景気を繰り返す歴史を辿った。
日本だけが経済成長する訳ではないから、世界経済の荒波を見通す力が必要になる。
不景気では公共事業を!という時代は終わり、世界の潮目を見るマクロ経済政策が迫られる。

が、公共事業頼みの時代の借金が、重く圧し掛かる。
なにしろ、1年に300兆円もの経済対策を打った時代もあったから、とても返す目途はない。
ないけど返さなければ、後世で負担できる金額では無くなってきた。

どうやって返すのか?
税収を伸ばすしかない。
税収を伸ばすには、景気を大きく前進させるしかない。

が、万策尽きているのである。
設備投資を行って生産性を増やし、輸出量を増やすとともに、企業の収益も高める。
設備投資を誘うには、金利を安くして資金を融通してやらなければならない。

そうやって、懸命に誘導するのだけれども、笛吹けど踊らず~である。
金融緩和、金融緩和の繰り返しでも、景気の上昇はない。
仕方がないから、金融緩和を通り過ぎてマイナス金利にしてしまった。

銀行は、顧客から預かったカネを日銀に預けて金利を得ていた。
本来ならば、市中に貸し出して金利を稼ぐのが利益も多いのだが。
借りたい人には貸せられず、貸したい人は借りてくれないのが現状だ。

市中銀行も、預かったカネを、誰かに貸さなければメシが食って行けない。
低金利の時代だから、預けた人にはタダ同然の金利を付け、借りた人にもタダ同然の貸出金利。
銀行に余っているカネは日銀に預け、多少なりとも金利が貰えた。

が、マイナス金利になると、逆に手数料が取られるようになる。
手数料を払うよりも、少し危うい貸出先にでも融資を!と促したい日銀。
このままだと、銀行自体の破産も近いかもしれない。

銀行は、定期預金よりも信託証券を!と、目先を変えて来た矢先のマイナス金利。
日銀は、政府発行の国債は買い支えしなければならないし、世界からの信用は堕ちてゆくし。
東京証券市場での株価の乱高下、景気の先行きが不透明過ぎる。

が、かってはスイスやスウェーデン、デンマークも採用した『マイナス金利』
世界の金融市場そのものが、先行き不透明ということか?
タンス預金も、泥棒と火災には危ないし。

かといって、銀行に預けてもタンスと変わらないし。
不動産投資は、もっと先行き不透明だ。
だったらタダ同然の山林を買って、造林で健康稼ぎでもやるか!
15:53  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.02.05 (Fri)

『バス専用レーン』

昔は『省営バス』と呼ばれる乗り物があった。
鉄道省が経営するバス会社だから、国営のバス会社だ。
やがて、ツバメのマークを付けた『国鉄バス』に名を替える。

酒谷村の隣は、北諸県郡中郷村。
山を隔てる隣村だが、国道222号線で結ばれている。
砂利道で、クネクネと曲線が多く、上り下りの大きな砂利道であった。

が、油津で水揚げされたブリやマグロは、この坂道をトラックで運んでいた。
都城は、仲卸問屋が多くて日南の行商は、都城に品を求めた。
が、交通の便が悪くて、遠く志布志経由の鉄道に頼る。

酒谷村長だった坂元末盛は、中郷村長と諮って、省営バス運行を企図して実現した。
一日に4便ほどが、油津と西都城を直通で結んだ。
その路線に、『バス運行県下独占』を狙う『宮崎交通』が参入を試み、政治的に動く。

県内、小林、西都でも同様の動きを見せ、成功して味をしめている。
国鉄は、坂元を『国鉄バス運行協議会』の会長に据えて、宮交の企図をくじく。
そのうちに、宮崎交通は路線申請を諦めた。

諦めた後に、国鉄の赤字問題が国政課題となり、大幅見直しだ。
そして、都城直通はもとより、全路線の廃線が決まってゆく。
マイカー普及に、路線バスは敗退したのである。

『100万人の娘たち』という映画が、宮交バスガイドをモデルとしてヒットした。
同時に、ツートンカラーの宮交バスも名を上げ、県内を独占するバス会社として君臨する。
岩切章太郎翁が『我が世の春』を謳歌し、県観光行政にも影響を持つ。

が、県内バス路線制覇は果たしたけれども、今度はマイカーに押され出した。
国鉄を追い出して運行開始した路線も、次から次に廃止してゆく。
『廃止がイヤなら、運行補助金を出せ!』で、行政から支援を受ける。

それでも赤字が続いて、監督官庁から指摘されて撤退。
代わって市町村は、コミュニティーバスの運行を迫られる。
最後には、県民にしわ寄せが来る構造なのだ。

県議会で『建設企業常任委員会』に所属していた時、橘橋の渋滞緩和を願った。
吾のように、南向きに帰る者にとって、南詰の右折車両は邪魔だった。
右折帯が短いから、直進が渋滞するのである。

『国土交通省と話して、中央分離帯を撤去したらどうか!橋の上に花壇を設ける必要もないのでは!』と。
早速に、税所総括次長が掛け合って、分離帯撤去、右折帯延長でスムーズな流れが。
朝の早い時間は、ノンストップで高速に行ける。

3日、宮崎市内で会議があって懇親会、キャンプで満杯のホテルを、なんとか確保した。
普段なら早朝の5時半ころにチェックアウトするのだが、3か所ほど所用があるから7時半頃に。
ホテル駐車場の出口から、前の車が左ウインカーを点けたまま動かない。

バス専用レーンで、1車線塞がっているのである。
警察官が10メートルおきに並んでいて、専用レーンから排除している。
橘橋も、1車線しか走れないから、渋滞で動かない。

専用レーンを走るバスは、明らかにスピード違反で走行している。
が、眺めていると、乗客は皆無である。
空気を運ぶバスが、スイスイと風を切って走っているのである。

『なぜ、乗客が居ないのだろう?』と、動かない車両の中で、わが身に置き換えて考える。
家から、歩いて5分までならバス停に向かうだろう。
が、目的地がバス停から遠いならば、マイカーを利用するだろう。

と、いうことは、自宅も勤務地も、バス停から遠くなるとバスは利用しない。
特に、雨の日には、マイカーの渋滞、この上ないだろう。
僅かに乗客が多かったバスは、中村交差点を右折した長距離バスのみだった。

思い起こせば、宮交さんには随分と税金を投入した。
過疎バス運行助成,低床バスを購入するときの補助金、何よりもバス停や専用レーンの建設費。
赤字に喘いでいると思っていたら、宮交ホールディングスは黒字決算が続いている。

道路を建設する財源の主なるものは、『道路特定財源』
自動車税やガソリン税などが宛てられている。
片や、バス運行燃料には免税措置が施されている。

バス専用レーンは、道路特定財源を納税する人達が負担して造られ、お返しに渋滞を貰っている。
バスは、税金を免除され、特定財源を納めていない人達を、スイスイと運んでゆく。
随分と矛盾し、随分と不公平な扱いだなぁ~!と思いつつ、渋滞を辛抱した。

早朝から配備される多くの警察車両と警察官。
徹底しても、違反者が出るだろうから、取り締まりと違反切符の被害者が。
空港に急いでも間に合わずに、乗り遅れる県民。

早朝から、『空気を運ぶバス』の犠牲を強いられる県民。
だったら、公共交通機関しか利用できない都市形成にしたらどうだろう。
そうなると、中心部と過疎地の平準化が図れるかも。
04:00  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.02.02 (Tue)

『一笑一若』

幼いころは、笑窪が両方の頬にあった。
笑うと極端に凹むから、それが『可愛らしさ』に繋がっていたらしい。
今では、片方だけが極端に凹むが。

中学生から高校時代、面白いことがあると大きな声で笑っていた。
ワザとやっているのではないのだが、『あっはっは』と、大声が出てしまう。
クラス全員が笑っている中で、いつの間にか皆が振り返って吾を睨んでいる。

高校2年の時、小学生が吾を呼びに来た。
『本町橋下の河原で、高校生が待っている!』と言うのだ。
行ってみると、私立高校生と思しき男子生徒が10人ほど。

吾を取り囲んで、『オンナの子と歩いていて、ミヤガッチョルんじゃないか?』と吐く。
『なんでそんなことで呼び出されなきゃあいけないのか?』と笑顔で。
『なんじゃ、その態度は!』と言うが、手出しはしなかった。

月曜日の1時限目、ホームルームの時間に、吾を含んだ3人が担任から呼ばれる。
前に出てゆくと、『髪が伸びているんじゃあないか?刈り上げているんだろう』
そう言って、指に髪を挟んで伸び具合を見ている。

『今から床屋に行って、刈って来い!』
今町の門川理髪店に行くと、『今日は月曜日で休業だ!』と。
仕方ないから、『一筆、書いて下さい!』

それを担任に提出した。
『そういうことが生意気なんだ!』と、気の毒そうに笑みを浮かべた吾を睨む。
歯軋りしながら、『絶対、明日は刈れよ!』と、怒りを隠しながら。

学生の頃、先輩が説教を垂れる。
語彙に間違いがあったので、ニヤリと笑うと激昂した。
『1時間、座禅を組め!』との制裁が。

可笑しい時には、笑う。
不謹慎な場所では、下を向いて忍び笑いする。
笑うと相手に失礼な場面もあるから、笑いもTPОが必要だ。

『笑わん殿下』と呼ばれた政治家がいた。
三木派を継いだ、河本敏夫衆院議員だ。
造船屋の財閥だったが、笑顔を見せたことがない。

『笑ったら可愛いねぇ~!笑窪も素敵だし』と、女性から言われること度々だった。
選挙用の写真撮影でも、『もう少し、笑顔を作ったら!その方がいい写真が出来るのに!』
そう言われるが、作り笑顔に至るまでに、頬が引きつってしまう。

座談会を開いても、真剣に政策を語るから、笑顔とは程遠くなる。
笑顔は親しみを呼ぶ!と判っているが、ぎこちなさが際立ってくる。
『話は上手いけど、取っ付き憎いよなぁ~!』で、選挙に苦労した。

昨夜の、『鶴瓶の家族に乾杯』。
『コマーシャル撮影で慣れているから』と、絶妙な笑顔を見せている。
『なーんだ!笑顔はつくれるのか?』と、感心してしまう。

ゲストの加藤茶が、色紙に『一笑一若』と書いた。
笑いが多い程、若くなるということなのだろう。
だったら、吾は老いて行く一方になる。

自身でも思うが、最近、余り笑ったことがない。
思い出し笑いもないし、テレビも笑える場面はないし、書物も深刻な内容が多い。
車で走っていても、とても笑いを誘うような番組に出くわさない。

自ら、笑いから逃げているのではないのに、笑いが少ないのは何故だろう。
笑いを忘れているから、笑窪も消えているかもしれない。
16:21  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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