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2016.01.30 (Sat)

靴の間違え

父は、満鉄から引き揚げて、酒谷村役場に勤務していたらしい。
経理が得意で、算盤を弾かせれば右に出る者はいなかった。
が、三男坊だったから坂元家に婿養子に入る。

坂元家の長男は、法務省に勤務していたから跡取りが居ず、父にお鉢が廻って来た訳だ。
当時、祖父が村長をしていたから、父は逆らえずに婿に入った。
『仕事ができる』と期待されて、坂元家の後継者に座ったのである。

が、百姓仕事の経験はない。
仕事の要領が判らず、常に祖母から罵倒されていたらしい。
父は、2歳の幼い双子と、母を残して実家へと帰って行った。

幼いころ、『お前たちのお父さんは、足半を作ることさえできなかった』と、祖母は幾度も言い聞かせた。
『足半(アシナカ)』は、足裏半分の草鞋のことである。
当時は、野良仕事に欠かせなかったから、天候不良の暇仕事で造っていたのだろう。

戦後の復興途上で、モノ不足だったが、草鞋で学校に通う子供は見かけなかった。
が、粗末なゴム靴を引っかけて登校する子供が多かった。
吾らは、布製のズックを履かされて通ったが、冬は霜柱が沁み込んで冷たい。

が、それが当たり前だから文句は言わない。
裸足でズックを履き、教室では靴を脱ぐから冷たくて仕方がない。
今なら耐えられないが、当時は馴らされてしまっている。

黒木先生は、革靴の底と前部を残したものを『上履き』としていた。
渡り廊下を歩いてくる音が大きいから、直ぐに黒木先生と知れる。
声も大きいが、拳骨も痛いので、足音が聞こえたら、みんなが散って行った。

県議会議員寮は、共同便所に共同風呂。
浴槽で体を洗うのが居るらしく、朝風呂に行くと垢が浮いている。
それをすくってまで入ろうとは思わないから、冬でもシャワーだけで済ませていた。

独自のスリッパを持たないから、トイレや風呂で、履いてきたものと違うのを履いて行くのがいる。
吾は温泉地でもそうだが、他人が履かないように端っこに抜いておく。
それでも履いて行く議員が居て、不潔極まりない。

が、残っているのを履かざるを得ないから、不衛生でも我慢する。
我慢していたら、左足だけに『水虫』が発症した。
今でも根治していないが、不思議と右足に移らないから感心している。

感心しているが、ひょっとして右足だけ感染している『同憂の士』がいるかもしれない。
その方は、多分に宴会場か何かで、吾のスリッパを履いたのだろう。
それを思い出すたびに、他人の履いた『履物』を嫌悪するのである。

ある割烹で宴会に招かれた。
生憎の雨で、その日に初めて使用する傘を用い、玄関の傘入れに挿した。
取っ手には氏名が彫ってある、1万円以上の値がする傘だ。

帰りに探したけれど、処女の傘が見当たらない。
女将に、『他の宴会は、どこの団体か?』と糾した。
『農協関係の宴会です』と恐縮している。

それから、その宴会場で催される行事には欠席した。
『あそこは客筋が悪いから、出席しない!』と断るのである。
氏名が彫ってある傘を盗んで、使用する為に、削って消すのだろうか?

後援会の『県政報告会』をやり、その後に会費制の懇親会を催す。
必ず!と言っていいほど、帰りに『靴が無い!』と騒ぐ。
来てくれた人は判るから、電話を入れて『間違いないか?』を問う。

『裕水会』という組織があったが、彼らは後援会会合の度に『下足番』を買って出た。
履物を間違われてウヤムヤになると、足を向けないようになる!という訳だ。
なるほど、昔の宴会場には、気の利いた『下足番』が控えておられた。

先日の投書欄に、宮崎市のYさんの投稿があった。
『日南市で、靴を間違われた』という無念さを示すもので、女性の方だ。
間違って他人の靴を履くほど、靴に馴染みがないのだろうか?

まさか、自分のより『上等』だから~と、履いて帰るのだろうか?
他人が履いていたものを履くということに、違和感と不潔感を覚えないのだろうか?
吾の靴は少し大きめだから、履いて帰ってもブカブカだろう。

でも、モノ好きな人がいて、履いて帰るかもしれない。
宴会場では、簡単には手が届かない、一番の高所に置くことにしている。
Yさんは、食事の後に気付いて、店のスリッパを履いて帰ったらしい。

また、日南は、馴染みの客を失った。
吾が割烹を嫌った如く、Yさんも二度と訪れまい。
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15:38  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.27 (Wed)

『底辺』の喘ぎ

金柑園で、母娘が金柑を摘んでいる。
収穫ではなしに、剪定鋏で下に落としているのである。
『寒波にやられて凍ってしまった!落とさないと実を付けなくなるから』

今年の金柑は色付きが悪く、ろくに収穫もしていない。
道の駅に野菜を運ぶ最大の農家だが、『持ってゆく野菜が無い!』と嘆く。
暖冬で異常に太り始めた『葉野菜』が、霜焼けで売り物にならないらしい。

先日の月曜日は、森林組合の朝礼に出席する予定だった。
『どの道を走るか?』と迷っていたら、常務が電話で『危険だから見合わせて下さい』と。
それで、クヌギの枝打ちに向かった。

なるほど、道の駅付近で『交通止め』にしている。
長大橋の『坂元橋』が凍結し、滑りやすくなっているようだ。
山に行くと、西側斜面は雪が融けずに残っている。

地下足袋の中に、靴下を2枚履いている。
靴下と靴下の間には、『足用のカイロ』が入れてある。
が、雪に触れると沁み込んで、地下足袋を濡らしてゆく。

帰宅すると直ぐに、風呂で温まろうと蛇口を捻る。
が、お湯が出てこない。
『断水か?』と、水道管理者である隣家を訪れると、『俺も今、気付いた!』

配水池に行ってみると、水源地からの水はろ過装置を経由して配水タンクに。
50トン近くを貯水する設備だから、これが空になることは考えられない。
手分けして、ダム工事現場と道の駅に。

昔から、上水道に恵まれない集落だった。
ダム建設の補償工事で水道施設を造ったが、施設が大きいだけで用を為さない。
高低差を考えていないから、水が出ない家庭もある。

日南市に、小規模水道施設建設を願ったが、埒が空かないのである。
県に願って、『中山間地域総合整備事業』の導入を決めた。
『農業用飲雑用水』として、施設を造るのだ。

水源は、石原川源流の伏流水。
『坂元棚田』に引いてある水路沿いに『導水管』を敷設し、集落までの3キロを辿る。
途中、管理用を兼ねて、これも県の助成で、2キロの林道を開設。

総工費、1億数千万円を要して、完成した。
完成したら直ぐに、市役所が道の駅へと水道管を敷設。
『盗水』の如く、とりかかりが速かった。

道の駅も水に困っていて、毎日のように消防タンク車で運んでいたから、これ幸いだったろう。
水道管は、県道敷地を剥き出しのまま敷設し、国道の横断は『横断溝』を横切った。
道路管理者は、『推進工法』での敷設しか認めないから、これは違反行為だ。

道の駅は、貯水タンクの清掃を終えて、正に水を溜めようとしていた折。
彼らも困っていたから、導水管を辿って山肌を昇る。
が、漏水している個所は見つからない。

水道管理者は、配水タンクからの出水を止めて、朝を迎えたらしい。
早朝に訪ねると、『だいぶ溜まっているから、そろそろ出しましょうか?』と言う。
『ちょっと待って! それ前にダムに配水しているのを止めた方がいい』

それから漸く、水が出だした。
『原因はダム周辺だったろう?』と聞くと
『うん!40ミリから20ミリに繋いであるところが破れていた!』

40ミリのパイプが、常時、水を吐けば、瞬く間にタンクは空になるだろう。
『当分、ダム事務所への配水は止めておいた方がいい』と申し上げておいた。
吾らが困窮している時、道の駅は消防タンク車の出動を願ったらしい。

日南市民の水瓶、酒谷川の源流に住んでいて、飲み水に難儀している。
多くの自己負担と、多くの労役、そして多くの維持費を捻出して生活している。
正に、身近な筈の『市行政』から隔絶された『暮らし』なのである。

過疎に喘ぎ、高齢化で『明日が見えない』お年寄りの、生活すら顧みられない。
標高は高い場所だけど、行政の暖かさは感じられない『寒い』底辺である。
日南市議会では、『底辺』という言葉は、『差別用語』らしい。

差別という言葉は、多分に『属人性』を指している。
そういう点で言えば、吾の住まいする地域は、『属地的』に差別されている。
『行政恩恵』にほど遠い、差別された地域である。

斯かる意味から申せば、『差別用語』と言えなくもない。
16:37  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.24 (Sun)

避けられぬ『甘利辞任』

政務調査費を詐取した元・兵庫県議。
マスコミを恐れて裁判所に出廷せず、勾引状で召喚させられることに。
号泣会見を開いた割には、胆の小さい男だ。

北九州市議会では、長期欠席で報酬を手にしている市議会議員が。
3千万円以上も懐に入れて、陳情処理は『秘書に任せていた』と。
厚顔無恥な選良?がいたものである。

なんと、同様の事案が宮崎市議会でも。
この人も病欠らしいが、見逃されるとでも思っていたのか?
所詮、内部では多くの議員が承知しているから、明るみは時間の問題だったのに。

日南市議会でも、同様の事案があった。
辞職には本人の意思確認が必要だが、意識がないから困難だ。
二人の事例があったが、双方ともに任期の限りは公費が支弁された。

職務の対価として支弁されるが、職務を怠れば『根拠のない支出』となる。
返上しても『公選法』の寄付行為に当たるから、選挙区外の社協などに寄付するしかない。
受け取っても批判が、返上しても法律違反なのである。

徳島かどこかで、市議の関与する会社敷地付近のガードレールを外した議員もいた。
公道の安全を維持するために設置された施設を、自社の都合で撤去する。
呆れ果てた議員だが、『撤去したガードレールは盗まれた』と。
間違いなく、本人が屑鉄業者に売買している筈だ。

高木・震災復興大臣が、若い時分に行った『パンツ窃盗事件』
事実無根と言い逃れているものの、当時の捜査官が『事実だ!』と。
品位無き下司な男だが、これが大臣の任にあるから情けない。

週刊文春は、甘利大臣にまつわる贈収賄、政治資金規正法違反をスッパ抜いた。
現金を供与した本人が文春に持ち込んでいるから、逃げられないだろう。
それに、一万円札の新券番号までコピーされている。

何よりも、録音テープが存在することが、事実の証明になる。
請託や現金授受への対応に慎重さがみられないのである。
見られないのは、それらの行為が日常茶飯で、感覚が麻痺しているからだろう。

国土交通省の局長、担当した都市再生機構の職員が、証人喚問されればアウトだ。
世間一般で言う『口利き』だが、依頼者の『金銭的利益』に関することだから『賄賂』に当たる。
随分と、秘書諸君は『接待や金銭授受』に慣れ切っているのが、永田町住人らしい。

虎屋の羊羹に、50万円入りの封筒。
封筒だけを懐に仕舞う大臣の仕草、永田町の各所で展開される光景だ。
が、請託されたのに『口利き』の効果を発揮させぬから、表沙汰になるのである。

そして、贈った側も、いい加減な対応で臨む『永田町人』の習性を見知っていた。
いたから、最初から証拠を残そうと謀った。
身に覚えのある『永田町人』は、全員が事後処理を急ぐかもしれない。

ただ、記事で気になったのは、隣接地への再生機構の対応だ。
産廃が埋まっているなら、全てを掘りあげて処理しなければならない。
にも拘わらず隣接地ではそのままに、数十億円の買収金額を支払っている。

請託側と隣接地への対応の違い。
ここに疑惑が感じられると、吾は行間を読み取った。
新たな事件に派生するのかもしれない。

大臣は、確かに一連の『秘書の行動』を知らなかったかもしれない。
しかし、本人が請託の内容説明を受けている以上、逃げられない。
それに、秘書の行為は政治家本人の行為と同じだから、責任は伴う筈だ。

どうも、『政治家の劣化』は事実のようだ。
一度、政権を担った民主党も、対案を示さず共産党と一緒になっている。
衆院議長に全面委任した『一票の格差是正』をも、反故にしようとしている。

先日は、スマップの解散騒動が『トップニュース』になっていた。
『報道のNHk』ですら、ニュースで取り上げたのである。
そして、国民も一喜一憂していた。

おまけに、国会の予算委員会でも、総理の所見が求められた。
芸能ニュースと重要閣僚のスキャンダル。
同じレベルになっているのが微笑ましいのか?嘆かわしいのか?

政治の分野、政策の分野、芸能の分野。
いずれの分野にも、興味が湧かなくなった。
08:57  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.21 (Thu)

合併後の廃墟

『坂元組合長は、具合が悪いと聞きましたが~!』
県西の農林振興局長が、スナックでの二次会で。
何か、情報が伝わっているのだろうか?

小林市で、県南部の森林組合長と、県幹部との意見交換会。
林業関係の懇談を定期的にやろうと、今回は西諸地区の当番。
補正予算と、来年度予算での林業対策要望は欠かせない。

9日に新年会で呑んで以来のアルコール。
『さとうはロックが旨い』と、持ち込んだ一升瓶を組合長がかざした。
が、吾は通常通り、お湯割りで頂いた。

最初、小生ビールで乾杯したが、食道から胃に下る様を感じる。
寒気に覆われているから、それだけで体温が下がってくる。
飲み干した後に顔にほてりがでるから、久しぶりに五臓六腑が驚いたか?

コップを飲み干す前に注ぎ足すから、かなりの量を呑んだだろう。
トイレの鏡に顔を映すと、赤味がさしている。
滅多にないことだから、肝臓が警告しているのかもしれない。

二次会でも、吾のコップは干し方が速い。
両隣を見ていると、吾が3杯の時、まだ御代わりしていない。
が、カラオケに酔い、調子よく振る舞っているから、呑みの方法が上手いのだろうか。

4合以上は呑んだであろう。
が、酔いはまったく感じない。
部屋に帰ったのが11時。

酔っていないから、眠気も感じない。
仕方ないから、小説を1時間ほど読んで寝た。
が、1時間ほどして目覚め、再び読書で、夜が長かった。

懇談会の時、市町村合併による『効果』についての意見が。
町政の時は、活発な意見を呈し、積極的な取り組みを見せていた職員が、嘘のような静けさだと言う。
誰が、どの分野のエキスパートなのか、判然としないらしい。

組織が大きくなると、埋没を余儀なくされる職員が多くなるのだろう。
それに、行政トップとの距離が空きすぎて、風通しも悪くなる。
そうなると、当然ながら覇気をも失う。

『旧町役場で、ポツンポツンと部屋の明かりが灯っているんですよ!』と。
数十人以上も居た職員が、一桁にまで減って、無残に見えるらしい。
『コンビニで、各種証明書などが取れるようになると、用無しですねぇ~!』

マイナンバー制度で、コンビニが役場の窓口を担うことになる。
そうなると、旧・役場に職員を配置する必要はなくなる。
後は、『廃墟』を待つだけだろう。

かっての役場周辺は、職員や関係住民の意思疎通の場が、数多く存在した。
勿論、昼食の出前を担う食堂や、二次会に備えるスナックが。
それが、市に吸収されると共に、消え去っていった。

『対等合併だよ』と言われても、そうではなかった。
市役所本庁舎が圧倒的に強い権限を持ち、職員の序列も染められてゆく。
『住民福祉の向上』とは、逆の結果に至っているのが寂しい。

でも、全国至る所が、同様の悲哀を味わっている。
都城も、『サブシティー構想』が謳われている一方で、旧・大丸跡地周辺の再構築が。
つまり、『中心市街地活性化』という厄介者だ。

大丸跡地を言うなら、なぜ、役場周辺の『寂れ』に手を打たないか?
つまり、その場凌ぎの政策で、確たる展望があるわけではない。
似たような政策を、最近、とみに耳にする。

『地方創生』がそうだろうし、霞が関官庁の地方移転もそうである。
それらの政策で、地方が活性化する『期待感』は抱かない方がいい。
実現しても、効果を発揮しないからだ。

『文化庁』を、京都に移転しようという考えが示されている。
『地方移転』に尻込みする官庁を押さえつけられない『政治の弱さ』を感じる。
これを超越しなければ、中央集権の悪弊は絶てない。

が、文化庁が京都に移転して、どうなるのか?
文科省は霞が関にあるから、そっちの管轄下にある。
飫肥の『伝統的建造物群』について、文化庁と協議を行う。

文化庁は文科省と協議しなければならないから、市の職員は京都から霞が関に。
今までよりも、出張経費と時間が多くなり、無駄が多くなる。
こんな『地方移転』なんか、願い下げだ。

国でも、県でも、市町村でも、発展する中心と、寂れる周辺がある。
そして政治家も役人も、中心に胡座をかいているから、吾らの存在に気付かない。
気付かないのに、気付いたフリをして政策を語るから、国民は諦めるしかない。
12:55  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.17 (Sun)

『9条』よ!北鮮を撃破してみよ!

西都市のSさんが、『軍事優先では平和保てない』と投書に。
憲法第9条で、70年間戦争せず、一人の戦争犠牲者を出さなかった!と。
戦争法を批判し、武力が戦争の抑止力になることに反対している。

『戦争法』と、革命勢力やマスコミは表現しているが、どこにそんな法案があったのか?
曲解を招く表現を、頻繁に使うのは『曲解させたい』からだ。
『安全保障法案』と言えば、妙に国民が納得するからだろう。

が、新年早々、国民は『予期せぬ事態が起きる』可能性を感じた。
北朝鮮による『核実験』で、無法者の『読めぬ行動』に恐怖したのである。
特に、今までは何となく『中国が抑止するだろう』と見ていたのに、違うことを悟った。

恐らく、韓国よりも日本をめがけてミサイルを放つのではないのか?
中国に追い詰められ、韓国と戦っても敗北が決定的だから、日本の原発でも。
あの『単細胞』指導者が、間違いを起こすことを日本人は恐れ始めた。

恐れていないのは、西都市のSさんや、非難決議を棄権した山本太郎達だ。
もともと『拉致問題』は、デッチ上げだ!と言っていた社会党さんたちも同類。
民主党の中にも、北鮮にシンパシーを感じる人がいるから、日本は舐められている。

戦後70年、日本の平和は何故に保たれて来たのか?
米国の核の傘にあったからこそ、保たれて来たのに、それを認めたくない社会主義者がいる。
認めたら、恋しい中国や北鮮と仲違いしなければならないからだ。

『日米安全保障条約』で、今からは判らないが、今までは平和が保障されてきた。
今までは~と言うのは、今から先、米国が日本を護れるのか否かに、疑問符が灯き始めたからだ。
それほど、一国の『安全保障』を維持することは、至難のことなのだ。

先日、『市長についての評判は、どうですかぁ~?』と電話が。
吾は、市長についての『評判』には関心が無い。
関心が無いのは、政争が激しいワリには、政策が語られない土地柄だからだ。

『市職組は、T県議を出すそうですねぇ~!』 
これにも関心が無いが、『どうして?』と聞いた。
『やっぱり、自分たちの身分を大事にしてくれる市長が望ましいからでしょう!』

そうなんだ。
社会党支持者と云えども、自らの立場を護るために市長をつくる。
これを『安全保障』というのである。

その御仁は、『市の幹部○○を出そうという動きもあります』
『どういう人達が担ぎ出そうとしているの?』
『今の市政では、油津から「天の声」が出てるらしくて、それに反発している連中ですわ~』

市の発注する公共事業で、ワリを食っている人達の反発なのだろう。
できれば、支援した市長に仕事を貰いたい!という損得の話。
日南市で永年続いている『因習』でも、関係者にとっては『安全保障』である。

農協から、『自動車保険の切り替えが来ています!』と。
全然、お世話にならない掛け捨て任意保険だが、いざと言う時が判らない。
これも、『安全保障』だろう。

森林組合に、『アルソック』会社の名刺がおいてあった。
急成長の警備会社だが、非常事態への即応が速いと言う。
24時間、宿直も居ないから『安全保障』を確保しておく必要がある。

『通学路が暗いから!』と対策を求められ、防犯灯、危険灯を設置する。
今や、コンビニに限らず、街中、至る所に監視カメラ、防犯カメラが設置されている。
犯罪が起きれば発揮する効果、大だから、これも『安全保障』だ。

廃棄処分された冷凍食品を横流しした、怪しからぬ業者がいた。
賞味期限が切れているのに販売していたが、期限を見るのは、自らの『安全保障』のため。
今の世の中、そこまで規制しなくても!と、思うほどに『安全』に配慮している。

『万に一つ』を予想し、対処しなければ世間が納得しないのだろう。
生命の『安全保障』の為に、健康診断を受ける。
万が一を想定して、生命保険にも加入する。

行政は、ガードレールを設置し、カーブミラーを立て、歩道を作って歩行者に配慮する。
全てが、市民に対する『安全保障』である。
が、国の『安全保障』には、知らぬフリである。

『平和ボケ』だろうが、その平和は憲法が築いてくれたと信じているバカがいる。
勿論、ホンキで信じている筈はないから、米国に護られている事実が許せないのだろう。
『だったら、自分たちで守れば?』と言うと、『イヤ!中国の機嫌を損ねたくない!』と言う。

ミサイルが飛んで来た時、第9条は『どうやって』迎撃するのだろうか?
沖縄に、中国軍が上陸したら、『第9条』の看板を立てるのだろうか?
立てたら、中国兵は撤退するのだろうか?

以前から、これらの疑問に応えてほしい! と言っているが、誰も教えてくれない。
『日米安全保障条約』を締結した時点で、既に第9条は消えて行った。
でも、『それで70年間が平和だった』と言うからには、拉致被害者も救ってくれるだろう。

何故ならば、拉致された同胞は『戦争犠牲者』ではないのか?
主権侵害するは、『宣戦布告』と同じ。  拉致は明白な侵略、略奪、行為だろう。
第9条が、きっと拉致問題を解決し、核ミサイルを撃墜してくれるだろう。
世界唯一の『ユートピア』国家に生きている幸せを噛みしめたい。

『第9条』を仏壇に飾って。



16:08  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.15 (Fri)

『縛り』を担う行政

朝起きて、山や畑に行く。
農道や林道は、国費と県費を投入した補助事業。
畑地は、友人から買い受けたが、市役所の農政課は不許可にした。

農地法で、一定の耕作地、小作地がなければ『農地購入』は出来ないからだ。
この法律が、現在の『耕作放棄地』増加の大因だと、農水省は悟っていない。
今、隣接する山林の、伐採跡地購入手続きを進めているが、地目は『畑地』である。

現況は杉山なのに、地目は畑地だから、固定資産税は農地で税額も高い。
以前は、『現況変更』で、農業委員会が職権で地目を替えていたのに。
捕れる税は多い程いい! という行政対応なのだろう。

吾の持ち山も、地目が『水田、畑地』が多い。
多いのに、農地取得を認めないのは、現況の矛盾に、目を瞑っているからだ。
その時は、所有する梅園、57アールを樹園地に替え、農地とした。

飫肥の市街地に、『昭和の街並み』を造ろうと発想したことがあるが、様々な規制の壁が。
『伝統的建造物群保存地区』だから、武家屋敷風は良いが、昭和初期はダメ。
木造家屋は、建築基準法と消防法の規制が待ち受けている。

その『善し悪し』を点検してゆくのが、市行政だろう。
国から県、県から市と、完全な縦割りで規制と監視を続けてゆく。
市民福祉の向上を願う、その『ゆとり』すら見失っているのである。

吾らが日常生活を送る上で、市の行政の恩恵は感じない。
上水道にしても自前だし、集落道路も自ら造り、維持している。
林地が崩壊しても、税は取っても修復はしてくれないから、言うだけ損だ。

畑の農業用ハウスが竜巻の被害に遭っても、自身で修繕する。
農道脇の側溝が埋まり、水捌けが悪くなれば、これも自前で修繕だ。
『これは売れる!』という農産物を教えてくれる訳でもないのに、農業関係職員が多く居る。

農林水産業で、市の行政が主体的に係わる事業は、皆無といっていい。
いいのに職員が多数、存在するのは国や県の下請け行政を担っているからだ。
『農業センサス』なんていうのが典型で、その下請け手数料で禄を食んでいるようなもの。

と、なると市役所で世話になる部門は、1階の市民課、税務課、国保課くらいか?
ここ数年、市役所に足を運んでいないが、必要とする窓口は1階に並べてある。
と、いうことは、相対的に、その他の部門は、市民とは無関係ということにならないか?

とある市の、市役所課長と懇談している時、『課員は何人か?』と聞いた。
『林務2人に水産2人、それに私ですわ!』と。
林務、水産関係に末端自治体が関与する事業はない筈だから、他の課と合体すれば課長一人削減できる。

以前は、都市計画、下水道、上水道、道路改良と、事業が目白押しだった。
が、最近では、完備したのか、事業費の不足なのか、市役所の工事現場を見ない。
視ないのに、職員定数を減らした!とは聞かないから、毎日が退屈だろうと、同情に絶えない。

以前、『市町村役場の職員定数は、如何程か?』と聞いたことがある。
『適正規模』とは聞かなかったが、全国平均を聞いた。
『だいたい、市民120名に1人でしょうか?』との答え。

日南市は、それ以上に職員がいる!と嘆く市民もある。
合併したばかりだから、市役所職員が多いのは当たり前だろう。
その定数を、順次、削減して、義務的負担を少なくするかが課題だ。

が、正職員が多いのに、臨時雇用の職員が多すぎる!と指摘する自治会長さんも。
臨時雇用と言っても、一定期間の雇用機会を担保しなければならないのだろう。
担保しても、雇用対象事業が終了しても解雇できないから、市民には『溢れ』て見える。

以前、『遊撃課』を設けたらどうか?と告げたことがある。
税務などのように、季節的に繁多な事務を抱える部署に、適宜に配置するのである。
尤も、連合最強の自治労所属職組が影響力を発揮する地域だから、それすらも叶わないが。

行政を監視する『議会』も、全国的に、存在感を発揮できていない。
どちらかと言えば、執行部の下請け機関に甘んじ、嬉々として賛意を表する格好だ。
手馴ずけた議員に情報を送り、質問に応える形を装って選挙を有利に導く。

県議会の時分に、随分と裏面を教えられたから、八百長ゲームが情けなかった。
手なずけて職員はほくそ笑み、議員を見下している。
逆に、毅然として論陣を張る方が、緊張感を呼び、恐れが畏怖、敬意に繋がるのに。

兎角、議員は群れたがる。
選挙間近になると影も形もないが、その間は議会を『サロン』化している。
議連の視察は季節と食い物で場所が決まり、慰安旅行のついでに視察する。

ITの時代と言っても、ネットで調べ上げた情報に従って、その確認に行く。
スマホなどを駆使しても、所詮は理解できていないことの証明だ。
『先進地視察』ならば、自らが先進地を模索し、モデルをやればいいのに。

ところで、成人式に保護者の席が設けられていた! と聞いた。
『成人』というからには『大人』だろう。
親も親なら、子供も子供、やっぱり選挙権年齢引き下げは早計だった。

保護者と言えば、行政トップの御両親が、熱心な『子息追っかけ』らしい。
吾の母なんかは、地元で開催される後援会にも顔を出さなかった。
周囲は不満だったろうが、母は『出しゃばりたくない!』という心境だったのだろう。

やっぱり時代の変遷は激しい。
吾なんかは、両親を行事開催付近で見かけたら、赤面して挨拶も躊躇うだろう。
もう、付いて行けない『世代』なのだなぁ~!

国は多額の財政赤字を抱えて、四苦八苦している。
たが、カネの流れる制度をつくり、県や市町村を指導監督する。
そして、末端行政までを縛って、国民を支配して行くのである。

が、吾らには恩恵は届かない。
市役所の行政がなくても、日常の生活にはコト欠かない。
コト欠かないで暮らしている市民ばかりなのに、何故か多くの職員がいる。

考えてみれば、行政機関の仕事は、『統計』づくりだけである。
生活保護世帯は? 有害鳥獣の被害は? 耕作放棄地の現状は?
国会での質問に対応できる資料作成が行政の仕事で、民の生存の為ではない。

やっぱり、地域起こしでも思うが、がんじがらめの規制では有効な手立ては出来ない。
安倍さんは、『規制緩和』なんて言っているが、特定の地域て『規制完全撤廃』するしかない。
縛りをつくり、その縛りを糧にして暮らしている『公務員』

彼らから、仕事を取り上げれば活力溢れた日本に生まれ変われる。
が、郷土は、それだけでは良くならない。
市民の『脳ミソ』を入れ替えることからしか、地域の発展は望めない。

その理由は、昭和、平成時代の過去を振り返れば判る。
なんと、ムダな歴史を繰り返したことか!

05:31  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.14 (Thu)

声変わり

子供の頃は、見えないところで声がすると『どっちかぁ~?』と祖母や母が。
双子の声が似ているから、判別がつかないのだろう。
吾も、弟の声を聞いて、『俺の声は、こういう声か?』と思う。

思うが、得心がゆく訳ではない。
が、友人と話していて、『えっ!裕一じゃったかぁ~!章二と間違って話していた!』と。
一卵性双生児は、究極の『クローン』だから、音声も同じかぁ~!

議会の最後部議席で、隣席の議員と話をしている。
本会議中だから、密やかに小さい声で。
が、議長や執行部席の部長達が、吾の方をチラチラと。

『話している内容まで、聞こえていますよ!』と部長が。
『声が、ヒタヒタと床を縫って聞こえてきます!』と議会事務局長。
知事の批判などを会話していて、知事にも聞こえていたのだろうか?と苦笑い。

学生時代、雄弁会では発声練習が日課だった。
屋上に並ばせて、『あえいうえお、あお』を、大声で発声させる。
大声を出すのは、応援団か、吟詠会か、雄弁会。

夏の合宿は、伊豆半島や信州だが、何れも人里離れた民宿。
海に向かって発声練習をさせられるから、嫌な合宿だった。
声帯が潰れて血を吐くが、吾だけは一度も吐いたことはない。

『声を潰さないと、長い演説はできないぞ!』と先輩は言う。
言うが、先輩の演説を、一度とて聞いたことがないのである。
第一、声帯を潰すのは浪曲師くらいのもので、演説には必要なかろう。

選挙になると狩り出される。
尤も、アルバイト稼ぎだから、三食付きの運動員である。
が、車上で連呼をやらされると、次第に声が嗄れてくる。

20分交代で連呼しないと、それこそ翌日には声が出ない。
街頭演説は、通行人の反応を確かめながらだから、好反応の時は力が入る。
入ると声帯に無理が来て、翌日には喉にしわ寄せが。

『早口ですねぇ~! 余り内容が判りませんが!』と、個人演説会で。
言いたいことが、次から次に浮かんでくると、自然と早口になる。
早口になると、声帯を痛めるからガラガラ声になる。
声帯を傷めない演説方法は、唄でもそうだが『腹式呼吸』だ。

カラオケも、上手ではないが、良くマイクを握る。
男性歌手の演歌は、高音の部分が出ないから女性の演歌を唄う。
女性は、元々がキーが低いのか、女性歌手の音域に届かない人が多い。

カラオケが無かった学生時代、どんな唄でも唄っていたのに、今は発声出来ない。
出来ないというのは、音域が徐々に狭まってくるのだろうか?
吾が青春時代の歌謡曲が、唄えなくなっているのである。

クリスマス過ぎ頃から、声帯に異変が生じて来た。
ガラガラ声もそうだが、満足に会話が出来ないのである。
年明けに大学病院に相談した。

大学病院での治療とは、因果関係がないと云う。
耳鼻咽喉科に電話して頂いたら、3月まで外来は受け付けられない!と。
『それでは!』と、地元の医院を紹介して頂いた。

吾を御存じ頂いているのか、『若いころからの演説が祟っています!』と。
長い時間、演説したり、挨拶を繰り返してきた人は声帯が疲労しています!とのご託宣。
カメラで映像を映し、見せて頂いた。

『ニクガがありますねぇ~!』と。
『ニクガというのは、肉の牙と書くのですか?』と聞いたら
『肉の芽と書きます!』と言って示してくれた。

なるほど、声帯の下辺に、乳歯の歯並びのようの小さな突起が。
全体の大きさからすると、数ミリのものだろうが、それが邪魔しているようだ。
『良性のものだから心配はいりません!2週間後に来てください!』

そして、挨拶での『言葉の区切り』、力を込める部分を記したペーパーを。
ということは、同憂の士が数多くいらっしゃるということだ。
『ヒソヒソ話は良くない! ゆっくり普通の話し方で』とも。 内緒話が出来なくなった。

やや、持ち直しの感はあるが、未だ正常とは言えない。
先日、新年会で二次会に流れ、スナックに。
焼酎のせいか、正常に声がでるような感じが。

が、友人が吾の『持ち歌』を入力したが、応じなかった。
声帯を無くした、佐世保市長の、『桟さん』だったか失念したが、不自由さを思い出した。
声を無くすと、手話を学ぶのか?

学んでも、相手が手話を不得手としているなら使えない。
だったら『筆談』だろうが、専用の端末を持ち歩くのか?などと鳥り越し苦労を考える。
政治家として、『演説』をウリにしてきたが、疲労の極みか?

加齢現象は、やはり『働かせた部分』に顕れる。
そうなると、『次』の部分を予測することは出来るが!
16:05  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.11 (Mon)

通信手段

帰って入浴、夕食まで、そして就寝前の、読書が日課になっている。
特に、時代小説が好きだから、好んでその種の本を探す。
探すが、司馬、海音寺、山本、吉川などは学生時代に読破している。

最近では、葉室の小説を読んでいたが、これも新刊を待たねば無い。
時代小説を読んでいると、時の流れの「ゆったり」に驚いてしまう。
なにしろ、互いの連絡手段が、徒歩によるものだから。

江戸にお伺いを立てても、結論が届くのは数か月先だ。
同じ藩内でも、使いを出して呼ぶか、自分から赴くか。
事の成就が見通せない程の時間だが、それだけに記憶力が優れている。

吾が幼いころ、集落で不幸があると、手分けして親戚筋へ告げに走った。
山道を、松明や提灯を点して歩いてゆく。
報せを聞いた方も、急いで身支度を整えて弔問に走る。

高校時代、近くの商店主が電話を取り次いでくれていた。
親切心からだが、しょっちゅう掛かってくるから、50メートルほどの距離が気の毒だ。
吾は、有線ブザーを設置して、一度コールは吾、2度コールは弟と聞き分けた。

学生時代、ピンク電話の9を、鉛筆などで急速に戻すと、市外局番のゼロに相当する。
そう聞いたから、喫茶店で試してみると、まさしく聞いた通りだった。
ある学生団体で寝起きの当番の時、その方法で遠距離の友と語った。

目を剥くような電話料請求が来て、吾らの不行跡がバレた。
『払え!』とは言われなかったが、一同、大目玉を食った。
多分、学生街の喫茶店も、莫大な損害を被ったであろう。

酒谷に移り住んで、『農村集落電話』に遭遇した。
集落に、回線が如何ほどあるか知らないが、常に『プー、プー』と話し中だ。
それから通常の電話に切り替わるのに、どれだけの日数を要したであろうか?

永田町では、車載の大きな電話機があって、代議士達が通話している。
肩からぶら下げる方式の、どでかい携帯電話機なるものも出現していた。
そして、『ポケベル』である。

電話加入権が、10万円以上、していたと思う。
吾は、宮崎市に2口、日南市に3口持っているが、公社に預けたままだ。
尤も、欲しがる者もいないし、価値は無いに等しいだろう。

価値は無いのに、法人の決算書などで『資産勘定』で出てくる場合がある。
額面が、どれだけ計上されているか、様々だが、時代遅れの感が。
でも、預かっている旧・公社は、どのように取り扱っているのか、これも承知していない。

公社といえば、吾の山林に電話線が敷設してある。
農集電話時代の名残だろうが、今も効用されているらしい。
その電話線を、素材業者が誤って倒した。

倒したままになっていて、NTTに連絡して、3か月が経過するという。
普通は、電力会社の電柱に附設するのだろうが、生憎と電力線は通っていない。
通っていないならば、通っている方から附設すべきだっただろう。

第一、電話柱設置の土地使用料も頂いてないから、迷惑至極だ。
既に、伐採跡地だから、杉苗の植え付けが待っている。
別の集落から架設した方が、管理しやすいし、経費も安い、と教えよう。

そう思って、NTTの担当部署に連絡した。
『午前9時から、午後5時までの受付です』と、テープの声。
電話したのは、午後2時だから営業時間内だろう!

と、思ったら、今日は祝日だった。
だったら、『祝日の為、今日は業務をやっておりません!』と応えさせるべきだ。
NTTと変化はしても、三公社五現業時代の悪弊は、未だに健在だ。
15:16  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.09 (Sat)

1億総活躍社会

昨日は、宮日の『政経懇話会』があった。
認知症の予防についての講演だから、適齢期に当たる会員の耳目が。
2時間近く、熱心に聞いていた。

傍から見て、認知症を感じさせる日常変化は、活字を読まなくなるらしい。
そういえば、毎日の新聞や週刊文春に目を通していた母。
1人暮らしが続く中で、いつの間にか新聞購読も止めていた。

毎日、関心を寄せていたテレビのニュース番組にも関心を示さない。
示さないどころか、テレビそのもののスイッチを入れていない。
吾は、未だ読書に明け暮れているから、そこまでには至っていないか?

でも、日常的に仕事で汗し、労働に勤しんでいると認知症にはならないらしい。
と、いうことは、リタイアした人ほど、認知症になりやすいということだ。
ならば、毎日、ボランテイァで汗するか、レクレーションに励むか。

最も良いのは、ダンスとか博打らしい。
クロスワードパズルなんてのじゃあなくて、麻雀、将棋、囲碁などらしい。
だったらパチンコが手っ取り早いが、これは元手が大きすぎるか?

安倍総理は、『女性活躍法案』を提出し、積極的な女性参画を打ち出した。
同時に、出生率1,8も打ち出したから、矛盾しているようにも見えるが。
今度は、『1億総活躍社会』である。

言葉は良いが、要するに国民すべてが汗して働け! と言っているのである。
団塊世代のリタイアで、熟練技能者も減少してきた。
その世代が、悠々と年金生活に興じて貰ったら、屋台骨の産業は衰退する。

同時に、年金支給の原資も、底を尽くようになる。
間違いないのは、近い将来、年金支給年齢が上げられるということ。
最終的には、支給開始年齢は70歳になるのは確実だ。

早く言えば、リタイアしても年金生活は出来ないんだから、もう少し働け!ということ。
一旦は定年退職して退職金は支給するが、そのごは嘱託職員として働いてもらう。
現在も、各事業所で採用されているシステムだが、それが70歳まで続くだろう。

老人福祉施設でも、元気なお年寄りが不自由な人の面倒をみる。
手の自由が利く方が、不自由な方の食事を手伝う。
つまり、老老介護の典型を繰り広げるのだ。

農村部でも、お年寄り同士、一つの施設に住まわせる施策を狙っている。
相互の看取りや介護が容易で、集団生活で痴呆も進まない。
つまり、若干の介護職員で、多くの課題を処理しようという魂胆だ。

確かに、老いた者同士、相互扶助が必要だろう。
70歳まで働いたとしても、充分に社会や産業の一部として貢献できる。
『老後を楽しみたい』というひとは、夫々の分野で元気に生きればいいことだ。

が、政府の看板に偽りがある。
『総活躍』とは言うが、実は『活躍して頂かなければ困る』がホンネだろう。
国民は、その看板の裏面を見通しているのである。

が、国民は『総活躍』しているのに、肝心の公務員さんたちは『週休二日』
先日のアンケートでも、土曜開校を父兄は望んでいるのに、職員は望まない。
霞が関が、『総活躍』を鼓舞すればするほど、国民はシラケてくる。

05:47  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.06 (Wed)

哲学なき国家予算

公明党のゴネ押しで、軽減税率が決まった。
消費税増税時からというが、販売者にも消費者にも判りにくい税率。
いっそのこと、10パーセント増税時からにすれば判り易いものを。

高い食料品を買っても、安価な食料品を買っても軽減だから低所得者有利とはならない。
キャビアをふんだんに食する高額所得者も助かるから、弱者向けではない。
でも、生きるための必須条件だから、良しとしよう。

不足する財源は、どうするの?
またまた『たばこ税』だから、ここにも哲学が無い。
そもそも、健康に悪しきものを国家が製造して売っていること自体が妙だ。

愛煙家には、国鉄の赤字と年金、国有林野の借金と年金。
無関係な分野に多額の負担をさせられている。
国が、麻薬の売人をやって、搾り取る構図に似ている。

低所得の高齢者、年金受給者に1人当たり3万円を支給するという。
野党は、『バラマキだ!』と批判している。
かって、バラマキ施策を並べていた政党から言われると、片腹痛いだろう。

でも、何故、今回だけ3万円なのか?
未来永劫に続ける政策ではないから、選挙目当てと言う指摘も外れてはいない。
総額、3,390億円、哲学なき予算である。

TPP対策でも、3、、403億円を用意するという。
これは補正予算だが、農地の大規模化に940億円を使うらしい。
そして新年度には、土地改良事業に3,820億円。

農林省の天下り機関の、生き残り対策予算だろう。
第一、耕作放棄地が拡大し、離農者が増えているのに、どこの土地を改良するのか?
改良する必要があるなら、なぜ今まで取り組んでこなかったか?

取り組んでこなかったと言えば、『収益性の高い作物への支援金』505億円とて同様だ。
そんな作物があるならば、今まで生産させれば良かったではないか?
ここにも哲学が滲み出ていない。

なぜ、哲学が無いのか?
霞が関の役人の発想だからである。
農業も知らない、実社会不勉強の徒が、絵を書き、無駄を造ってゆく。

ガットウルグアイラウドの時も、そうだった。
米の自由化で、農家は破綻を来すとして、総額6兆円のカネを費やした。
が、コメは生産過剰になり、消費の衰えと共に離農者増大に拍車を掛けた。

間違いなく、今回の予算も成果は生まれまい。
ただ、TPPは、自由貿易国・日本に福音をもたらすことは間違いない。
間違いないのに、選挙民を恐怖する国会議員に押されて予算を編成する。

霞が関の無知は、林業政策にも及んでいる。
コップ21で、 CО2の削減目標が割り当てられたのに、吸収源としての林業対策はない。
世界的に、木材資源が枯渇に向かうのに、その対策もとらない。

昨年、成長戦略に『林業』を位置付けた。
位置付けたが、どういう政策を講じれば良いのかは、判らない。
判らない人達が決めて、判らない人達が予算を握るからだ。

国会議員も霞が関も、山林の現状と将来を見通せない。
見通せないどころか、林業の現場も、林業の実態も判っていない。
ただ、有権者の前で『林業の将来』をなぞるだけだから、迫真に迫る中身は無い。

そういう、『無学の人達』が、この国の予算と政策を握っている。
だから、実態と、遠く離れた政策しか顕れてこない。
哀れなのは、国民や産業に汗している人達だけである。

それは、福祉でも、医療でも、教育でも、そうである。
『子育て』の為に『育休』を取りたいと言っている国会議員夫婦。
国民の模範に見せかけているが、実態は『贅沢』というものだろう。

『育休』がとれなくて、出産を諦めている夫婦もいる。
ゼロ歳児からの保育所通いで生活している夫婦もいる。
そういう人達の苦労を知らずして、『育休』で胸を張る『選良』

果たして、こういう人達が『選良』なのだろうか?

11:18  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.03 (Sun)

『徳』の不足

職業能力開発協会の元・専務は、呑むたびに『会長はシャイだからなぁ~!』と言う。
『照れ屋で、人見知りで、『つっけんどんな男』と、周囲から誤解されている!』というのだ。
確かに、愛想の良い方ではない。

人に『オベッカ』が言えない。
云ったら顔が歪むから、相手も本気にとらないだろう。
つまり、芝居が出来ないのである。

会って、挨拶はする。
時には冗談も言うが、しょっちゅうのことではない。
が、無口な方だから『取り付き憎い』印象を与えているのだろう。

其れに、容貌も問題なのかもしれない。
第一印象は、『怖い』というものらしい。
こんなにお人好しで、思いやりの深い男を、どうして勘違いするのだろう。

が、論争は譲らない。
徹底的に論破するまでヤルが、最近は控えている。
論争するまでもないことばかりであるからだ。

市長選挙に臨んだ時、市議同期生だったN氏は、『裕一は廻るな!奥さんだけを廻らせろ!』と。
なんでか? と聞くと
『オマエは頭を下げんらしい。廻るだけ支持者が減る!』

吾は、幼少の頃から、相手の心を読む習性があった。
家を訪問して、歓迎されていない相手は直ぐに判る。
そして、相手が如何なる返答と態度を採るか、瞬時に理解する。

その読みは、98%、間違いない結果を生み出す。
『ダメだ!』と知った相手に、愛想笑いする能力は、元々、備わっていない。
いないから、早目に退散する姿勢に移っているが、それが横着に見える。

時あたかも、東国原知事が当選して吾を訪れたとき。
知事と組んでいたTBSが、吾が足を組んでいるところに知事が入室したかのように。
フィルムを捏造して、全国に流した。

議長室には、現在の知事をはじめ、多くが居たから『捏造』は判る。
判るが、吾には真実を伝える手段がない。
結局は、吾の『横着さ』だけが人々の脳裏に残り、吾は政治生命を絶たれた。

先日の晦日に、吾の支援団体を率いていた御仁がみえた。
2時間ほど話して帰ったが、涙もろくて往生する。
彼は、『あれがなければなぁ~!』と呟いた。

『坂元さんは、あんなに横着じゃったとぉ~?』とアチコチで。
『あれぐらいなきゃあダメよ!と俺は言っておいた。』と溜息。
なんのことはない。吾の側近だった者まで映像を信じていたのだ。
己が育てた政治家を信用しない! そういう地域は当方から願い下げだ。

『自身が支えた政治家が、どのような男だったか、判らなかったのか?』と語気荒く。
そうなのである。
あれが、吾の政治生命の分岐点だった。

世の中は、ポリシャン(政治屋)は好かれるが、スティツマン(政治家)は嫌われる。
ヘラヘラと腰を低くして、ご機嫌伺いをしていた方が選挙に勝てる。
勿論、歩いてきたイデオロギーと金看板は隠しておく。

『拉致はでっち上げ』と言った土井、福島、菅直人みたいに。
云う時は威勢が良いが、時が経てば世間は忘れてくれる。
実績は皆無でも、世間は忘れてくれるのである。
真実を忘れ、嘘をいつまでも信じている。

それは、『徳』を積んでいるか否かの、差だろう。
その『徳』が吾には、不足していると云うよりも、『全く無い!』
それを自覚すると、世間を歩むのに足元がフラついてくる。

15:42  |  雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.01.01 (Fri)

『利』と『義』

もう、何年前だったか忘れたが、日南市元・幹部から電話で『相談に乗って欲しい!』と。
串間の福祉施設理事長、そのご子息の内儀を伴って、飫肥の堺寿司に。
『特老を造りたいが、県の許可が下りない』と言う。

下りない理由を聞くと、同郷の同業者が県の特老関係の会長をしていて!と言われる。
その会長も申請を遅れて出したらしく、許認可を先取りしたいらしい。
翌日、県の担当課長に質すと経過を認めたから、『双方とも保留にするよう』求めた。

吾の地域が秋祭りの当日夜に前・串間市長と、件の会長が来宅された。
途中で道を誤ったのか、高級車の前部が凹んでいる。
元・市長が飫肥杉を呷る隣で、ひたすら『会長』は頭を下げた。

『それでは双方ともに建設認可は出す!が、会長のは2番手でいいんですね!』で決定。
相談に見えた方に連絡すると、『ありがとうございます』と平身低頭。
続けて、『知り合いにゼネコンはいらっしゃいませんか?認可設計と実施設計が必要で』

以前、知り合いの特老建設で実績のあるN中堅ゼネコンを紹介した。
そして、認可が下り、発注である。
入札日に吾の事務所に、『お陰様で落札できました』と挨拶に来たのは、まったく別のゼネコン。

なんのことはない。
吾が紹介した業者は、認可を取るための設計書を書かされただけのことである。
多分、落札業者からは多額のバックが条件になっている筈だ。

それにしても、さんざん利用しながら『指名』にも入れないなんて『仁義』にもとる。
それだけでは済まなかった。
起工式から落成式まで、吾には何らの連絡もない。

途中の選挙で、大量の『後援会名簿』が寄せられていた。
が、事務所が当たると、殆どが『知らない!』と言うから、何かの名簿を書き写したのだろう。
経緯を知った一人の理事が、その法人理事を退任した。

吾は、多くの相談に預かるが、『利』によって動いたことはない。
知己の依頼、知己を通じた依頼、いろいろだが依頼されたことには努力する。
結果的に、『反社会的』なことであっても、動いてきた。

それは、『信』という『義』に基づくものだろう。
結果的に、『利』に繋がったとしても、出発は『義』である。
政治的行動の、すべての原点が『義』であったと自負している。

政策の実現では、期成同盟会などの要望を受けるものもあれば、自主的考えに基づくものもある。
吾の場合は、前者よりも後者で、日常に考えていることを具現化していった。
隈谷のふるさと農道、中山間地域活性化事業、交差点改良や登坂車線設置。

棚田を売り出すこともそうだったし、道の駅建設発想も吾が言いだしたものだ。
発想し、具現化するには制度事業を導入しなければならない。
多くのメニューから、行政と共に選択するのも具現化へのプロセスだ。

が、完成しても、吾の努力とは知らない。
知らないうちに、俄か功労者が表に出て『利』を得ることになる。
中国の故事とは違って、『井戸を掘った人』は忘却の彼方だ。

でも、政治は『利』ではなく、『義』を重んじてやってきた。
吾が政治に踏み出した『意義』、支持者への『信義』、そして邪悪を許さない『正義』
まぁ、すべての根底には『主義』があるのだが、今は最も失われている部分ではある。

が、選挙民の方はどうだろう。
『地域が良くなる!』『社会が良くなる!』と、選挙と政治に期待する有権者は少ない。
己に、『利』が、どれだけ返ってくるか! が判断の基礎である。

選ばれた政治家も、『利』によって動く。
議会議員2年目になると、議会内の役職をめがけて動き出す。
正副議長適齢期に当たる議員は、1年前頃から、その準備に余念がない。

吾は、そのような準備活動をしなくて議長に就いた。
多分に、熱心な支持者が、吾に代わって段取りをして頂いたのだろう。
まったく、篤い友情に頭が下がるが、未だにお返しをしていない。

もう、人生の終焉期に入ったが、悔い無きことは『信念』を曲げなかったこと。
大衆にオモネて迎合し、己の主張は曲げなかった。
それこそ、選挙を支えてくれた方々は、『利』とは無縁の奉仕の精神だった。

それだけに、政治の世界を去ると、支援者の『義』が輝いてみえる。
そして、己の政治姿勢が『利』を求めた政治生活でなかったことも。
今の貧しい生活を見ると、いささか強がりだろうが!

『義』とは、儒教でいう仁、義、禮、智、信、すなわち五常のひとつだ。
私利私欲を捨て去り、人と人との信義に重きを置き、公の為に何が出来るか?
これを行動原理の中心に据える。

が、義が高じると『理』になる。
理が高じると『徳』が不足する。
『徳』が不足すると、人の上には立てぬ。吾が市長選に敗北したように。

『利』は行き詰まるが、『義』~『理』~『徳』に至る道筋は険しい。
『徳』までに至らなかった自身の反省だ。

本年も、ご指導、ご鞭撻賜りますように、伏してお願い申し上げます。
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